JR池袋駅の西口を出て、10分と歩かないうちにたどり着けるのが西池袋公園だ。
比較的閑散としたこの公園の一角が、毎週日曜日の午後、にわかに盛り上がりを見せる。
集まった人たちが口にするのは中国語だ。留学や駐在経験があり滑らかな中国語を操る人もあれば、「你好」から習い始めた人もいる。
「星期日汉语角(日曜日の中国語コーナー)」と名付けられたこの集まりが、7月14日、開催600回の節目を迎えた。およそ12年の歴史がある。
「草の根」の交流が持つ意味は何か、確かめるために池袋に足を運んだ。
■お互いの言語教え合う姿も
「汉语角」が始まったのは2007年8月5日。日本人向けの中国語作文コンクールの受賞者たちが、定期的に交流の場を持つ目的で始まった。
最初は限られたメンバーの交流の場だったが、徐々に在日中国人らに知られるようになり、今や会員登録などの必要もない、誰でもパッと訪れて参加できる場所になった。中国からの旅行者がわざわざ参加することもあるという。
基本的なルールは「中国語で会話すること」。ただし、レベルは問わない。
「汉语角」を立ち上げた段躍中さん(だん・やくちゅう/61歳)は「你好(こんにちは)・谢谢(ありがとう)・再见(さようなら)の3つを覚えれば大丈夫です」と呼びかける。
参加者の中には、日本語があまり話せない在日中国人も少なくない。彼らから本場の中国語を習う代わりに、今度は日本人が日本語を教える、というのもよく見かける光景だ。
■日中関係悪化で困った...
「汉语角」は毎週日曜日に開催される。日曜日が元日に重なった場合を除き、1週たりとも休まずに12年間、続けられてきた。
7月14日で通算600回。主催の段さんはこれまでの道のりをこう振り返った。
「一番困ったのは2012年。(政府の尖閣諸島国有化などで)日中関係が良くなかった時なんです。参加者がいなくなったら続けられないので、とても心配していました。日中両国は、民間レベルの交流を続けないといけない、という共通の認識があったから、一生懸命努力して中断せずにできたと思います。ここまで来られて感無量です」
活動にはこれまで延べ3万人近くが参加した。
しかし、日本人の対中感情は依然として悪いままだ。2018年に言論NPOが実施した調査によると、日本人の86.3%が中国に対して「良くない」という印象を持っている。
段さんは、交流の機会がまだまだ足りないと指摘する。
「(対中感情が改善していないのは)おっしゃる通りです。多くの中国人が日本に訪れるようになりましたが、中国人と直接交流する日本人はまだ少ないのではないでしょうか。マンションで顔を合わせても、声をかける機会は少ない。こうしたプラットフォームで心と心の交流をもっと実現させたい」
■「草の根交流」に意味はあるのか
段さんや参加者たちが続けてきた民間レベルの交流活動。これらが、参加者個々人の出会いを広げてきたのは間違いない。
一方で、国としての日中関係に民間レベルの活動が、影響を及ぼすことはあるのだろうか。特に、中国は共産党の一党独裁体制。習近平国家主席を始め、政治指導者は国民から民主的な選挙で選ばれた存在ではない。
こうした疑問に答えてくれたのは、2006年から2010年まで駐中国特命全権大使を務め、日本の対中国外交の最前線に立ってきた宮本雄二さんだ。
「汉语角」を設立当時から支援してきた宮本さん。共産党は国民感情を無視できないと指摘する。
「中国は共産党の一党支配だが、我々の想像をはるかに超えて共産党は国民の声を気にしている、これは明確な事実です。
国民の声が『日本と仲良くすべきだ』となった時に、党や政府の一存だけで対日関係を変えるのは難しい。
そう考えれば、(日本と中国の)国民同士が知り合って、『相手の国もいいじゃないか』と、多数の国民がそう思える環境を作った時に、日本と中国の関係は本当の意味で安定すると思います」
「汉语角」はこれからも池袋の公園の一角で続けられていく。
主催の段さんは「次の目標は1000回です。そのころ私は70歳になっている筈だから、この公園で1000回と誕生日を祝ってパーティーを開きたいです」とはにかんだ。