みんな母親が大好きだ。甘えたいし、褒められたいし、認めてほしい。
それなのに、愛する母親から罵倒され、殴られ、心身とも傷だらけにされて、
包丁で殺されかけた子どもは、どうやって生きていけばいいのか?
ゲイのマンガ家・歌川たいじさんが、そんな壮絶な生い立ちと戦いを描いたマンガを発表したのは5年前。それからじわじわと反響が広がった、本作品『母さんがどんなに僕を嫌いでも』が11月16日、映画化された。
「虐待やいじめがなくならないのは、みんながそこから目をそむけるから」と歌川さん。しかし、この実話は糸井重里さんをはじめ多くの読者の感動を呼び、歌川さん自身も講演会やトークイベントでの登壇が続いている。
毒親本があふれる中、なぜ歌川さんのメッセージが強く求められているのか?
その理由を歌川さんの話から探ってみた。
―― 虐待の実体験を描いた漫画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』が、新版で発売されました。5年前の初版刊行から人気が広がり、映画化を機に注目度が高まっていますね。
5、6年前からずっと毒親本が人気ですよね。最初は、編集者がそのての本を持ってきて、「こういうのはどうですか?」と、僕に相談にこられたんです。
でもその時、僕はもう46歳で、「つらいことはいろいろあったけど、人生の収支で考えると少し黒字になってるかな」と、ある程度は落ち着いていたんですね。であれば、まだ傷や痛みを引きずっている当事者とは違うメッセージを伝えたい、と。
世間には、「毒親を憎んでいる自分を許容したい」という人たちがたくさんいるんだと思います。けれども、憎むことを許容するだけで幸せになれるかというと、僕はそうは思わない。だから僕は、次の情報を出したかったんですね。人は情報によって変わるので。
―― 歌川さんが、自分の人生を取り戻すことができたのは、出会った人たちの影響によるところが大きいですね。
彼らには、本当に感謝しています。子どもの頃に叩き潰された自己イメージを再構築するのは、簡単なことではありません。それこそ何十年もかかります。今は昔と違って、お金持ちになったり出世したりすることで自己イメージが補強される時代でもないですから。
ぺしゃんこに潰されながらも僕が希望を捨てずにいられたのは、子どもの頃に父の工場で働いていた年配の女性のおかげです。「ばぁちゃん」と呼んで慕っていたその女性は、いつも僕のことを気にかけてくれました。
今だからわかりますが、あの頃の僕は、親やクラスメイトたちに洗脳されていたんだと思います。虐待やいじめは、「自分は最低の人間なのだ」と本人に思い込ませるように、洗脳するようなものなんですよね。でも、自分でも見えなかった心のどこかに、そんな洗脳から解き放たれたい自分もいた。それに気づかせてくれたのが、ばぁちゃんだったんですね。
「オマエはブタだ」と親からもクラスメイトからも毎日言われ続け、自分は檻の中で死ぬのを待つだけのブタだと思っていた。そんな僕に、「僕はブタじゃない」って大きな声で言わせてくれました。それまでどうしても言えなかった言葉を声に出して叫んだとき、呪縛が解けたような気がしたんです。
――その後、仕事や演劇をはじめてから、新しい出会いにも恵まれました。
ばぁちゃんが洗脳を解いてくれたおかげで、人間が大好きな本来の自分が現れたんです。そういう自分になって周囲を見渡すと、キラキラした同世代の若者たちが友達と楽しそうに話している。そんな姿が、うらやましくて仕方なかったんですね。
どうやったら自分を受け入れてもらえるのか、全然わかりませんでした。それでも、希望を捨てずに自分から人に近づいていったんです。そして、キミツや大将といった仲間と出会うことができました。
キミツは、「親を怨んだり、自分を憎んだりしているのが本当のうたちゃんなの?」と言って、怨みや憎しみにしがみついていた自分を指摘してくれました。大将は、環境を変えたいなら、まず自分が変わらなきゃいけないということを教えてくれました。
あのとき、我ながら「グッジョブ!」だったと思っているんですが、僕はキミツや大将のいいところしか見ていなかった。マンガを読んだ他の友人には、「これじゃあ大将、天使にしか見えないじゃん」と言われましたけど、実際、僕には天使にしか見えなかった。だから、向こうも、僕のいいところをいっぱい見てくれたと思うんですね。
そんな彼らと一緒にご飯を食べたり、同じものを見て一緒に笑ったり。そういう些細なことの積み重ねで築いた関係性があった。だから、自分を嫌う気持ちに負けて挫折したときも、彼らの言葉を信じて立ち直ることができた。
よく、「歌川さんはいい人に巡りあえたからそんなことが言えるんだ」と書かれたりしますが、そう強く望むか望まないかで、結果は大きく違ってくると思うんです。
だから、「大丈夫、あなたも必ず人生の収支は黒にできるから!」、「どんなにノックアウトされても、何年間ダウンしていても、最後まであきらめない人のところに幸せはやってくるから!」と伝えたい。
―― 希望を捨てないということは、自分を信じることでもあるのでしょうか。
「自分を信じる」という言葉はよく聞きますけど、あんまりピンとこないんです。自分なんて、しょっちゅう自分を裏切るじゃないですか。自己イメージがちゃんとプラスになっている人は、自分を信じることができるかもしれません。
でも、自己イメージが「ドマイナス」の人間が自分を信じ切るのはすごく難しい。
自分を信じるには、信じるだけの根拠が自分の中に必要でしょ。けっこう、ハードルが高いと思うんですよ。
それでも、「自分に期待する」っていう言い方なら、ちょっとはしっくりくる気がするんですよね。期待するだけだったら、特に根拠はいらないでしょ。こんな自分でもいつか変われるかもしれないって、自分に期待することはできると思うんです。
ただ、叩き潰されてもがき苦しんでいる時は無力ですから、何も考えられません。「希望を持て」だとか、「自分に期待しろ」なんて言われても無理です。
僕が17歳で家出したときも、希望を求めていたわけじゃなく、生き延びるためにはそうするしかなかったから。あの時は逃げるしかなかった。逃げてよかったと思っています。
弱い生き物にとって、逃げることは生きることです。逃げて、時間稼ぎをして、それからですね、自分に期待するのは。
―― 当時、17歳だったから自分で逃げ出すことができたんですよね。幼い子どもはそれができないため、1週間に1人の子どもが虐待によって命を落としています。
今年、目黒区の5歳の女の子が、「もうおねがいゆるして」とノートに書き残したまま、両親に殺された事件がありました。目黒区には児童相談所がないんです。品川区の児童相談所が、目黒区と大田区も担当していて、手が足りるわけがない(※2018年現在、都内の児童相談所は11箇所で、うち23区内は7カ所)。
児童福祉司が1人で担当するケースの数も100〜200人で、欧米の約10倍も多いと聞いたこともあります。さらに、日本の児童福祉司は、スペシャリストとして教育された人ではないんです。
つまり、日本の児童相談所というのは質量ともに全然人が足りていなくて、充分というにはほど遠いぐらいにしか機能していないんですね。これで、子どもを救えるでしょうか。
その現状がなぜ変わらないのかと言うと、虐待やいじめの現実から目を背ける人が多いからです。日本は、いじめや虐待でどこにも逃げ場がない子どもたちが、ただ追い詰められていくだけの社会です。
日本の若者の死因のトップは、ダントツで自殺です。交通事故の4倍。そんなの、主要7カ国の中では日本だけですよ。
―― 厚生労働省の調査によると、2017年度の中高生の自殺者数は346人で平成に入ってから最多となりました。
『母さんがどんなに僕を嫌いでも』が映画化されることになったときも、「そんな映画、誰がお金出して見たいと思いますか?」、「勇気がなくてこんな映画見られません」って、僕に言ってきた読者さんもいました。
まぁ、映画なんて「好きな映画だけを観ればいいわけですし、嫌いな映画は観なくていいと思いますけど、「そんな映画作るな」と言わんばかりの、虐待というモチーフそのものを拒否する声が少なくなかったのが気になっています。
虐待なんて聞いただけでも耳を塞ぎたくなると言う人の中に、自分のことを優しくて繊細と思ってもらいたい人が多いようにも見える。でも、虐待を経験してきた僕には、無慈悲な人にしか見えません。日本人はやさしいと信じている人は多いと思いますけど、私から言わせれば、そんなことは全然ないです。
日々、追い詰められて苦しんでいる幼い命を救うためには、当事者じゃない人こそ現実にちゃんと目を向けてほしい。政治家や行政がちゃんとそこに予算や人を投入しているか、しっかりと見てほしいんです。人の意識が変わらない限り、いじめや虐待の問題は絶対に解決しません。
―― 最後に、子どもを虐待してしまっている親たちに伝えたいことがあれば。
一番苦しんでいるのは、子どもを痛めつけている親かもしれません。親自身が虐待されて育ったというケースも多いと思います。
虐待してしまう人の特徴として、自分が見ている世界が狭くなっているケースが非常に多いんですね。目の前のすごく小さな世界のなかで孤立し、親としての責任感や自分自身の痛みから逃れたくて、もがき苦しんでいる人が多い。
ですから、「今の狭い世界からもっと視野を広げたら、違う世界が見えてきて楽になりますよ」と伝えたいです。
結愛ちゃんを殺した両親に対して、「死刑にしろ」という人たちがたくさんいましたけど、親だけを責めて虐待がなくなるわけではないんです。児童虐待は決して許されることではありませんが、子供を救うだけではなくならない。まず、親を救っていかなければならないんです。
子どもだけじゃなく親も、苦しみを吐き出せる場所や逃げられる場所のセーフティーネットが必要です。それが今、近くになくても、希望を捨てずにドアを叩き続けて、自分の居場所を探しあててほしい。あきらめないでほしい。希望を捨ててほしくないんです。
歌川さんの著書『母さんがどんなに僕を嫌いでも』は(KADOKAWA)より発売中。
(取材・文:樺山美夏 写真・編集:笹川かおり)
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