福島県双葉郡広野町にあります、高野病院・事務長の高野己保(みお)と申します。当院は、内科療養病棟65床・精神科病棟53床の開設35年、福島県広野町に根をはる病院です。
原子力発電所の近くの医療はどうなっているの?地域住民が避難して、人が住んでいないのだから、患者さんもいないのでは?それなのに病院は必要なの?そう思う方も多いと思います。福島第一原子力発電所から22キロ南、たった1つ残り、それも民間病院であるため、「大丈夫?」と声はかけられても、ほとんどの方の手は差し出されることはない...という状況に置かれている高野病院から、数回に分けて被災地の医療の現状をお伝えしたいと思います。
この2年で、広野町の人口は震災前の約5,400人から2,000人に激減しました。2015年9月に警戒区域が解除された隣の楢葉町は、約8,000人のうち400人しか戻っていません。しかし、広野町には推定3,000人越えの東電、除染、その他の工事関係者が住んでいます。従来のコミュニティが崩壊し、全く別の形となったこの町では、医療においても沢山の問題が起こっています。
まずは救急搬送の増加です。平成25年を基準とすると、救急搬送は昨年がその6倍、今年は11倍です。さらに夜間、休日、時間外の診療受入は2倍、その半数が、復興関係の人達です。高野病院から一番近い入院機能を持つ病院は、原発事故の影響で、南のいわき市に17キロ、北の南相馬市に60キロ行かなければありません。高度な治療が必要な場合は、北は南相馬市立総合病院、南はいわき共立病院、それでも対応できない場合には、さらに3時間近くかけて福島県立医大まで行くしかありません。
いわき市には住民登録をしていない双葉郡からの避難住民が2万4千人、除染作業員が3万4千人おり、震災の年には33万5千人弱だった人口が35万7千人に増加しています。医療機関はスタッフ不足もあり疲弊しており、救急医療もパンク状態です。
いわき市で受け入れられないと言われた救急車が、高野病院まで走ってきます。夜中に救急隊から「他は全部断られて、高野病院さんが最後なんです」と、言われてしまっては、受け入れるしかありません。
インフルエンザで救急車を呼ぶ、朝から腹痛があったのに夜間に受診。などがあまりにも続いた時、院長が患者さんに聞き取りをしました。みなさん「仕事が休めない」、「具合が悪いのを知られたら仕事を失くす」、「昼間は我慢している」とのことでした。中には「会社には言わないで欲しい」とおっしゃる人もいます。夏場では特に脱水症状をぎりぎりまで我慢して救急搬送というのが一番多かったです。
いわき市では、除染作業員が飲み屋で問題を起こすため、外出自粛令がでました。するとみなさん宿舎で飲むことが多くなり、休みの日に朝から飲んだため、夕方に動けなくなり救急搬送などもあります。
先月は酔っ払った患者さんが搬送されてきましたが、付きそいの方も酔っ払いで、担当の女性医師や事務の女性にセクハラまがいの言葉を投げつけ、住所も確認できませんでした。結局その方は治療を拒否して、帰り際に「もう1回飲み直すか~」と言って、救急隊の方にたしなめられていました。
また身元を確認されたくない方などは、何をうかがっても「うるせ~」「ばかやろ~」などと暴言を吐き、スタッフを威圧します。当院の救急対応は、夜勤者がしていますが、通常業務以外で受けるストレスは大きいです。
また夜間に救急で運ばれた方達の、治療後の帰宅手段も問題です。迎えに来ていただける場合は良いのですが、誰もいない方はタクシーでお帰りいただいています。しかし、広野町で唯一稼動しているタクシー会社は夜9時で終了。一番近い、いわき市のタクシー会社も午前2時までなので、点滴治療で時間がかると帰る手段がなくなります。広野町内の方で遅くなった患者さんを、当院の医師が自車で送ったこともありました。
また、最近多いのが死体検案です。2015年は毎月一件以上必ず、朝晩関係なく入ってきました。その半数は残念ながら自殺であるのも被災地ゆえでしょうか。
救急の増加などは、前もって予想ができていたため、暫定的に今だけでも、特例的な病床をお願いできないかと県の地域医療課などに相談に行きました。しかし、この地域は病床過剰地域なので、認められない、どうしてもというなら、現在の高野病院の療養病床を転換するようにと言われました。それならば、今閉鎖している他の病院の病床を借りられないかとお話をしましたが、特例は認められませんでした。
当院は双葉郡で稼働する唯一の病院であるのに、です。いわき市の救急医療も、双葉郡の救急隊も長時間の搬送などで疲弊している中で、当院が少しでもその負担軽減の役に立てるならと思っての提案も、行政には伝わりませんでした。
この地域の医療をなくさないためにも、一刻も早く対策を打たせて欲しいと広野町にお願いをしましたが、双葉郡の町村会は今後の医療計画は、公の医療機関が主となって進めると新聞に発表しました。私たちの病院は私立です。私達はこの地で、救急や死体検案の増加、除染作業員のモラルハザードなどの新たな問題に直面しながらも、どうにか医療を継続しているのです。
(2016年2月10日「MRIC by 医療ガバナンス」より転載)
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