PRESENTED BY グローバルファンド日本委員会

日本の「カメラ」が大活躍 ザンビアで見過ごされた「結核患者」が次々見つかるワケ

日本の技術がアフリカの結核医療の現場にもたらした変化とは?医療ジャーナリスト市川衛さんによる「#世界の理不尽を減らす」連載第2回。
Photo:ロシナンテス

世界で毎年1080万人以上が新たに発症し、推定120万人を超える命を奪っている結核(WHO, 2024)。
日本では過去の病と考えられているが、アフリカやインドなどではいまだ多くの命が奪われている。

理由の一つが、検査の問題だ。
結核には「喀痰(かくたん)検査法」という、「たん」を用いた検査がある。しかし見落としの多さや、幼少児や高齢者など「たん」を出せない人は検査できないなどの課題がある。早期に診断できず感染を広げてしまったり、重症化するまで治療を受けられなかったりするケースが少なくないのだ。
この課題への解決策として、いま日本の「カメラ」が大活躍しているという。

Photo:ロシナンテス

アフリカ、ザンビア。乾いた土に覆われた道路が、地平線まで続く。

2024年3月、富士フイルムの南部アフリカ事業を統括する河野太郎さんは、医療支援を行う認定NPO法人「ロシナンテス」の巡回診療車とともに、ザンビア中央州チサンバ郡を目指していた。

道路わきのトウモロコシ畑は、濃い茶色に染まっている。雨が極端に少なく、水分が不足しているのだ。「今年は、大渇水になる」乗員のひとりが、心配そうにつぶやいた。

車は、平屋のレンガ造りの建物の前に停まった。「ヘルスセンター(診療所)」と呼ばれ、付近の地元住民の健康を守る拠点として活動している。

ロシナンテスと協働しているチサンバ郡の病院から派遣されたスタッフが車から取り出したのは、少し大型のカメラ。単なるカメラではなく、携帯型のX線撮影装置だ。日本で健康診断の際などに行われるX線検査(レントゲン検査)は据え置き型だが、富士フイルムが開発した「FDR Xair」は重さわずか3.5kgほどで、容易に携帯できる。また充電式のため、電源が取れないところでも利用可能だ。

日本の「携帯X線カメラ」が結核検査に大活躍

Photo:ロシナンテス

ヘルスセンターではさっそく、結核疑いの人を対象にしたX線検査が開始された。老若男女、様々な人が検査を受けていく。地元のクリニックで受けられるようになったことで、「初めて検査を受けることができた」という人も少なくない。

結核の検査では、さきほど触れた「喀痰検査」とX線検査の併用が推奨される。しかしチサンバ郡のヘルスセンターにはX線設備がなく、少なからぬ住民は、首都ルサカの医療機関の受診を余儀なくされていた。往復6時間程度かかり、しかも日本円にして1100円ほどのバス代がかかる。この地域の住民にとって、少ない現金収入の三分の一近くを占める出費となり、検査が広がらない理由になっていた。

撮影画像はAIによって処理され、結核の疑いが高い部位は色付きで表示される。そのため、検査画像のチェック(読影)の経験が少ない医療者であっても、見落としを減らすことが期待できる。

Photo:富士フイルム

ロシナンテスと富士フイルムが共同で、チサンバ郡、チボンボ郡の複数の医療機関を対象に、この巡回検査の取り組みを始めたのは2023年のことだが、すでに成果が上がっている。
これまで、過去に喀痰検査を受けて「陰性」とされていた996人にX線撮影をしたところ、そのおよそ8%にあたる77人に結核が見つかった。

富士フイルムの南部アフリカ向け事業を統括する河野太郎さんは、未発見の患者を見つけていくことは、ザンビアの結核終息に大きな意義があると語る。

「ザンビアでは、結核は死因の第5位と、いまだに多くの命が奪われています。一方、検査で診断さえつけば、ある程度の治療を受けられる体制が整いつつあります。
自宅近くで検査が受けられるようになることで、これまで救えなかった命を救うことができる。またその人たちが感染を広げないようにケアしていくことで、結核の終息にも役立てると考えています。」

河野太郎さん:FUJIFILM South Africa (Pty) Ltd. Managing Director(取材当時)
河野太郎さん:FUJIFILM South Africa (Pty) Ltd. Managing Director(取材当時)
Photo:富士フイルム

「訪問診療をもっと楽に」技術者の思いから始まった小型化

「訪問診療でのX線撮影に苦労している医療者の負担を減らしたい」

携帯型X線撮影装置のグローバルマーケティング責任者、大塚琢磨さんによれば、開発のきっかけは「日本の訪問診療の現状を改善したい」と、国内の技術スタッフから挙げられた声だった。

医療者が患者の自宅へ出向く訪問診療では、X線での検査も現地で行う必要がある。従来から携帯型のX線撮影装置は存在していたものの、大型で重かった。そこで、より小型で軽いX線撮影装置を作ろうとした。

壁は、画像の鮮明さとの兼ね合いだ。

X線撮影装置は、体内を貫通できる直進性の高い放射線(X線)を出せる「線源」と、それを捉えて画像を生む感光部(センサー)によって構成される。

小型化・軽量化のキモは線源を小さくすることだが、そうするとX線の量が減ってしまう。すると、センサーが十分に感知できず、鮮明な画像を記録することができない。

そこで富士フイルムの開発チームは、センサーの感度を高める独自の技術を活用。さらにセンサーが得た信号を画像に構成する処理を工夫し、少ないX線でも鮮明な画像を生み出すことができるようになった。

大塚琢磨さん:富士フイルム株式会社 メディカルシステム事業部 マネージャー
大塚琢磨さん:富士フイルム株式会社 メディカルシステム事業部 マネージャー
Photo:富士フイルム

2018年、FDR Xair(国内での販売名はCALNEO Xair)が完成。当初は開発目的のとおり、国内で訪問診療を行う医療機関向けに販売された。

転機は2019年。横浜で開かれた第7回アフリカ開発会議(TICAD7)の際に、国際的な結核対策組織「ストップ結核パートナーシップ」のルチカ・ディティウ事務局長が、富士フイルムの企業展示ブースを訪問。FDR Xairを一目見て、「結核検査に役立つ」と海外進出を勧めた。

富士フイルムはストップ結核パートナーシップとの連携でパキスタンやベトナムでの実証実験を開始した。

「そんな使い方が出来るんだ、と気づきをいただきました。」と大塚さんは語る。

「結核は世界的に、いまも多くの人の命を奪い続けている社会課題です。予防、診断、治療などそれぞれの分野で解決策を提案していくことは、社会的な意義が高いのはもちろん、弊社の技術や製品のグローバル展開につながると期待しています。」

2021年に10か国で販売をスタートしたFDR Xairは、2024年現在で70か国以上に販路を広げている。

Photo:ロシナンテス

日本企業の海外進出を後押しする グローバルファンドの取り組み

実はFDR Xairがこれほど迅速に海外進出を成功させた背景には、「国際公共調達」の仕組みがある。
アフリカやアジアなどの開発途上国では、医薬品や医療機器を大量に購入する資金の余裕や調達の仕組みがない。そこで、国際的な基金などが資金を肩代わりし、品質の保証された製品の円滑な導入を進めるのだ。

結核対策において、世界で最も大きな資金源となっているのが「グローバルファンド」だ。その日本委員会の事務局長である伊藤聡子さん(日本国際交流センター)は、次のように語る。

「グローバルファンドはジュネーブにある国際機関です。世界の三大感染症であるエイズ・結核・マラリアの流行の収束と保健システム強化を目的に、約100か国の途上国に対し年間50億ドル程度を支援しています。このうち、医薬品や機器などのモノを買う「調達」が最も多く、年間20億ドル(約3140億円)にも達します。途上国を舞台とする大きなマーケットです。」

このグローバルファンドの調達の仕組みによって、これまで多くの日本企業の開発・販売する製品がアフリカやアジア各国へ提供されてきた。

マラリア防除用の殺虫剤処理を施した蚊帳を筆頭に、治療薬、診断機器、検査キット、自動車やバイクなど10数社の日本の製品がグローバルファンドの資金で調達され、各国の感染症対策の現場で使われている。国別の累積の調達額では、インド、スイス、米国、中国、日本が上位に入る。

結核の製品はどのように買われているのか。前述のストップ結核パートナーシップには、GDFという調達部門がある。グローバルファンドから結核対策の支援を受ける国は、医薬品や機器を、必ずこのGDFを通じて調達する(下図)。富士フイルムによれば、現在、FDR Xairの調達の約7割はグローバルファンドが資金源となっている。

国際機関や政府など公的機関が製品を調達する「国際公共調達」は、すぐには利益の見込めない開発途上国への企業の投資を後押ししている。しかしそれが成果を上げるためには、基金に金が集まっている必要があるが、それは日本を含む国々からの多額の資金拠出によって成り立っている。この連載シリーズ「#世界の理不尽を減らす」の前回記事で取り上げた通り、この仕組みに対し「海外の途上国の健康を守るために、なぜ日本のお金を使うのか」という声があるのも事実だ。その点について、伊藤さんはこう答えた。

「国内でも災害があったり、格差が広がっていたり、課題が山積しているので、そういう意見は当然だと思います。ただ長い目で見ると、国際貢献は3つの点で、日本のためでもあると思っています。

第1に、国境を越える感染症から日本人の命を守ること。そして第2に、感染症に強い日本を作ることにつながることです。日本が平時には、感染症がまん延している途上国の国際公共調達市場に日本企業が参入して生産規模を維持しておくことが、いざ日本が感染症の危機に見舞われた時に、国内での供給量の確保につながります。

そして第3のポイントが、日本経済への影響です。
さきほど述べたように、多くの日本の製品が基金による調達を通じて現地で活用されています。グローバルファンドの支援の7割はアフリカ向けであり、2054年には22億人の市場となると予想されるアフリカの経済発展は、日本にとって市場拡大のビジネスチャンスでもあります。そのためにも、アフリカの感染症の収束と保健医療制度の拡充は必須ではないでしょうか。

『世界のため』と『日本のため』は必ずしも二律背反せず、両立するのだと思います。」

(取材・文:市川 衛、写真提供:富士フイルム、ロシナンテス)

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