福島県猪苗代町にある「十八間蔵」を改装した「はじまりの美術館」。障害ある人たちを支援してきた地元の社会福祉法人が、震災を乗り越え、2014年にオープンした。福祉とアート、地域の再生というテーマが交差する美術館を訪ねた。
障害者をサポートしてきた福祉法人、蔵を改装
東京から新幹線で郡山駅へ。磐越西線に乗り換えて40分ほどで猪苗代に着く。タクシーで少し行くと、そば店の向こうに大きな蔵があった。「はじまりの美術館」だ。中の展示スペースには、靴を脱いで入った。床には木のレンガが敷き詰められている。受付に座っていたのは、館長の岡部兼芳さん(43)。お客さんが来たら、自ら作品の説明もする。
美術館の成り立ちを聞いた。岡部さんは地元の社会福祉法人「安積愛育園」の事業所で、支援員として障害ある人の創作活動をサポートしていた。福祉作業所の手作業には向かない人たちと一緒に作品を作り、地元のギャラリーやイベントでお客さんに見てもらった。
公募展に利用者のアートを出すと、入賞した。作品は2010年、パリで開かれた「アール・ブリュット・ジャポネ展」でも展示。アール・ブリュットは、フランス語で「生(き)の、加工されていない芸術」という意味で、芸術教育を受けていない人が、わき上がる衝動のままに表現したもの。
「こうした活動を通して、障害ある人の作品への評価を定着させる目的もあります」と岡部さん。日本財団(東京都)の助成で全国にアール・ブリュットの美術館を作る構想が持ち上がり、安積愛育園にも声がかかった。話し合ううち、新しい建物を建てるよりは、地域の価値ある建物を改修するプランになった。
岡部さんらが県内のいくつかの建物を見て、この「十八間蔵」にほれ込んだ。築130年。隣のそば店が管理し倉庫になっていたが、十八間(約33メートル)ある大きな梁の見事さに、「このまま朽ちていくのはもったいない」と思ったそうだ。
東日本震災で打撃、寄付で救われる
地理的にも、猪苗代は福島県の真ん中にあり、訪れやすい。アートを発信するのにちょうどいいと、この蔵に決まった。持ち主にも「活用してほしい」と言われ、建物を譲り受けた。
ところが準備を始めたばかりの2011年、東日本大震災が起きた。準備は中断してしまったが、復興のためにニューヨークで開かれた美術品オークションの売り上げが寄付されて基金ができた。はじまりの美術館が助成の第一号になった。
1年かけて蔵を改修した。建築時と同じように、くぎを使わない工法を使った。傷んでいた屋根を葺き替え、震災で落ちてしまった梁を直した。冬は雪の深い地域なので、土の壁を崩して断熱材を入れ、床暖房も。地元の人と一緒に、木のレンガを床に埋め込んだ。入館料は一般500円で、安積愛育園が運営する。
「障害者のアート」とは打ち出さず
2014年6月のオープン以来、口コミでのべ2万5000人以上が訪れた。企画展は年に3~4本。「障害者のアート」と全面に打ち出しているわけではない。参加している作家の中に、障害のある作家もいる。見に来てから、アール・ブリュットのコンセプトで作られた美術館だと知る人も多い。
私が訪ねた時は、「あなたが感じていることと、わたしが感じていることは、ちがうかもしれない展」が開かれていた(7月に終了)。7人の作家が参加し、福祉事業所で過ごす佐久間宏さんの名前もあった。佐久間さんは触ってじゃらじゃらするものが好きで、歴代の支援員が工夫して生み出した『じゃらじゃら』を作品として展示。袋や靴下にビー玉やパチンコ玉を詰めたり、割りばしを束ねたり。私の5歳の娘も触って楽しみ、違いを確かめた。
他に、視覚に障害のある美術家・光島貴之さんの、触れる絵画もあった。彫刻家・山本麻璃絵さんによる作品も、この展示では触ってもいいとされ、「立体的な作品を見ると、触ってみたくなる」という衝動に応えていた。
現在、10月22日までは植物がテーマの展覧会「プランツ・プラネッツ」が開かれ、外の広場では木の枝を使って秘密基地を作るワークショップが随時ある。蔵の中にはお茶が飲めるスペースもあり、自由に立ち寄れる場になっている。
学芸員の大政愛さん(26)は「障害があるから違うのではなく、人はみんな違う。作品に対しても、『福島』や『障害』という言葉に対しても、人それぞれ感じ方は違います。堅苦しく障害者の理解を、と呼びかけるのではなく、楽しくアートを見に来て障害に関心を持ってもらえたら嬉しいです。この場所が、福祉やアート、地域の再生など、何かの『はじまり』になれば」と話している。
なかのかおり ジャーナリスト Twitter @kaoritanuki