「福岡・大分豪雨11人不明」と大きく見出しが躍る。しかし、記事中に行方不明者の名前はない。
新聞記事は、
「家が流されていると110番通報があり、この家に住む夫婦の安否がわかっていない」、
「パトロールをしていた56~62歳の県職員3人と連絡が取れなくなった」、
「福岡県は、6人が行方不明、5人と連絡がついていないとしている」
などと、可能な範囲で具体的な描写に努めているが、どこの誰のことなのかがさっぱり分からない(※上記は7月6日付朝日新聞より。しかし各社ほぼ同じ) 。
理由は簡単。氏名を公表していないからだ 。以前は行方不明者の氏名を公表していた。ニュース・新聞でも当然のごとく表示していた。外国でも公表は当たり前である。
私たちは、知人の安否を心配し、目を皿にして画面・紙面に食い入った。しかし、今は、具体的な「人」をリアリティをもってイメージしづらくなっている。
行方不明になっている人が誰か分かれば、直ちに居場所が分かるかも知れないし、親しい人からの有益情報も期待できる。
「行方不明者の一覧にオレの名前があったんで驚いて届け出たよ」などという話は以前はよく聞いた。
今は、行方不明者を匿名にした上で、プロに捜索にお任せしているのが現状だ。
ただ、たとえプロとはいえ、その人の顔も日常も知らない消防隊や自衛隊員が、やみくもに捜索するのは必ずしも合理的とは思えない。
その人の平素の行動、直前の状況、特徴や性格というのは、間違いなく有益な手掛かりになる。
阪神・淡路大震災のとき、生き埋めになった人を、近所の人が的確に掘り出して救助できたのは、その人がどこで寝ているかよく知っていたからで、「その人を知っている」というのは重要な救助要件である。
民間人も身近な人の命は救えるのである。
近時、Twitter等による救助要請が活用されているが
(※Twitterでは、たとえば「 電話等が使えずにTwitterで救助要請をする際は、
1.具体的に状況を説明する(例:場所(住所)、氏名、人数、状態、要請内容等)
2.ハッシュタグ #救助 をつける
3.位置情報をつけるとより正確な通報が可能」などと案内されている。)、
それは匿名対応に対するアンチテーゼともいえる。
もし情報や捜索活動の錯綜があるとすれば、それは「氏名が明らかでない」ことが原因で、「氏名を明らかにする」ことで、「氏名」というIDに紐付けて情報の統合が図られるから、安否確認作業の目詰まりも容易にクリアにできる。
誰でも思いつくことだ。なぜ、こんなことになってしまったのだろう。個人情報保護の過剰反応が、大きな一因である。
もう少し突っ込んで言うと、「なぜ勝手に名前を出すのか!」という後のクレームをおそれて萎縮して、自主規制しているのだ。
無論、それは大きな間違いだと言わなければならない。私としては、法制度が招いた過ちである以上、法制度を正しく理解することで解決を図りたいと思う。
個人情報保護法には「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」は個人データをオープンにできるという規定がある(23条1項2号)。
「行方不明」というのは、「災害で生命の危機に瀕していて本人と連絡が付かない状況」をいうのだから、まさにこの条文が指し示すケースそのものである。
個人情報保護法は、「災害で危機に瀕している人の情報はオープンにできる」とはっきり定めているのである。
また、行政は、各地方自治体において個人情報保護条例を設けており、そこには、これと同じような規定がある。
たとえば、福岡県朝倉市の個人情報保護条例では、「個人の生命、身体又は財産の安全を守るため、緊急かつやむを得ないと認められるとき」は収集・利用OKとし、「人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、開示することが必要であると認められる情報」は開示OKとしている。
考えてみれば、当たり前のことばかり。
しかし、災害時にも漫然と匿名主義となり安否確認に支障を来すため、災害対策基本法を改正して、災害時には、避難行動要支援者の名簿を、オープンにできることをしっかりと明示した。
「 市町村長は、災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、避難行動要支援者の生命又は身体を災害から保護するために特に必要があると認めるときは、避難支援等の実施に必要な限度で、避難支援等関係者その他の者に対し、名簿情報を提供することができる。この場合においては、名簿情報を提供することについて本人の同意を得ることを要しない。」(49条の11第3項)
法律は、災害で生命等の危機に瀕しているときには、本人同意など不要で、情報を開示することによって、安否確認の推進や避難支援等を図ることを求めているのである。
「行方不明」とは、まさに生命等の危機に瀕していると判定されている状態である。
名前を公表するのに躊躇は不要だ。少なくとも、生死を分ける目安とされる「被災から72時間」は、迷いを捨て、果敢に氏名を開示し、捜索・安否情報収集に集中するべきだ。
生存が確認されればそれでよし。不幸にして落命していたとすれば、個人情報保護の対象外である。
万一「どうして名前を公表したのか!」というクレームが寄せられたとしても、胸を張ってこう答えればよい。
「氏名より大切なあなたの命を救うためです」と。
今からでも遅くない、九州豪雨の被災地では、行方不明者の氏名を公表して、官・民ともに総がかりで安否を確認すべきだ。