PRESENTED BY グローバルファンド日本委員会

「なぜ外国に支援?」高まる疑問の声 それでもアフリカの健康を日本が支える理由

日本がグローバルヘルスのリーダーである理由。医療ジャーナリスト市川衛さんが、グローバルファンド馬渕俊介さんに話を聞いた。
グローバルファンド 保健システム・パンデミック対策部長 馬渕俊介さん
グローバルファンド 保健システム・パンデミック対策部長 馬渕俊介さん
Photo:Yohei Ono

政府が外国に対する経済支援などを発表すると、SNSで疑問の声が拡散するようになった。「まずは日本だろ」「どうせ良い顔をしたいだけ」「欧米のいいなり?」

確かにネットもSNSも、国内の貧困や不景気のニュースに溢れている。海外の支援は、もっと余裕が出てからにすべきではないのか?

去年、東京大学の入学式での祝辞が話題になった馬渕俊介さん。国際機関でアフリカやアジアにおける感染症の対策に取り組んでいる。本来なら亡くならないで済んだはずの命が奪われる。そんな「理不尽」を減らそうと取り組む馬渕さんは、疑問の声に、どう答えるのだろうか。

現地の人材育成で、感染症に備え死亡率を下げる

(左)馬渕俊介さん(右)医療ジャーナリストの市川衛さん
(左)馬渕俊介さん(右)医療ジャーナリストの市川衛さん
Photo:Yohei Ono

ーー 馬渕さんは、アフリカやアジアにおける感染症対策(エイズ、結核、マラリアなど)を進める国際機関「グローバルファンド」で、2022年3月から保健システム・パンデミック対策部長をされています。まずは馬渕さんご自身の役割について教えていただけますか?

はい。アフリカやアジアの一部の国では、感染症に備える仕組みが弱く、エイズや結核、マラリアなどで多くの人が亡くなっています。またエボラ出血熱など危険な感染症が流行っても、迅速に封じ込めることができず、被害が拡大してしまうことがあります。グローバルファンドの活動の一つとして、そうした国の感染症への備えに繋がる保健システムの強化を資金面・非資金面でサポートしていますが、私はその部門のトップを務めています。

ーー 具体的には、どのようなことをされるのですか?

例えばアフリカでは、感染症への対策に関して、村落ごとにいる「コミュニティ・ヘルス・ワーカー」が大きな役割を果たしています。日本で言えば保健師のような仕事をするのですが、国や地域によって状況は異なるものの、国に雇用されているわけでもなく、いわばボランティアのような形で適切な給料の支払いやその他の必要なサポートを受けないまま働いていたりします。そうすると当然、感染症の報告が遅れたり、適切な対処が行われないなどの問題が起きてくる。

改善するには、ワーカーが、ちゃんと国に雇用される形にしなければならない。資格制度も必要です。そのうえでワーカーに対し、感染症の知識や報告プロセスなどを教育する必要があるわけです。

コミュニティ・ヘルス・ワーカー(写真右)が健康状態を尋ねた後、結核の啓発資材を見せながら結核の検査を受けることを勧めている様子
コミュニティ・ヘルス・ワーカー(写真右)が健康状態を尋ねた後、結核の啓発資材を見せながら結核の検査を受けることを勧めている様子
タンザニア ©Global Fund

そこでグローバルファンドとして、国に対して資金を提供して、国がコミュニティ・ヘルス・ワーカー養成プロジェクトを展開するのをサポートする。そこで、十分な教育やサポートを受けたコミュニティ・ヘルス・ワーカーが住民の健康や感染症の予防、エボラやコロナのような新しい感染症の早期発見にどのくらい効果を出せるか、ということを示しつつ、政府関係者や指導者層に理解を広め、その仕組みを制度化するような法律を作ってもらう。そして徐々に、自分たちの国の予算で制度を運営できるようにしていく。

こうした段階的なステップを踏んで、教育・資格・雇用などの全体的な枠組みを整えていく手伝いをするということです。多くの困難を伴い、長い時間もかかりますが、例えばマリではコミュニティ・ヘルス・ワーカーを政府に雇用される正式な保健スタッフとする法律が制定され、その仕組みを通じて、マラリアの死者や乳児の死亡率が大幅に下がるような成果が出てきています。

小児マラリアの蔓延を減らすための予防キャンペーンで、コミュニティ・ヘルス・ワーカーがマラリア予防薬の服用介助をしている様子
小児マラリアの蔓延を減らすための予防キャンペーンで、コミュニティ・ヘルス・ワーカーがマラリア予防薬の服用介助をしている様子
ブルキナファソ、2019年8月 ©Global Fund

 なぜ日本が海外のいのちを支えるのか?

ーー グローバルファンドには、設立以来の20年余りの間にG7諸国をはじめとする各国政府や民間財団より累計で約758億ドル(およそ10兆円)もの資金が拠出されています。そのうち日本政府は、約48億6000万ドル(およそ5200億円)を拠出しています(*1)。わずか数パーセントとは言え、なぜ日本が、巨額の資金を出さなければいけないのか?という疑問を感じる人もいると思います。

(*1)2002年~2024年8月現在の累積、拠出時の為替レートで計算

なかなか一言では答えにくいですね…。そうした疑問をお持ちの方がおられるのは、とても良くわかります。まずご説明したいのは、この巨額な資金が、人類の感染症との戦いにおける、極めて大きな成果に結びついているということです。グローバルファンドの貢献により、グローバルファンドが設立された2002年には世界中を恐怖に陥れた病気だったエイズの死者数は、過去20年間で72%も減少しました。そしてマラリアの死者数は28%、結核の死者数は36%減り、その結果グローバルファンドはこれまでに約6500万人の命を救ってきました。

加えて理解いただきたいのは、グローバルヘルス(世界的な医療・健康の課題に、国の枠を超えて取り組む活動)に日本が貢献することが、日本自身にとっても重要だということです。

グローバルヘルスへの貢献は、日本の利益にも繋がる

ーー どういうことでしょうか。

まず経済面での影響です。アフリカ、アジアは若い世代の人口が多く、今後の経済発展が見込まれる「成長市場」として期待されています。ただそこに日本の企業が進出していくには、現地の衛生環境が整っていることが前提です。市場の成長性にも関わりますし、何より、駐在員の方の健康に影響するからです。

実際この7月にも、渋澤健さん(シブサワ・アンド・カンパニー)や新浪剛史さん(サントリーホールディングス)といった民間企業の著明な経営者の皆さんが、武見厚生労働大臣に、よりアフリカやアジアの健康課題の解決に日本が取り組むべきだとする要望書を提出しました。

ーー 保健体制を整えることは、海外進出を目指す企業にとって重要だというわけですね。

それだけではありません。国際的な枠組みに参加することで、日本の技術を現地の多くの人に知ってもらうことができます。グローバルファンドでは、感染症の対策に必要な医薬品や資材(マラリアを媒介する蚊を避けるための蚊帳など)を大量に購入し、日本は世界で5番目の調達を受けています。

もちろん、人の命にかかわるものですから、高い基準が定められており、それをクリアしたものだけが調達されるわけなのですが、逆に言えば、日本の医療技術や医薬品の質が高いということをアフリカやアジアの人に広く知ってもらうチャンスにもなるわけです。

8月に東京で開かれたTICAD閣僚会合テーマ別イベントにて
8月に東京で開かれたTICAD閣僚会合テーマ別イベントにて
©日本国際交流センター

ーー しかし、いま日本の保健や医療の制度にも、様々な課題が指摘されています。海外に拠出する資金を、日本の社会保障に充てるべきではないですか?

その意見も、もちろんあると思います。ただ新型コロナウイルス感染症のパンデミックを思い出してください。そこで失われた人命や消費された医療資源を考えると、その影響は日本だけで見ても天文学的な額にのぼります。 

パンデミックの多くは、野生動物に寄生していたウイルスが、何らかのきっかけで人間に感染する能力を得ることで発生します。つまり、人間と野生動物の距離が近いところは震源地になりやすい。アフリカやアジアは、気候変動や森林伐採などの影響で人間と動物の距離がどんどん近くなっており、リスクが高まっています。実際この8月、コンゴ民主共和国で広がるエムポックス(サル痘)に対し、WHO(世界保健機関)が緊急事態宣言を出しています。

世界での切磋琢磨が、日本のリーダー人材を育てる

ーー アフリカやアジアにおいて、感染症が広がらないような体制を作ることは、パンデミックを予防するという意味で、日本の社会保障に直結するものだと。

私はそう考えています。更に言うと、こうした国際的な枠組みに日本が参加し続けていることこそが、日本の社会保障のレベルを維持するために必要なんです。

日本は1961年に、世界の中でもいち早くユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(*2)を達成しました。その後、世界中で誰もが医療サービスを受けられる環境を作ろうと積極的に取り組んできました。この貢献は日本ではあまり知られていませんが、むしろ海外で高く評価されていて、あのビル・ゲイツも「日本はグローバルヘルスのチャンピオンだ」と度々言っています。チャンピオンとは、旗を振って先導し、実践するリーダーという意味です。

(*2)ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC):すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる状況のこと。日本は1961年に「国民皆保険」を実現し、世界の中でもいち早くUHCを達成したとされる。

馬渕俊介さん
馬渕俊介さん
Photo:Yohei Ono

いま日本はグローバルヘルスにおいて確固たる存在感を持っており、多くの行政官や医療関係者などが国際的に活躍しています。そうした人たちの中には、新型コロナウイルス感染症対策でもそうだったように、日本に戻った後、世界での経験を活かしてリーダーシップを発揮し、様々なイノベーションを起こしている人が少なくありません。

いま日本の保健や医療の質は世界でもトップレベルにありますが、少子高齢化や気候変動など、状況を悪化させるリスクは山積みです。これまでと同じことをしていてはサービスの質が悪化するかもしれない。

だからこそ、イノベーションを起こせる人材や体制を常に育てていく必要があるんです。

グローバルヘルスへの貢献を通じ、諸外国と切磋琢磨し、世界の最前線の知見を取り入れ人材を育成していくこと。それは本質的かつ直接的に、日本の利益に繋がる「投資」になると私は考えています。

グローバルファンド日本委員会について

(写真:小野洋平、取材・文:市川 衛)

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