今年8月、劇団4ドル50セントの旗揚げ記者会発表が開催された。秋元康氏のプロデュースと言ってもぴんと来ない人がほとんどだろう。理由はまだ公演を行っていないからだ。11月3日からプレ公演と銘打った第一回目の公演が開催される。
AKB48をはじめとして日本各地で活動するAKB48グループ、そして乃木坂46と欅坂46(けやきざか46)で構成される坂道グループ。これらは今後もさらに数が増えると思われるが、新しく旗揚げされたグループは劇団の形となる。団員の9割が演技経験ゼロと説明されているが、AKB48や乃木坂46らと同じく、メンバーの成長をファンに見せる形での活動となるようだ。
秋元氏によればAKB48も当初は劇団として活動する構想があったというが、果たしてこの劇団は乃木坂46やAKB48を超えることは出来るのか。
■AKB48というイノベーション。
2005年、AKA48として初の公演はお客さんがわずか7人だった......この話はAKBについて調べると最初に目につくエピソードだ。そこから10年も経たずにミリオンセラーを達成し、東京ドームでライブを行うまで急成長した。
凄いの一言に尽きるが、そのビジネスモデルもまた常識外れだ。秋元氏は当初劇場を作る場所を探していたが、秋葉原のドンキホーテの上という場所は偶然スタッフが見つけたという。
ドンキホーテの社長と顔見知りだった秋元氏は、入場料1000円で劇場公演を行いたいと申し出ると、それじゃあとても儲からないでしょうと指摘された。秋元氏は劇場で儲けるのではなく、まずは存在を知ってもらうためのプラットフォームとして劇場を運営し、CDやDVD、大規模なコンサートはその後の話だと説明したという。
現在ではその思惑通り、コンサートからイベント、CD、DVD、そして各種メディアへの出演と、熱心なファンでも把握してきれないほど多種多様な活動を行っている。AKB48は横展開され、名古屋、大阪、博多、新潟、瀬戸内地方7県にジャカルタと、地域密着型のアイドルとして各地で活動を行い、海外にまで展開している。これは従来になかったイノベーションと言っても差し支えないだろう。
劇団4ドル50セントは歌と踊りもあり、劇団内ユニットとして乃木坂46を髣髴とさせるようなグループもあり、「演劇版AKB48」のようなスタイルに見えるかもしれない。
ただ、演劇版のAKBと考えた場合、出来ない事が多々ある。AKBを躍進させた手法の一つである、CDを売って握手券を配るというスタイルだ。
握手券によるCDの販売促進は、ファンとの直接的な接触でCD売上に貢献することはもちろん、ファンのロイヤリティ(忠誠度)向上に貢献している。このようなやり方は握手券を売っているだけと常に批判されるが、ビジネスモデルとしては極めて優れている。
■握手券という武器は使えない?
握手券を売るお店は国内に一つも無いと思うが、CDを売るお店は日本全国にある。そして握手券を買う文化は無くてもCDを買う文化はある。つまり販売ルートと顧客の購買慣習という意味で握手券をCDに付けることは正しい。これはビックリマンチョコがシールを目的で買われながら、食品メーカーが作ったお菓子として、おもちゃ屋だけではなくスーパーや駄菓子屋で販売されて大ヒットした状況に似ている。
おもちゃ屋と比べてスーパーや駄菓子屋であれば来店頻度は極めて高い。シール単体ではなくチョコレート菓子のオマケで、しかもどんなシールが出るか分からないという売り方をしたことが大ヒットにつながった。
上記の通り劇団内ユニットがあり音楽活動を行う構想も公表されているが、あくまで劇団として舞台公演を本業として行うのであれば「AKB商法」は使えない。100万枚売れる音楽のCDはあるが、100万枚売れる舞台公演のDVDは無いからだ。
プレ公演までの露出は、タイアップイベントや雑誌等の他、SHOWROOM(ショウルーム)というネットを介した生放送が簡単に行えるサイトで劇団員が小規模に宣伝・告知活動を行っており、マスコミを通じた大規模な宣伝活動は行っていないようだ。
■劇団4ドル50セントは「カルピスの原液」になりうるか?
AKB48のビジネスモデルは、秋元氏が説明する「カルピスの原液」という考え方に基づいている。
すでに人気のあるタレントやミュージシャンを採用すれば、秋元氏にとって売れるコンテンツを作ることは容易だろう。しかし芸能事務所に所属するタレントを使ってテレビドラマ等のコンテンツを作ってもコピーライト(権利)はほとんど他社に持って行かれてしまう。
そうではなく、ゼロから立ち上げたAKBであれば、音楽番組に出て欲しい、ドラマに出て欲しい、雑誌に出て欲しい......等々の多種多様な仕事が自身の仕事として舞い込む。秋元氏はこの状況を炭酸で割ったカルピスソーダやお湯で割ったホットカルピスに例えて、カルピスの原液、つまりビジネスの大元になるようなグループを自身で作ってしまえばいかようにも展開できるという。AKB48はその存在自体が巨大なショーケースであり、ポートフォリオ(見本)でもあるわけだ。
しかもメンバーは何十人もいるわけだから、引き受け可能な仕事のキャパシティはソロで活動するタレントや少人数のグループと比較にならない。AKB48や乃木坂46のHPでスケジュールのページを見ると、毎日膨大な活動が行われていることが分かる。
劇団4ドル50セントが成功すれば、映画やドラマ、劇団外の客演といった俳優としての仕事はもちろん、各種メディアからタレントとしての出演依頼も劇団員には多数舞い込むだろう。
ただ、そこに至るまでの道のりがどのように構築されるのか。コツコツと舞台公演を続けることでそれが可能なのか。どのような形でブレイクスルーを果たそうとしているのか、これはAKBグループのように専用劇場を持つのかどうか、といった話と並んで未知数であると同時に興味深い所でもある。
■演劇で東京ドーム公演は可能か?
AKB48は2012年、設立から7年目にして東京ドーム公演を行った。AKB48の公式ブログは過去に「TOKYO DOME までの軌跡」というサブタイトルが付いていたが、東京ドーム公演は一つの大きな目標とされていた。AKBの公式ライバルとして2011年に結成された乃木坂46も今月には初の東京ドーム公演を行う。
ミュージシャンが武道館や東京ドームを一つの目標とするように、劇団としてどのような目標を掲げるのか。
デビューから数年間、AKB48の評価は今で言う地下アイドルと同程度だったと思われる。紅白出場を果たした後でさえレコードの売り上げは2.3万枚程度、そして半ばクビにされるような形でレコード会社を移籍した。これは「乃木坂46の橋本奈々未さんが両親に家を買った理由」でも書いたが、その頃にミリオンセラーや東京ドーム公演といった目標は鼻で笑われるレベルの妄想だったと思われる。ただ、そんな高すぎる目標がグループを引き上げたこともまた事実だろう。
では武道館や東京ドームで演劇の公演は可能だろうか? 演劇では2000人を超えれば大規模な公演となるが武道館であればキャパシティは13000人程度、東京ドームならばキャパシティは55000人程度となる。おそらくこの規模の舞台公演は国内で行われたことは無い。
■30年前に代々木第一体育館で2万人を動員した伝説の舞台。
自分が知る限り、国内で行われた最大の舞台公演は1986年に代々木第一体育館で行われたステージだ(第二ではなくコンサート等も行われる第一)。1日3ステージで26400人、1ステージあたり8800人という現在でも考えられない規模だ。当時は演劇史上初の快挙として大きな話題になったという。
これは当時絶大な人気を誇った「夢の遊眠社(ゆめのゆうみんしゃ)」、劇作家で演出家の野田秀樹氏が主催していた、という説明が今では必要になった劇団が行った公演だ。ワーグナーの大作オペラ・ニーベルングの指環をモチーフにした3部作の舞台を6時間かけて一日で演じるという、野田秀樹氏だからこそできた公演ともいえる。
乃木坂46はAKBの公式ライバルということで、デビュー時点から「AKB48越え」が目標として示されていた。秋元康氏プロデュースの劇団は今のところ分かりやすい目標はこれと言って示されてはいない。
商業的に大成功している劇団として宝塚歌劇団や劇団四季のように、自前で保有する数千人規模の劇場を毎日埋め続けることもまた快挙・偉業と言えるが、すでにある劇団を目標にすることは予定調和を嫌う秋元氏が選ぶとは思えない。今後示される劇団の道筋はどのような方向性となるのか、これもまた未知数ということになる。
■消えたAKBのライバル達。
もうずいぶん前になるだろうか。音楽番組では次のAKB48を探せ、といった企画で多数のアイドルを目にすることも度々あったが、今ではほとんど見かけなくなってしまった。
当時多数あったアイドルグループはすでに解散したり活動規模の縮小を余儀なくされている。現在生き残っているのはAKB48グループ、そしてAKBがミリオンセラーを連発して他社がどうあがいても追い付くのはもう無理だと諦めた頃になって生まれた公式ライバルの乃木坂46、そして欅坂46だ。言うまでもなく、劇団4ドル50セントとこれらの怪物グループの共通点は秋元康プロデュースである。劇団4ドル50セントが上場したてのベンチャー企業であれば、確実に株価は高値が付くようなバックボーンを持っている。
ただし、AKB48に破れたアイドルたちは大手芸能事務所やテレビ局、大手レコード会社など、大資本の企業がプロデュースしていたグループも多数存在する。したがって秋元康プロデュースで旗揚げ前からちょっと知名度が高いといった程度のことは何ら売れる保証にならず、成功を約束されているとは到底言いがたい。
■次なるブルーオーシャンを求めて。
劇団構想はAKB48の開始時点からあったというが、これは秋元氏が過去の書籍等でも説明しているので間違いないだろう。ただ、劇団を始める秋元氏の脳裏にはまた別の理由もあるのでははないかと思う。
AKBグループで6つ(AKB48、SKE48、NMB48、HKT48、NGT48、STU48)、坂道グループで2つ、すでに8つのアイドルグループがあり、国内のアイドル需要は飽和状態になりつつある。
各地のグループはCD売り上げで見ると横ばい傾向にあり、一時の勢いは無い。これは乃木坂46の躍進する時期と重なっており、カニバリゼーション(自社の商品が他の自社商品の売上を減らしてしまうこと)が発生している可能性もある。
AKB48と乃木坂46は、いずれも現在のCD売り上げは100万枚程度と、ここから何十倍にも増えていくのはさすがに厳しい。これはあらゆる業種でよく見られる現象だ。会社が小規模なうちは売り上げを急激に伸ばしていくが、一定のシェアを取ってしまうと、あとは海外に展開するか、異なる顧客・異なるセグメント(分野)に進出しなければこれまでの成長は維持できない。つまり国内人口である1.2億人の壁だ。
AKB48グループは地域密着型でまだ増える余地はあるようだが、需要は無限では無い※。加えて、商業的に成功している劇団は極めて限られており、それはビジネスのライバルとして容易に攻略可能であることも意味する。劇団という異なるセグメントへの進出も、突飛に見えて秋元氏にとっては理にかなった経営判断とも言える。
※ただし、SKE・NMB・HKTの各地のグループは規模の拡大より地域密着を重視するように方向性が変わった可能性もある。現在これらのグループがレギュラー出演するテレビ番組は自分が調べた限り東京の地上波では放送されていない。
■劇団で新たなイノベーションは起こせるか?
劇団4ドル50セントがストレートプレイ(一般的な演劇)ではなく、歌と踊りも合わせたミュージカルスタイルであることも偶然ではない。国内で商業的に大成功をおさめている劇団が宝塚歌劇団と劇団四季はいずれもミュージカル劇団である。
AKB48のビジネスモデルは乃木坂46、欅坂46でさらに磨きがかかったように見えるが、劇団4ドル50セントは劇団であることから、活動スタイルが大きく異なる。少なくとも演劇版AKBと単純に説明できるようなグループにはならないだろう。
まずはプレ公演の劇評でどのように評価されるかが今後を占うことになる。AKBグループも坂道グループも、歌を含めた様々な面で高く評価されたからこそ人気が出ている。可愛いタレントが歌って踊っていれば簡単に売れる程甘くないことは、AKBや乃木坂の周辺に横たわっているタレント・アイドルの死屍累々を見れば素人でも分かる。
秋元康氏が劇団で見せる新たなビジネスモデルはイノベーションを起こせるか。今後に注目したい。
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中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー