ハラスメントという言葉をよく聞くようになった昨今。特に職場では、人とコミュニケーションをとる機会が多い分、ハラスメントをより意識するのではないだろうか。
ハフポスト日本版が9月に実施したハラスメントに関するアンケートでは、ハラスメントはダメという意見は共通していたが、「結局は個人の感じ方の問題でしょ?」「ハラスメントの境界線はどこ?」「なんでもかんでもハラスメントと言うのはどうなの?」と、ハラスメント問題に対してモヤモヤした気持ちを抱く人の声が多く寄せられた。
しかし、「ハラスメントの問題は、個人の感覚だけの問題ではありません」と断言するのは、『ハラスメントの境界線』の著者であり、相模女子大学客員教授、昭和女子大学客員教授を務める白河桃子さんと、「職場のハラスメント研究所」代表の金子雅臣さんだ。
ハフポスト日本版は、「職場のハラスメントを考える」イベントを9月20日に開催。「なんとなく腑に落ちないハラスメント問題」について、2人の専門家を招き、話し合ってみた。
「ハラスメント=個人の感覚の問題」じゃないってどういうこと?
ハラスメントとは、人の尊厳を傷つける嫌がらせやいじめのこと。「ハラスメントは個人の感覚の問題でしょ?」と捉えられるのは、多くの場面で「本人が意図する、しないに関わらず、相手が不快に思う言動や行動はハラスメントだ」と説明されるからではないだろうか。
しかし、白河さんは「職場のハラスメントは組織の病でもあります」と話す。
「ハラスメント因子」を持つ人が、「ハラスメントが許される組織」にいることで、ハラスメントは発動するのだという。さらに、このハラスメントを許容する組織の外には、ハラスメントを許容する社会がある。
「海外の研究によると、セクシュアルハラスメントをする因子を持つ人がいるそうです。その特徴として、①共感力がない、②伝統的な男尊女卑の考え方を持っている、③優越感、独裁主義的な性格をもっている、が挙げられています。こういう人はセクハラをしやすい傾向にありますが、しかし、どこでも必ずやるかといえばそうではない。免責状態のある場にいるからやるんです」
平成元年に「セクシュアルハラスメント」が流行語になったが、平成最後には「#MeToo」が流行語トップ10にランクインしたところを見るに、平成の間でハラスメントが減った実感が世間にはなく、まだまだ「ハラスメントが許される場」は多いのだろう。
職場の風土ってどうやったら変わるの?
ハラスメントを許容するような職場の風土を変える必要がある。でも、自分の会社の風土が果たして変わるだろうか…とついつい思ってしまう。
それに対し、白河さんは、「ハラスメント問題は今や経営リスクなんです」と力強く断言した。
「海外の投資家たちは、ジェンダー平等をESG投資の基準の一つとして考えています。ジェンダー平等度の非財務情報を投資家向けにランキングにしているところもあるくらい。ハラスメント指針があるか、訴訟がないかなども判断材料です。また、ハラスメントは働き方改革の文脈でも語ることができます。なぜなら、生産性の問題だから。かつての『セクハラはするけれど仕事はできる人』は、もはや『セクハラをして仕事にリスクをもたらす仕事ができない人』になったんです」
現在、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法でハラスメントの防止措置義務が企業に課せられており、相談窓口の設置やハラスメント防止のための研修などが行われている。しかし白河さんによれば、実際には「窓口に行っても何も対処してくれないだろう」と諦めて申告しないケースも多いという。職場の風土を変える効果的な方法はなんなのだろうか。
「究極のハラスメント対策は、やっぱりダイバーシティなんです。何よりも効果があるのは、まずは女性、そしてLGBTや外国人の方が企業のコアな場所にいる割合を増やし、管理職やマネージメント職の割合を増やすこと。それと、セクハラの懲戒を決める場所に女性がいるかどうかは本当に重要な項目です」
「ハラスメントだ」と判断するのは誰?
とはいえ、受け取り手がハラスメントかどうかを判断するのなら、結局は「個人の感覚の問題」なのではないだろうか?
その疑問に対して白河さんは、「今日は、それは違うよ、と言いたくてきたんです。個人の考え方次第だよねと言ってしまうと、そこで思考停止になってしまうんです。企業で懲戒を決定する場合は複数の目で判断するべきで、複数の目を通すことで隔たった見解になることを防げます」と言う。
加えて金子さんは、「ハラスメントかどうかの判断は3段階あります」と説明した。
「一つは法律による判断。二つ目は行政による判断。三つ目は会社による判断です。個人の問題に矮小化するのではなく、会社として無理な仕事のさせ方をしていないかなど、その背景にも注目することが大切になってきます」
誰がハラスメントを判断するのか?について、アメリカで出てきた新たな考え方を紹介してくれた。それは、ハラスメントを受けた側が判断するのでもなく、双方の意見を聞いた上で第三者が判断するのでもない。
「アメリカでは、セクハラは誰が判断するのかについて、20年近く裁判を続けていました。そして出た一つの結論は、『リーズナブルパーソン』が判断するという考え方です」
「リーズナブルパーソン」とは、「平均的な労働者」と解釈できる。より客観的な判断をするために考えられた基準で、そのハラスメント問題について「平均的な労働者がどう思うか」で判断するというものだ。
日本が必ずしもアメリカに倣う必要はないし、「平均的な労働者」で判断する場合、その母集団によって判断基準が異なる可能性もあり、日本国内ではさらなる議論が必要だろうが、新しい考え方の一つかもしれない。ここまでハラスメントに関する議論が進んでいることは、見習うべきだろう。
何がハラスメントなのか分からず、何も話せない
参加者からは、「知り合いの男性社員から『何がダメか分からないので、女性社員とあまり話せない』と相談を受けた。セクハラ対策としてコミュニケーションを避けるというのも良くないと思うが、どうすればいいのか」と質問が出た。
それに対し、白河さんは「働き方改革などで労働時間が短くなったら、コミュニケーションが排除されるというわけでもないのですよね」と答えた。
「確かに飲み会など夜の親睦の場が減っていますが、その分ランチ会や勉強会などを通して、より濃いコミュニケーションを積極的に取っている企業も増えてきています。何を話せばいいか分からないということですが、最大の共通話題である仕事の話をすればいいのではないでしょうか」
「同じ働く人間」として接すればいいだけ、という白河さんの言葉は、会場にいる参加者の胸にストンと落ちたように見えた。
ハラスメント「した人」は一発アウトなの?
ハラスメント「された人」へのケアが必要なのはもちろんだが、ハラスメント「した人」に対してどのような対処をするべきか、という視点も重要だ。
金子さんは、ハラスメントを「した人」へのメッセージとして、「セクハラとパワハラの違い」を伝えた。
「セクハラとパワハラの違いは、セクハラは戻れない、パワハラは上司が謝れば元に戻れる可能性があるということ。セクハラは一発アウトですが、パワハラは戻れる可能性があるんだから、気がついたら直せ、改心せい、と言いたいですね」
「ハラスメント」という言葉が市民権を得たことで、今まで表面化していなかった「人間の尊厳を傷つける嫌がらせやいじめ」が注目され、明確に禁止されるようになった。自分がハラスメントを「する人」にならないためにも、「時代は既に変わっている」ことを受け入れ、自分をアップデートしていくことが重要だ。
会場の壁には「これはハラスメントかどうか」について4つの質問が張り出され、参加者がシールで投票した。「頑張れよ」「やればできる」と肩や背中を叩くのはアリかナシかについては、どちらとも言えない真ん中のラインに投票する人も多く見られた。
白河さんは、「個人の感じ方の違いを知るワークショップは、ぜひ職場でもやってみてください」と提案する。
意外に効果が高い、ハラスメントを目撃した時にできること
また、会場の参加者からは、「周りにハラスメントを受けている人がいるとき、どうしたらいいか分からない」という声も上がった。
金子さんは、「被害者が報復を恐れて『ここだけの話にしてほしい』と会社に相談することも多く、根本的な解決が難しいケースも多い」とした上で、「周りの人が声を上げるのは、効果的な対処の一つです」と話す。
最近では、第三者からの通報により発覚するハラスメントも増えていて、加害者に対して匿名で通報されたことを通知するシステムも導入されているという。
職場のハラスメントを実際に目撃したら、どうかそのままにせずに声をあげてほしい。その第三者の声は、被害者にとっても企業にとっても大きな意味を持つはずだ。
そして、イベントの参加者や、今この記事を読んでいるあなたからハラスメント問題について情報を発信することも、とても大切なこと。当事者じゃない人も情報発信をし、周りを巻き込みながらハラスメント問題に対する意識をアップデートしていきませんか?