フロリダ高校「乱射事件」水面下で進む恐るべき「隠し銃携帯許可法」--青木冨貴子

全米で「隠し銃携行許可」を持つ18歳以上がニューヨークの街角に現れることを想像しただけで、悪夢以外の何ものでもない。
AFP/Getty Images

 フロリダ州南部パークランドの高校で起こった銃乱射事件の翌日、

「精神疾患という問題に取り組まなければならない」

 ドナルド・トランプ米大統領はこう発言した。しかし、銃規制に関してはひとことも触れなかった。元生徒ニコラス・クルーズ容疑者が事件の1年以上前に精神科の治療を受けていたことから、問題は精神疾患だと断言したのである。

 フロリダ州の地元高校生たちは、17名の犠牲を出したこの事件の後になっても本気で銃規制に取り組もうとしない大統領と政府の無策に怒りまくっている。生徒たちは「変化が起きるまで声を上げる」と息巻き、ソーシャルメディアで訴え、授業をボイコットしてまでデモに繰り出す高校生もいるという。

 彼らの怒りは当然のこととはいえ、これまでに同様の事件が何度起こり、同様の声がどれだけ上がったことか。

 2017年11月、テキサスの教会で起こった乱射事件では26名が犠牲になり、10月、ラスベガスのコンサート会場で起こった乱射事件では58名が殺された。2016年フロリダ州オーランドのゲイ・ナイトクラブでの乱射で50名が殺されても、銃規制など少しも進まなかった。

 ニューヨーカーにとっては2012年、コネティカット州ニュータウンのサンディフック小学校で起こった事件はいまだに衝撃的だ。幼い児童20名と大人6名が犠牲になってから、犠牲者の母親などが立ち上がり、銃規制を全米に訴えた。しかし結局、同じ事件が繰り返されているばかりでなく、銃社会アメリカはますます危険な領域に踏み込もうとしている。

すでに下院で通過

 今回の事件の舞台になったフロリダ州南部は、引退したニューヨーカーが多く住む地域である。気候が温暖で、生活費も税金も安いフロリダでは一軒家が手頃な値段で手に入るし、ゴルフやテニスを楽しみながら、第2の人生を送るには理想的な土地柄である。しかし、フロリダは殺人や暴力事件、婦女暴行などの発生件数では全米トップクラスに入る。

 その大きな原因は、フロリダでは銃規制が緩やかで、好きな銃を欲しいだけすぐ手に入れることができるからだ。銃を売る見本市「ガン・ショー」もフロリダ各地で開かれるから、銃愛好家にとっては、まるで天国のような州なのだ。

 たとえば、銃の購買の際、小火器(ライフル、ピストルなど)だけでなく、重火器でも身元確認書類などの提示すら必要ない。所有者名の登録も必要ない。今回パークランドの高校で使われたAR-15のような殺傷力の高いセミ・オートマティック・ライフルなどを規制する法律もない。さらに「隠し銃携行許可法」(Concealed Carry Reciprocity Act) に基づくライセンスを取れば、誰でも好きなピストルなどをポケットやハンドバッグに隠し持って出かけることができる。

 フロリダの隠し銃携行許可は、全米でももっとも広く知られた州政府の携行許可であるが、さすがに、学校や駅、空港、警察署などでは装てんした銃を持ち込めないことになっている。しかし、ここが大事な点なのだが、隠し銃携行許可を持つフロリダ住民は同様の法律を持つ全米35州に、自分の銃を持ち込むことができる。

 もちろん、ニューヨークやカリフォルニアなど、銃規制の厳しい州では、隠し銃を持っていることが発覚すると逮捕され、収監される。

 たとえば、ペンシルベニア州フィラデルフィアからニュージャージー州アトランティック・シティまで運転してきた女性が、ターンパイク(高速道路)で警官に車を停められた際、車内の拳銃が見つかり、その場で逮捕された。彼女はペンシルベニアの隠し銃携行許可がニュージャージーで通用しないことを知らなかったと訴えたが、10年の刑を言い渡されたのである。きわめて厳しい法規制が敷かれている。ところが、である。

 この女性は結局トランプと親しいクリス・クリスティー前共和党ニュージャージー州知事の恩赦によって釈放された。それ以来、「隠し銃携行許可」を全米に広げようという運動が本格化した。2013年にはたった3票差で下院を通過しなかったが、トランプ政権になってから、昨年12月6日にはすでに下院を通過し、現在では上院に持ち込まれようとしているのである。

危機感に包まれる警察

 わたしは「隠し銃携行許可法案」が審議されたことも聞いたことがなかったし、まして、いつの間にか下院を通過していたなど知らなかった。大きく報道されていないからに違いない。CBS 放送のニュース番組『60ミニッツ』(2月11日放映)で初めて知り、目を疑った。

 もし、この法案が上院を通過して全米で「隠し銃携行許可」を持つ18歳以上がニューヨークの街角に現れることを想像しただけで、悪夢以外の何ものでもない。もし、地下鉄で隣に座っている人が装てんした銃をもっていたら、誰かと口論になって、すぐさま、銃を構えることだってありうるだろう。隣にいるわたしが巻き添えをくらって流れ弾に当たることなど日常茶飯事になるに違いない。

 だいたいアメリカ人は辛抱がなく、カーッとなる短気な人が多いように感じるので、銃を携行していたら、まず、撃ってしまうだろうと思う。これまで殴り合いで済む程度だったものが、殺人にまで及ぶかもしれない。

『60ミニッツ』ではニューヨーク市警察委員がインタビューに応え、隠し銃携行の危険性を声高に訴えていた。年間5000万人超の観光客が押し寄せるニューヨークで、何百、何千丁という銃が連日市内に持ち込まれることになれば大混乱を招くに違いない。

 銃の数が増えれば、犯罪が増加するだけではなく、自殺件数も多くなる。銃による事故も後を絶たない。実際、子供が親の銃を手に取って遊んでいるうちに暴発するというケースも多いからだ。

 そのうえ、いままで警官は誰が銃を携行しているか、おおよその見当がついたものだが、それが全くわからなくなると警察委員は頭を抱えた。

 大都市のロサンゼルス、シカゴ、首都ワシントンでも警察は同様の危機感に包まれている。ウィスコンシン州ミルウォーキー市では「隠し銃携行許可」が始まってからの6年はまさに災難の連続だと、ミルウォーキーの警察署長もこぼした。

「毎年、撃ち合いが増え、銃による自殺がうなぎのぼり、街角で警官が没収する不法銃の件数も増加の一途です」

オバマ時代の「銃規制」を破棄

「隠し銃携行許可法案」の議会通過については、ドナルド・トランプと全米ライフル協会が強力に後押ししていることは言うまでもない。さらに、共和党支持州やガン・ロビー、各種銃愛好家グループなどが頑迷に支持する。彼らは、銃の所持は憲法修正第2条によって保障されているといって一歩も引こうとしない。 

「規律ある民兵は自由な国家の安全保障にとって必要であるから、国民が武器を保持する権利は侵してはならない」

 という第2条を盾に取っているのだが、一般市民が装てんした武器をどこでも持ち歩く権利を保障するなどとは、決して言っていないではないか。

「隠し銃携行許可は、運転免許証のようなものです。ここでは銃を持って運転できないとか、ここは大丈夫とか、区分けするのは難しいでしょう」

 こう主張するのは、この法案を議会に提出しているノース・カロライナ州下院議員のリチャード・ハドソンだ。

 運転免許証と隠し銃携行許可を一緒にされたらたまらない。一体、どういう神経をしているのか。

 ドナルド・トランプはフロリダ州の高校で起きた乱射事件の5日後、銃器購入に関する身元確認の連邦システム改善に向けた取り組みを支持すると発表した。家庭内暴力などを含む過去の犯罪歴が即座にチェックできるようになれば、銃購入者を限定することができるようになるかもしれない。さらに、バンプストックという銃の連射性能を上げる改造部品の販売を禁止すると言った。

 大統領がどれだけ熱意を持ってこの法案を支持していくかおよそ不明だが、それより気になるのは、ホワイトハウス入りした直後、議会の審議を経てバラク・オバマ大統領時代の銃規制の1つを破棄していることだ。

 それは、精神障害のある患者が銃を買える権利を否定するものだった。さすがにトランプもこれには大きな顔ができないと思ったのだろうか、密やかに署名し、それから知らん顔している。そうでなかったら、一体、どんな面を下げて、「精神疾患という問題に取り組まなければならない」などとフロリダ乱射事件の後ですまし顔ができるのだろう。

3000万ドルの選挙資金

 ドナルド・トランプが精神障害のある患者も銃の購入ができるよう、オバマ時代の法案を破棄したことは、フロリダの事件やテキサスの教会で起こった事件、さらに約400メートル離れたホテル上階から、コンサート会場を狙い撃ちしたラスベガスの事件に影響していることは間違いない。

 そして、彼が目立たないようそっとこの法案破棄に署名したのは、全米ライフル協会から3000万ドルもの選挙資金をもらったからである。

 この国は危険な方向へ向かって地殻変動しているとしか思えない。精神障害のある患者がオートマティック・ライフルなどを購入できることだけでもぞっとするが、この先、上院で「隠し銃携行許可法案」が通過したら、実弾入りのピストルを身につけた人々が横行し、街角の乱射事件など珍しくもなくなるだろう。

 わたしが初めて訪ねた70年代のニューヨークは、ドラッグと犯罪に溢れる危険な街だった。タイムズスクエアにはXXXというマークのついたセックスショップやポルノショップが建ち並び、タバコ売りのブースは強盗を防ぐ鉄条網に覆われていた。1984年に移り住むようになった時も、夜1人で女性が街を歩くことは危ぶまれるほどだった。

 それが現在ではタイムズスクエアもまるでディズニーランドのように明るくきらびやかで安全になった。昔の危険なニューヨークが懐かしくなるほどだが、携行銃の横行はこの街を全く違った方向へ持っていくだろう。明るくきらびやかだが、実は、いつ実弾が飛んでくるかわからない危険なニューヨークである。

女性たちの根深い怒り

 このフロリダ乱射事件は一方で、スキャンダルに溢れかえるホワイトハウスから、市民の目を転じさせる効果があった。元妻2人の虐待疑惑を受けてロブ・ポーター秘書官が辞任した後、経歴調査がクリアではなかったポーターが、機密文書にアクセスできる仕事に就いていたことが発覚し、ジョン・ケリー大統領首席補佐官の責任が問われるようになった。

 さらに大統領の顧問弁護士が、アダルトビデオ女優のストーミー・ダニエルズ(実名はステファニー・クリフォード)にトランプとの情事を公言しないことを約束させるために13万ドル支払っていたことが発覚。さらに、雑誌『プレイボーイ』のプレイメイトとの情事についてタブロイド版新聞が報道しないよう、15万ドルが支払われていたことも明らかになった。両方ともメラニア夫人が妊娠・出産直後の2006~07年頃のことで、支払いは選挙戦中の2016年に行われたという。

 大統領をセクハラで訴える女性の数は十数名を数える。ストーミー・ダニエルズやプレイメイトが実名で登場してくるのも「#MeToo」の影響に違いない。もともと#MeTooが始まったのは、ドナルド・トランプのあからさまな女性蔑視に端を発するものだった。女性をセックスの道具としか思わず、どんな女性も好きにやり込めることができると公言する大統領への根深い怒りである。

 #MeTooはまた、火器携行で強さを誇りたいとする男性原理への大いなる挑戦であり、危険な方向に進まんとする地殻変動は、女性たちの怒りでしか対抗できないと思えるのだ。

 同様に、フロリダの地元高校生たちが抱く激しい怒りは、女性たちの根深い怒りにまで昇華することができるだろうか。そうなって欲しいと心から思う。

青木冨貴子 あおき・ふきこ ジャーナリスト。1948(昭和23)年、東京生まれ。フリージャーナリスト。84年に渡米、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。著書に『目撃 アメリカ崩壊』『ライカでグッドバイ―カメラマン沢田教一が撃たれた日』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』『昭和天皇とワシントンを結んだ男』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。 夫は作家のピート・ハミル氏。

(2018年2月23日
より転載)
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