私は毎年少なくとも1度は日本に出張するが、手厚いサービスに感激することがある。
東京のあるホテルで、ズボンのチャックが壊れたため、「修理してくれる店を教えてくれませんか」と尋ねたら、頼んでもいないのに無料で直してくれた。
日本の新幹線が折り返しのために終着駅に停車する時間は、わずか12分だが、清掃チームはわずか7分で掃除を終える。車内は、7分で終えたとは思えないほど、清潔になっている。日本のサービスの質の高さを象徴する、早業である。
ある和菓子屋では、買った商品を紙袋に包んで手提げ袋に入れてくれるだけではなく、店員がわざわざカウンターの奥から、店の前まで出てきて、客に手提げ袋を手渡し、見送ってくれる。雨が降っている時には、紙の手提げ袋にビニール袋をかけてくれる。理髪店や美容院の中には、コーヒーを出してくれたり、肩を揉んでくれたりする店もある。
ドイツ人もサービスの悪さに驚く
読者の皆さんの中には、「おもてなし」を世界に誇る日本からドイツに来られて、商店などでの顧客サービスの悪さに強いショックを受けた方もいらっしゃるのではないだろうか。
「サービス砂漠・ドイツ」に悩んでいるのは、われわれ日本人だけではない。私の知人で日本に長年勤務したドイツ人は、故郷に戻ってきた直後、パン屋の店員の態度の悪さにショックを受けた。彼は、日本の店員の丁寧な接客態度に慣れていたので、母国の店員の態度の悪さに驚いたのである。
ミュンヘン市内にて筆者撮影
あるレストランで食事が終わった後に日本から来た知人と話をしていたら、「食べ終わった後の皿を渡してくれ」とウエイトレスから指図された。レストランなどで、ナイフとフォークを並行に揃えておくことは、「食事が終わりました」というサインだが、このウエイトレスはそのルールも知らなかった。
なぜドイツ人はサービスが不得意なのだろう。ドイツ語でサービスはDienstまたはDienstleistung だが、この言葉はdienenつまり、誰かに仕えるという動詞から来ている。dienenというドイツ語には、従属的な語感がある。自分が他者に対して、低い地位にいるような印象を与える。つまり個人主義と独立性を重んじるドイツ人にとっては、イメージが悪い言葉だ。
したがって、ドイツではサービスが無料ではない。この国の企業や商店は、サービスを提供するためのコストを常に考慮する。サービスにかかる費用が、収益に比べて高くなりすぎると判断された場合には、サービスは提供しないのだ。これは、日本とドイツの商習慣の間の、最も大きな違いの1つだ。
もう一つ、サービス砂漠を象徴するものは、商店の営業時間の短さだ。これは「閉店法」という法律のためだ。ドイツに初めてやってきた日本人の中には、ほとんどの商店が日曜日や祝日に閉まっていることに、戸惑う人が多い。日本では、コンビニエンス・ストアだけではなく、スーパーやデパートの中にも夜間営業を行う店が増えているが、ドイツでは考えられないことだ。
多くの日本人は、「日曜日や祝日には多くの市民が買い物をする時間があるのだから、店を開けておけば、売り上げ高が増えるではないか」と思うだろう。
ミュンヘン市内にて筆者撮影
しかしドイツでは、週末にも店を開けて売上高を伸ばすよりも、休みを優先させる。「オフィスで働くサラリーマンだけではなく、商店で働く人々にも、家族との時間を楽しむ権利を保証するべきだ」という意見が有力だ。
価格を抑えるためにサービスを節約?
ただしドイツの物価は、日本に比べると割安である。その理由には、サービスを省略しているということもあるだろう。ドイツの商店やホテルが、日本のような、かゆい所に手が届くようなサービスを提供できない背景には、人件費が高いので、効率的に仕事をさせなくてはならないという事情がある。もしもドイツのホテルや商店で日本並みの水準のサービスを要求したら、請求書が今よりも高くなるだろう。
たとえばドイツには、サービスは悪いが、割安なホテルが沢山ある。税金や社会保険料のために、ドイツの可処分所得は日本よりも低いので、市民にとっては細かいサービスよりも、安い料金の方が重要なのだ。
ドイツのスーパーマーケットには、日本のように丁寧な態度の店員は、めったにいない。あるスーパーで、店員が商品の置き換え作業のために、商品を満載した運搬カートを通路のど真ん中に置いていた。このために客が通れなくて困っていても、店員はそしらぬ顔である。日本のスーパーならば、店員が「申し訳ありません」と客に声をかけるだろう。ドイツのスーパーの店員は、こうした点について、全く気がきかない。
そのかわり、この国の牛乳やヨーグルト、バター、パンなどの食料品の価格は、かなり安い。その理由は、多数の安売りスーパーが激烈な価格競争を繰り広げているからだ。ドイツの消費者は、良いサービスを商店やホテル、飲食店から期待せず、むしろ価格が安くなることの方を重視する。この態度には、「名を捨てて実を取る」というドイツ人の国民性も反映されている。市民が悪いサービスに慣れてしまっていることは、ドイツのサービス砂漠がなかなか改善されない原因の1つでもある。
ミュンヘン市内にて筆者撮影
私がドイツに来た1990年ごろに比べると、ドイツのサービスもやや改善した。営業時間の延長などはその例である。顧客が気持ちよく買い物をできるように、値段だけでなくサービスにも配慮してもらいたいものだ。
ニュース・ダイジェスト掲載の原稿に加筆の上、転載。
筆者ホームページ: http://www.Tkumagai.de