日本もドイツや各国とともにトランスジェンダーの権利を守ってほしい【寄稿】

トランスジェンダー当事者が、医師の診断なしに自己決定で性別を変更できるようになるドイツ。法改正でどう変わるのでしょうか
ドイツ・ハノーファーで行われたクリストファー・ストリート・デーのパレード。LGBTQ当事者の権利擁護を求め、レインボーやトランスカラーで「ヒューマン」と書かれたプラカードを掲げる参加者(2024年5月18日)
ドイツ・ハノーファーで行われたクリストファー・ストリート・デーのパレード。LGBTQ当事者の権利擁護を求め、レインボーやトランスカラーで「ヒューマン」と書かれたプラカードを掲げる参加者(2024年5月18日)
picture alliance via Getty Images

最高裁は2023年10月、トランスジェンダーの人たちの法的性別の変更に、生殖機能の除去を義務付けている法律の要件を「違憲」と判断した。

この判決により、性別変更の要件から「生殖能力を失わせる手術」をなくすための法改正が必要になった。

生殖不能手術の強要は、様々な国際機関から人権侵害であると批判されており、ドイツでは10年以上前から性別適合手術やホルモン投与をせずに性別変更できるようになっている。

また、ドイツ議会は2024年4月に「自己決定法案」を可決した。法律施行後は、医師の診断なしに、自己決定(セルフID)で性別を変更できるようになる。

自己決定による法的性別の変更は、日本では国会レベルでの議論は起きていないものの、ドイツ以外でもデンマークやスイスなど欧州中心に20カ国で導入されている。

ドイツ連邦議会議員でトランスジェンダー当事者のニーケ・スラーヴィク議員は、自己決定は「当事者の尊厳を取り戻す」と訴える。

法改正でドイツはどう変わるのか。来日したスラーヴィク議員による寄稿を紹介する。

ニーケ・スラーヴィク議員
ニーケ・スラーヴィク議員

ドイツ連邦議会は今年4月12日、トランスジェンダーの人びとが法的に認められる権利に関し、画期的な法律(自己決定法)を成立させました。

法的性別変更(日本における戸籍上の性別変更に該当)について、ドイツが、自己識別に基づく法的性別認定手続きを導入した20番目の政府となる記念すべき出来事でした。

この5月、ドイツ連邦議会交通委員会訪日団の団長として東京を訪れた際、日本の国会で法的な性別認定手続きの見直し、すなわち性同一性障害者特例法の改正が議論されていることを知りました。

私は日本の国会議員の皆さんに、ドイツや他の国々と同様に、トランスジェンダーの人びとに対し、ホルモン投与などの医療的介入要件をはじめとする負担の大きい要件を課すことなく行政手続きによって、みずからの性自認を公的文書で認定される権利を擁護していただきたいと思います。

私は東京滞在中にLGBTの権利擁護に取り組む方々と会い、現行の法的性別認定手続きでは、トランスジェンダーの人びとの生活に支障を来していることを知りました。以前はドイツでもそうでした。私のようなトランスジェンダーの当事者は、不正確な身分証明書のために日常生活での差別に絶えずさらされていました。ドイツでも、法的な性別の変更には、自分の性自認を医師らに「確認/診断」してもらうことが要件でした。

日本でアドボカシーに取り組む人びとから、2023年の最高裁判所決定で、現行法の生殖腺除去手術要件が違憲との判断が示されたことも知りました。これは日本のトランスジェンダーの人びとにとって決定的な出来事です。この最高裁決定を受けて、手術要件削除はもちろん、それにとどまらないかたちでの広範な法改正がなされるべきです。 

ドイツでは、2011年の連邦憲法裁判所判断により、手術やホルモン投与を性別認定要件とすることが違憲とされました。そのため、ドイツでは10年以上前から、トランスジェンダーの人びとがこうした医療的介入なしで法的性別を変更できます。日本では、手術要件にかわってホルモン投与を要件とすべきと主張する人もいると聞きます。

でも、指摘したいのは、過去10年間、法的性別認定に手術やホルモン投与が要件とされなくなっても、ドイツ社会で特筆すべき問題はなかったということです。実際には、圧倒的多数のドイツの人びとは、この前進による影響をまったく受けていません。 

ドイツ議会で成立した新しい「自己決定法」を私が誇らしく思う理由は、今挙げたような医学的介入要件を撤廃しただけでなく、政府への個人登録(日本における戸籍)の重要情報のひとつ、つまり個人の性別を政府がどう登録するかを、当事者の判断に委ねていることです。

トランスジェンダーの人びとは、自分たちが何者なのか、わかっています。医療やメンタルヘルスの従事者からの評価や診断によって確認してもらう必要など、ないのです。長年の不当な手続きを経て今、新法が成立した結果、トランス、インター、ノンバイナリーの人びとはみずからが当然に有する尊厳を取り戻すのです。

ドイツの新法は今秋に施行されます。施行後は、氏名と性別表記の変更の登録は、役所で口頭または書面で行うことになります。それから3カ月経過すれば、当人が役所に行き、法的性別認定を希望する宣誓ができるようになります。

その宣誓により、法的性別認定はただちに発効します。手続きの要件は、この短い待機期間、書類の記入、それに宣誓だけです。手術要件も、ホルモン投与要件もありません。「専門家」による診断も不要です。

東京訪問中に、日本のトランスジェンダーの権利に関する状況が近年大きく変わったことを知りました。こうした日本の変化は、私たちのドイツでの経験とも重なります。

トランスジェンダーの人びとがその性自認を証明するために「診断」がいると考えていた専門家団体などもその立場を改め、そうした診断や介入はもはや妥当でも必要でもないとしています。科学的な観点から、「自然な」二性別システムという考え方は反駁されているのです。

ドイツ心理学会は声明で、性別を「その発達がさまざまな身体的、心理社会的、心理性的影響要因の複雑な相互作用によって決定される多次元構造」としています。これは、性別がより多様であり、生物学的特徴や外部評価によって決定できないことを示しています。

2017年、ベルリンのフンボルト大学は連邦の家族・高齢者・女性・青少年省から「トランスジェンダーの人びとに対する規制と改革の必要性」に関する報告書の作成を依頼されました。

研究者らは、診断者自身が診断や評価という要件の廃止を支持する傾向が強まっていると強調しました。さらに、さらなる研究(Meyenburg、Renter-Schmidt、K.、Schmidt 2015)は、専門家らによる「評価」は99パーセントの場合、本人が自分自身について報告したことを反映しているだけなので、人の性自認は他人によって評価できないと示しました。

こうしたことは自己決定こそが中心であることを示すとともに、世界保健機関(WHO)の近年の政策見直しや、世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会(WPATH)などの世界をけん引するトランスジェンダー保健機関のコンセンサスとも合致します。

私は、トランスジェンダーの人びとを平等な社会の一員として受け入れるという日本社会の進歩に感銘を受けています。そして、日本の国会議員の皆さんに対し、トランスジェンダーの人びとの基本的権利を守るため、法的な性別認定について、自己識別(self-identification)を原理原則とする法改正をしていただきたいと思います。

岸田文雄首相は先日、国会で「ジェンダーアイデンティティは多様であり、人それぞれ異なるものである」「自己のジェンダーアイデンティティを否定されるようなこともあってはならない」と発言されました。このご発言は、そうした法改正の方向性としっかりと一致しています。

ニーケ・スラーヴィク(Nyke Slavik):ドイツ連邦議会議員。議会所属委員会は交通委員会(副委員長)、家族・高齢者・女性・青少年委員会(代理委員)。ドイツ連邦議会議員としてトランスジェンダーであることを初めてオープンにした2人のうちの1人。

注目記事