人を楽しませること。喜んでもらうということ。
笑顔はいいよね。最高。どんなものより人にチカラを与えることができる。
だけど四六時中、微笑んでいられる訳じゃない。
人間、そうそう高いテンションを保ったままではいられないから。
「ああ、疲れた」
そういってしゃがみ込みたくなるとき、あるよね。
膝から力が抜けちゃってもう歩きたくない、歩けない。そんなときが...。
でも僕たちは、それでもなんとか前へ進んでいく。
てくてく。
てくてく。
頑張って歩いていれば、またいい日がやってくるって信じているから。
東京からアメリカに戻って一週間。ひどい時差ボケと闘いながら次の取材に向け、準備にとりかかった。
NMN? 老化を防ぐそんな物質が体内にあるらしい。「ニコチンアミド・モノヌクレオチド」...それが正式名称。
歳をとると体内にあるこのNMN(正確にはこのNMNからできるNAD「ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド」)が減って老化の原因になるのだという。
だから減った分のNMNを摂れば、老化防止に繋がるそうだ。ちなみみこのNMN、ブロッコリーやアボガドなんかに多く含まれている物質だそう。
老化。
そろそろ他人事じゃなくなってきたなあ。本当に?
でも前へ進む。
てくてく。
てくてく。
日本では衆議院選挙だ。全国の小選挙区と比例代表を合わせて1180人が立候補した。
最大の争点は安倍政権の継続の是非な訳だけれど、さてどうなるのだろう。
いまのところ【自民、公明】が与党で、他は野党っていうことになっているけれど、選挙が終わって気がついてみたら【自民、公明、希望の党、日本維新の会】が与党で、【共産、社民、立憲民主党】が野党...なんてことになりゃしないか?
順列組み合わせ。選挙期間中に明快にして欲しい。
僕たちは、
どうあっても、
選挙結果を受け入れて前へ進んでいくしかないのだから。
てくてく。
てくてく。
忙し過ぎるとき。
自分のため、他のひとのために誠実に働いているとき。
訳もなくふさぎ込んだり、唐突に"疲れた..."って感じる瞬間がある。
頭の中も重くて胸もすっきりしない。
「ああ、どうしちゃったんだろう」
そんな言葉がふいに口からこぼれたりするともういけない。
動きたくなくなって、ただひたすらベッドに転がっている。
「もうガンバレナイ」となったとき、どうする?
僕は「金色の鍵」をもちだす。
もちだすといっても手触りのある鍵じゃない。
助けが必要なときに思い浮かべる自分だけの鍵のことだ。
もう25年以上前のこと。僕はこの「金色の鍵」をニューヨーク大学の心理学講座で手に入れた。
心を落ち着ける、リラックスするための方法の一つとして「金色の鍵」は結構知られたものらしいので、既にその使い方を知っている人もいることでしょう。
そんな方々は以下の文章を読む必要はありません。
さて、
僕は「金色の鍵」を気分を高めるのではなく、心を穏やかに沈めるために使用する。
使い方は簡単だ。
リラックスしたいな...と思ったとき、まず地下へと続く架空の階段を降りていって自分の好きな場所(海でも森でも街でもどこでもいい)にでる。そして必要であれば、ナビゲーター役(...恋人の徹くんでも、憧れのスターのガッキーでも、大好きなハリネズミでも...)と一緒に"秘密の館"に行って「金色の鍵」を使って建物の中に入る。
あとは自由だ。
自分の心が休まる最高の館を好き勝手につくり、そこで存分にリラックスする。昼寝を楽しんでもいい。
言ってみれば自分だけのバーチャルな館だ。
それで、すっかり寛いだら館を後にし、階段を上がっていまの世界に戻ってくる。それだけのことだ。
僕自身の「金色の鍵」ストーリーでは、僕は小学生ぐらいの自分に戻り、ナビゲーターにはアオスジアゲハが登場する。特に理由はない。最初に大学の講座で「金色の鍵」を使ったリラクゼーションを試みたときに浮かんだ心象風景の中にふと登場してきたものだから。
とはいっても以降、「金色の鍵」を心の中にもちだして自分の世界に入っていくときはいつだって同じ風景の中の同じ「秘密の館」に入っていくことになるんだから面白い。
例えばこんな具合。
(photo:kazuhiko iimura)
以下は、ベットに倒れ込んで動けなくなったようなときの、
僕自身の「金色の鍵」ストリーだから興味のある方だけ読んでください。
思いつくままに書きなぐった稚拙な文章で、おまけに長いし。
では、リラクゼーション開始!
深い深呼吸を一つ。そしてゆっくりと瞼を閉じる。
すると足元に地下へと続く階段の入り口が現れた。
僕は、暗い階段を下りていく。一段、また一段。怖くはない。
ひんやりとした空気がとってもいい。一段、そしてまた一段。
階段を下りる度に僕の身体にこびりついていた垢がハラハラと落ちていくようで気持ちがいい。
一段、そしてもう一段。
階段を下りきるとそこに扉があった。
出入り自由の茶色い扉、勝手に来ては勝手に入れる勝手ドア。
僕はその扉を押してみた。
重くもなければ軽くもない、想像通りのスピードで勝手ドアは開いていった。
縦に細長い光の線が横へ横へと広がり始め、
ついには目の前が明るい光でいっぱいになった。
いい臭いがした。
森の中だった。
鳥のさえずりが聞こえる。
少しだけ湿った空気が風に乗り、木立の間を自由に流れていた。
僕は、杉や檜から溢れ出る緑の臭いを胸一杯に吸い込んだ。
鼻が少しだけムズムズした。
「よし、歩いてみよう。この森の奥にはきっと素敵な場所がある筈だ」
細い道を歩きだす。道に迷うことはない。枯れ葉色の一本道は勝手ドアから続いている。
僕の足は弾んでいた。明るい光が濃い緑色の葉っぱをくぐり抜け、
枯れ葉道に優しい影を落としていた。
梢に差し込む光の方へ目を向けると、杉の木の先端で蝶の家族が遊んでいた。
「アオスジアゲハだ!」
黒い羽にパステルカラーの青緑。その三日月型の青緑は森の光を思わせた。
風に揺れる森の木の葉に当たった光は、三日月型に散っていく。
アオスジアゲハは森の光を自分の羽にデザインしたに違いない。
僕の大好きな蝶だった。
「こっちだよ。速く」
アオスジアゲハが一羽、僕の鼻先に飛んできた。
さなぎから孵ったばかりなのだろう、
しっとりとした羽にはキズ一つなかった。
「待ってよ、そんなに速く飛ばないでよ」と僕。
「速く! 凄くいいものがあるんだから。きっとびっくりするよ」とアオスジアゲハ。
「エッ、なにがあるの?」
「内緒さ、でもすぐにわかるよ」とアオスギアゲハ。
僕は駆け出した。心がウキウキする。
森の光の後を追ってドキドキしながら走っていった。
期待で胸がパンパンに膨れあがり、身体はまるで風船のよう。
1、2、3―ン、
1、2、3――ン、
1、2、3―――ン。
僕の身体は木の葉のように宙を舞う。フワリと浮いては風に乗り、地面に着いては地を蹴って。
僕は人間であることを確かに感じながら、蝶や鳥の気分になっていた。
「わーっ、空気って柔らかいんだ、重力って気持ちいいなぁ。
海の中に少し似てるけどやっぱり違う。
あっ? でも、海底をポンと蹴って水面に上がる時、
背泳ぎをして空を見ながら上がっていくと、こんな感じになるのかな?
そういえばフロリダにある何とかっていう泉に潜ると、
空飛ぶ魚が見えるって聞いたことがあるけど。
まあいいや。でも、もうちょっと風があればいいのになあ...」
するといきなり風が立ち、僕の身体を空高く吹き上げた。
驚いたアオスジアゲハは、ヒラリと身体を翻す。
見る見る眼下の森が小さくなって、
小川に生えているモウセンゴケぐらいの大きさになったとき、
やっと僕の身体は宙に止まった。
「もしかしたら、この瞬間が『無』っていう状態にいちばん近いのかもしれない。
なんの力もいらないし、なんの苦労もない。
まあいいか、ともかく、これからが凄いんだ。よし!」
空気をいっぱい胸に吸い込み、両手を延ばして下を見た。
視界を遮るものは何も無い。
目標はあの森だ。
背中の糸がプツンと切れる、僕の身体は落下を始める。
「よし、うまく風をつかまえた。あとの事はみんな重力がやってくれる、僕はただ呑気に落ちればいいわけだ。
でも、見た目ってのも肝心かな? 一応、泳いでみるのもいいかもしれない。やっぱりクロールかな、大空で平泳ぎっていうのはなんとなく滑稽だし、バタフライじゃ大袈裟すぎる。背泳ぎも悪くわないけど、それじゃ折角の景色が楽しめないし、
もしかすると森にうまく落ちられない事だって考えられる。まあ、ここはありきたりだけどクロールにしよう」
僕の身体は落下する。
ぐんぐんぐんぐんスピードが増していく。
森の緑が近づいたとき、
目の前を鳶(トンビ)が横切る。
「さぁーッ、みんなどいてどいて危ないよ」
アオスジアゲハが飛んできて、
僕の頭のてっぺんに、羽をたたんでちょこんと座った。
「風の向きを見てあげるよ。いいかい、このまま秘密の館まで一気に降りて行くんだ」
アオスジアゲハはそういった。
「なに、その秘密の館って? あっ、それが君の言っていたびっくりする所なんだね」
「そうさ。捜してるものが、きっと見つかる筈だよ。さあ、そろそろ着地するよ。大きく息を吸って! いくよ、そ───れ!」
アオスジアゲハが僕の頭の上に飛びだした瞬間、僕の身体は風に乗り、ヒューンといったん三日月状に上昇した後、ヒラリフワフワ落ちだした。
十メートル、五メートル...、木の葉のように僕は舞う。そして無事に着地。
気がつくと、森の中にある小さな広場に立っていた。
足元には秋色の落ち葉。赤、オレンジ、黄色...カラフルだ。
「さあ、君の言っていた秘密の館ってどこなの?」
僕はアオスジアゲハに問いかける。
「目の前さ。見えるだろ? 空色の扉が...」
とアオスジアゲハ。
「エッ、何も見えないよ。何もないよ、どこに扉があるの?」
「じゃ、目を閉じてみて。そしたら見えるから」
「目を閉じるって?」
「いいから、目を閉じて。難しいことじゃないよ」
アオスジアゲハに言われるまま、僕はゆっくりと目を閉じた。
「どう? 見えた?」
「あっ、あった。見えたよ空色の扉が...」
「そう、それが秘密の館の入り口さ。どんな家? 大きい? 小さい?」
「うん、煙突のついた大きな家。でも、ちょっと古いネ」
「向日葵が咲いているでしょ、入り口の横に」
「うん」
「彼女から鍵をもらってネ。...そう、金色の綺麗なやつ」
僕は、向日葵からピカピカ輝く金色の鍵をもらうと空色の扉に差し込んだ。
慎重に右回し。カタンと鍵の外れる音がして秘密の館の扉が開いた。
背後からアオスジアゲハの声がした。
「どう家の中は...明るい? 何がある? 何か聞こえる? どんな臭い?」
すると、アオスジアゲハの問い掛けに応えるように、それまで漠として曖昧だった秘密の館の内部が突然、具体的なモノや形になって立ち上がってきた。僕は何も考えず、ただ感じるままに目の前に広がっていく光景をそのまま言葉にしてアオスジアゲハに伝えた。
「何も聞こえない、静かだよ。でも、なんだかカビ臭い。大きな柱時計があるけど動いていないみたいだ。窓には白いカーテンが掛かってる、ヒラヒラのレースのついた。誰もいないよ。あっ茶色い大きな階段がある、映画みたいな。わー、もの凄いシャンデリアがぶら下がってる、おっこちないかなぁ」
「もし、嫌いな所があったら好きなように直していいんだよ」
アオスジアゲハが優しく教えてくれた。
「部屋が狭かったら広くすればいいし、ソファに呑気な目をした子犬が欲しいと思えばそうしたらいい。この家は自由になんでも出来るんだ。君だけの秘密の館さ。最高の気分で最高の時間が送れる、そんな家をつくってネ。それじゃ、僕、森に戻るから」
そう言ってアオスジアゲハは飛び立った。
森の光を浴びながら、枯れ葉色の一本道をまっすぐに飛んで帰っていった。
さて、僕はといえば秘密の館の建造である。
「自分だけの秘密の館か...、なんかワクワクするな。そう、部屋は広い方がいい。
もちろん床は茶色の板張り。ピカピカで、靴下で走ったら滑って転んでしまうような床がいい。部屋の真ん中には大きなモミの木。もちろん生きたモミの木さ。彼の周りだけは床を丸くくり貫いて...そう、ついでに天井も丸くくり貫こう。こうすれば彼ものびのび出来るだろうし、太陽や鳥や虫たちとも話が出来る。
そして、クリスマスには僕が綺麗に飾るのさ。銀色の星に雪のわた。キラキラ光る赤や青の夢の帯もいいかもしれない。もちろん今年のクリスマスが終わっても、彼は来年のクリスマスを楽しみに待てるんだ。その次の年も、またその次の年も。アンデルセンのモミの木みたいに、屋根裏部屋に閉じ込められたり、切り刻まれてパチパチ燃える薪にされたりしないんだから。僕と彼とは一緒に生きる。
そう、モミの木の横には椅子が一つ。どんなに長い間座っていてもお尻も腰も痛まない、
そんな魔法の椅子があったらいいな。うん、このぐらいがっしりしていて...ああ、いい気持ちだ。
動物はどうしよう? 子ヤギが一頭いればいいか。ヤギと一緒に育った子どもは、性格の優しいとってもいい子になるっておばあちゃんが言っていた。うん、ヤギにしよう。となると彼女専用の出入り口も作らないと...よし、これで彼女も出入り自由だ。
それから東と西には大きな窓、森の向こうの朝日が見えて夕焼け空も楽しめる。
テーブルも一つ置こう。いつでも地図が広げられてどこへでも飛んで行けるように。そうか、アオスジアゲハが羽を休める小枝もいるかな? まあ、いいか、モミの木がいてくれる。.........」
いつしか僕は眠っていた。
魔法の椅子にどっかり座り、心静かに眠っていた。
遠方からは波の音。
潮の香りを含んだ風がそっと頬を撫でていく。
澄み渡った空、乱反射する海。
砂糖を撒いたような真っ白い砂浜には、
青空に向かって聳え立つ一本の椰子の木があった。
その根元には、
パリパリに乾ききった黄緑色の海藻が見えた。
ドスン!
鈍い音を残し、椰子の実が地面に転がる。
刹那、空に鯨が舞い上がった。
白い腹の部分に陽が当たる。
真珠のように水が跳ね、黒い巨体が地球を揺らす。
舌は、鮮やかな桃色だった。
と、おっきな瞳がこちらを向いた。
僕の様子を伺うように、鯨は横目で僕を見た。
思わず息を呑んだ。
すると、アオスジアゲハが飛んできて、
僕のまつげにちょんと停まった。
「夕立が来るよ、起きて!」
泉の音?
訳もなく鳥肌だった。
僕はむっくり起き上がる。
木立を渡る風が少しだけ冷たくなっていた。
僕は枯れ葉色の一本道を急ぎ足で引き返す。
西の空に鼠色の雲が掛かった。
森の木々は形を失い、
緑黄色の走査線となって視界の隅を飛んでいく。
全速力だ。
でも、それはそれでなぜか心地よかった。
前方に茶色い扉が見えた。
出入り自由の勝手ドア。
僕は躓きそうになりながらも、
一塁ベースにヘッドスライディングを試みる高校球児のように、
扉の中へ滑り込んだ。
セーフ。
まさに間一髪だった。
息を整え、暗い階段を上りだす。
一段、また一段。
やっぱり、ひんやりとした風が吹いていた。
階段の上の方に目をやると、
光の点が一つ浮かんで見えた。
一段、そしてまた一段。
光の点は少しずつ膨らんで、
ついには四角い赤紫色の絵になった。
雲が見えた。
空だ。
(2017年10月12日「TVディレクター 飯村和彦 kazuhiko iimura BLOG」より転載)