厚生労働省の「障害者芸術文化活動普及支援事業」をご存知だろうか?
障害のある人の美術・音楽・演劇・ダンスなどの芸術文化活動を支援し、自立と社会参加を促すことを目的に、都道府県に設置された障害者芸術文化活動支援センター(以下「支援センター」)、7つの地域ブロックに設置された障害者芸術文化活動広域支援センター(以下「広域センター」)が中間支援の役割を担っている。
つまり障害のある人が芸術文化に触れたり、自ら表現したりできるよう、相談支援を行なったり、発表の場など環境を整えるサポートをしているのだ。2022年度は39都府県に支援センターが立ち上げられ、互いに交流しながら、地域特性を生かし、工夫を施したさまざまな事業が展開されている。この記事では、支援センター・広域センターへの全国的な支援やネットワークづくりを担当する障害者芸術文化活動普及支援事業の連携事務局が、本事業が始まった背景と取り組みを紹介する。
障害のある人が芸術文化を享受し、多様な活動ができるように。「普及支援事業」ができるまで
日本における障害者施策は、1981年の「国際障害者年」をきっかけに大きく推進されていく。1995年に政府の障害者対策推進本部が策定した「障害者プラン」の7つの重点施策のうち、「生活の質(QOL)の向上を目指して」の中で芸術・文化活動が振興するべき課題として位置づけられた。その後、厚生労働省では2001年から全国障害者芸術・文化祭を実施している。近いところでは2022年に沖縄で「美ら島おきなわ文化祭2022」が開催され、2023年に石川県で「いしかわ百万石文化祭2023」が予定されている。
こうした流れを踏まえ、文部科学省・厚生労働省では2008年に障害者の自由な芸術文化活動を推進するため、「障害者アート推進のための懇談会」を共催し、福祉・文化・教育分野の関係者との意見交換による提言をまとめた。2013年には、文化庁・厚生労働省が「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」を設置し、障害者の芸術活動に関する支援についての「中間とりまとめ」を報告。こうした流れを受けて「障害者の芸術活動支援モデル事業」(以下、「モデル事業」)がスタートし、さらには「障害者芸術文化活動普及支援事業」(以下「普及支援事業」)に発展していった。
「芸術活動を行う障害者及びその家族並びに福祉事業所などで障害者の芸術活動の支援を行う者を支援し、その成果を普及することにより障害者の芸術活動の支援を推進すること」を目的としたモデル事業は、2014年度に5つの実施団体で動き出し、2015年度には7、2016年度には10の「障害者芸術活動支援センター」が立ち上げられた。
そして、モデル事業で蓄積された障害のある人の芸術活動への支援ノウハウを、広く全国に普及させていく普及支援事業が、2017年度から始まった。このとき美術分野に加えて、新たに舞台芸術分野も支援対象になり、「障害のある人が芸術文化を享受し、多様な活動を行うことができるよう、芸術文化活動の振興を図るとともに、自立と社会参加を促進する」ことを目指す姿として掲げている。
地域特性×多彩なアイデアで進められる支援センターの取り組み
普及支援事業では、「都道府県」「ブロック」「全国」という3つの活動エリアを設け、それぞれ支援センター、広域センター(7ブロック)、連携事務局(2カ所)の拠点が整備されている。
事業の柱は、芸術⽂化活動に関するさまざまな悩みを伴⾛しながら解決に導く「相談支援」、芸術⽂化に参加する機会を⽣み出す「機会創出」、障害のある⼈の芸術⽂化活動を推進するための「人材育成」、障害のある人の芸術文化活動に関する幅広い「情報収集・発信」となっている。
また「自宅、学校、福祉施設、文化施設、社会教育施設、民間の教室など地域の多様な場で行われる、美術、音楽、演劇、舞踊などの多様な芸術文化活動に対する支援を行うもの」とされ、カバーする範囲がより幅広くなっている。
そして広域センター・支援センターでは、全国各地の福祉施設や事業所、文化施設などで行われてきた障害のある人の芸術文化活動をネットワーク化し、支援の基盤を整備することで、各地で培われてきたノウハウを共有し、支援する人材を育成し、福祉施設や事業所に通所するしないに関わらず、芸術文化活動に興味を持っている誰もが気軽にそれらに触れ、取り組める環境を生み出すことに努めている。
普及支援事業の初期のころの事業報告書を見直すと、「活動をする場所がない」「活動のための予算がない」「どうやって活動をしていいかわからない」「アーティストとの出会いがない」などの現場の悩みが書かれている。しかし、こうした悩みに対して、支援センターの試行錯誤はもちろん、広域センターや多くの実績を持つ先輩支援センターの協力体制もあって、年度を重ねる中で、各地の状況を踏まえ、工夫を凝らした個性的な取り組みが広がるようになってきた。
「芸術文化」と言うと、ある一部の才能のある人がやっているもの、高い完成度が必要というイメージからか取り組みにくいジャンルだったかもしれないが、もっと身近で、自由で、方法もさまざまあることがわかっていく中で、敷居の高さも解消されてきているようだ。
たとえば、舞台分野と比較して先行している美術分野でも、障害のある人の表現をどう受け止めるかの勉強会、展覧会のつくり方・作品保存の仕方・著作権などに関する講座、さらに支援者が実際にアーティストのワークショップを体験するなど、各地で丁寧な人材育成がなされてきた。経験の浅い支援センターには、講座で展覧会のつくり方を学び、広域センターが主催する他県と共同した展覧会などで実地に経験を積んだ後、自県に持ち帰って独自の展覧会を開催したり、地域の福祉施設や事業所に展示のためのノウハウを伝えていくなどの事例もあった。
これらの活動を通して、芸術文化には支援する・されるという関係性を取り払い、時にはフラットになったり、時には逆転したりといった変化を起こす力があることが伝わり、障害のある人に向けた周囲の方々や支援者の視線が変わるなど、気づきにつながったことは大きい。
2020年度より改めて普及支援事業では「芸術文化は、多様な価値を尊重し、他者との相互理解を進めるという機能があり、芸術文化活動は、障害者の自立や社会参加を促進する上で、重要な活動の一つ」と謳われ、より裾野を広げる取り組みの重要性が表されている。
相談支援事業のさらなる充実を
普及支援事業が目指すのは、芸術文化活動を通して障害ある人の生きづらさを解消し、自立や社会参加を促進することだ。またこうした活動は、障害の有無だけでなく、さまざまな背景を持つ人びとの多様性を認め合い、ともに暮らしていくことができるインクルーシブ(すべてを包括する、包みこむ)な共生社会につながっていく。
各地の支援センターでは、そのために地域で障害のある人や福祉施設・事業所がどのような活動をしているのか、どのような悩みごとがあるのか、あるいは障害のある人と芸術文化活動を行うアーティストや文化施設がないか、障害のある人の作品を活用したいと考えている企業がないかなど、多様な情報を収集し、相談支援を行なっている。
もし、興味を抱いた方々がいたら、まずはお住まいの都道府県に設置されている支援センターに問い合わせていただきたい。
今後、障害のある人の芸術文化活動をより広げていくためには、福祉関係だけではなく、これまで以上に地域の劇場、美術館、博物館、図書館などの文化施設等とも、支援センターが強力なタッグを組んで事業に関わる範囲を大きくしていくことも期待されている。そのためには、まずは皆さんに「障害者芸術文化活動普及支援事業」に知っていただくことが重要と言える。
なぜなら、これらが実現した先に、障害のある人の自立や社会参加、共生社会への入口が見えてくるからだ。
文・構成:障害者芸術文化活動普及支援事業 連携事務局
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