性差別やLGBTQの権利のために闘い続けたアメリカ最高裁判事ルース・ベーダー・ギンズバーグ氏が、9月18日に87歳で亡くなった。
ギンズバーグ判事の死は多くの人たちを悲しませているだけではない。
後任を巡ってリベラル派と保守派の争いが白熱している。
アメリカの最高裁判所は、同性婚や人工中絶など国民ひとりひとりの生き方や国のあり方に影響を与える問題に、最終的な司法判断を下す重要な役割を担っている。
1993年から最高裁判事を務めてきたギンズバーグ判事が、亡くなる前に孫に語った願いは「新しい大統領が選ばれるまで、自分の後任が選ばれないこと」。
最高裁判事は、大統領が指名し議会上院で承認される。
トランプ大統領が保守派の判事を指名することは明らかであり、上院で承認されれば9人の判事のうち6人が保守派でリベラル派は3人だけになる。
そうなると、国を二分するような問題で、最高裁が保守派寄りの判決を下す可能性が高くなる。
アメリカを二分してきた、中絶の権利をめぐる争い
銃規制や移民政策など、リベラル派と保守派の意見を二分する問題は数多くあるが、中でも今注目を集めているのが、ギンズバーグ氏が擁護し続けてきた人工妊娠中絶をめぐる議論だ。
アメリカで、中絶が憲法で定められた権利として初めて認められたのは1973年のロー対ウェイド裁判。この裁判で最高裁は「州が法律で中絶を規制するのは違憲」とする判決を下した。
そしてこの判決によって、女性はようやく安全に中絶手術を受けられるようになった。
ギンズバーグ判事は、中絶は単に個人の権利やプライバシーの問題であるだけではなく、ジェンダー平等の問題だと訴えてきた。
1993年の上院での指名承認公聴会で、ギンズバーグ氏は「男女平等のために、女性自身が自分の決定をすることが欠かせない」「女性をコントロールしようとすることは、男女平等の否定になる」と述べている。
しかしキリスト教福音派を中心とした中絶反対派は、ロー対ウェイド裁判の後も中絶に反対し続けてきた。
彼らにとって追い風となったのが、トランプ大統領の就任だ。
トランプ大統領は2016年の大統領選で、中絶に反対する人物を最高裁判事に任命するという選挙公約を掲げて当選。就任後に、ニール・ゴーサッチ氏とブレット・カバノー氏のふたりの保守派の判事を指名した。
中絶反対派の目標は、中絶の議論を連邦最高裁まで持ち込んでロー対ウェイド裁判の判決を覆すことだ。
ただし保守派が多数を占めていたとしても、必ずしも中絶に違憲判断が出るとは限らない。
例えば最高裁は6月、中絶を規制するルイジアナ州の法律は違憲とする、中絶支持派寄りの判決を下した(この判決では、保守派のジョン・ロバーツ最高裁長官がリベラル派の4人の判事を支持した)。
しかし、ギンズバーグ氏の後任に中絶反対派の判事が選ばれた場合、ロー対ウェイド判決が覆される可能性が高まる。
ギンズバーグが亡くなった後、テキサス州の中絶反対団体「テキサス・ライト・トゥー・ライフ」は「ギンズバーグ判事の逝去により、トランプ大統領は中絶が憲法で保障されていないと考える判事を最高裁で多数派にするための歴史的な機会を手にした」という声明を出した。
注目が集まる後任判事候補
ギンズバーグ氏の後任として有力視されているのは、第7巡回控訴裁判所のエイミー・コーニー・バレット判事だ。
保守派で熱心なカトリック教徒として知られるバレット判事は中絶反対派だと考えられているものの、中絶の議論について明確な回答を避けている。
2017年に「中絶を道徳に反する行為と考えるか」と聞かれた際には「この問題に関してもそれ以外に関しても、私自身の信念が判事としての責任に反映されることはない」と答えている。
トランプ大統領は、9月26日に後任を指名する予定としているが、大統領選挙直前の指名に、民主党は強く反発している。
2016年2月、大統領選の約9カ月前に最高裁判事アントニン・スカリア氏が亡くなった際、共和党の議員は「大統領選挙の年に、大統領が最高裁判事を指名すべきではない」という理由で、オバマ大統領が指名した候補を承認しなかった。
しかし、今回は大統領選のわずか6週間前であるにも関わらず共和党は候補者選びを進めており、民主党議員は共和党の矛盾を強く批判している。
上院では共和党が多数を占めているため、何人かの共和党議員が承認を拒否しない限り、トランプ大統領が指名した判事の就任を阻止できない。
プランド・ペアレントフッドなどの中絶擁護団体は、任期が迫っている共和党の上院議員らに大統領選が終わるまで後任の承認をしないよう訴えていく、とNPRに語る。
生むか生まないかの決定は「女性の人生の中核をなし、女性の尊厳に関わる問題。政府が女性の決定を規制すれば、女性を自分の選択に責任を持つ一人前の大人として扱っていないことになる」と述べたギンズバーグ氏。
彼女がいなくなった今、女性たちのリプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)を守る手段である中絶の権利の行方に、注目が集まっている。