「自己責任論に染まった学生でした。冷たい人間だった」
東大文学部3年の岩崎詩都香さん(20)は、母子家庭で育ち、苦労して、学費が安く、授業料の免除制度がある国立大学に入った。
自身の体験から、お金がなくて大学で学ぶことをあきらめた人の話を聞くと、「努力するのが筋」と思っていた。
それが一転。いま、大学などの学費の値下げや授業料免除枠の拡大、奨学金制度の改善を求める活動を仲間たちと進めている。何が彼女を変えたのか。
「努力するのが筋」
「学費が払えなくて私立大学を中退する子がいるという話を聞くと、『お金がないなら、努力して国立を目指せば良い』って思っていた。奨学金の返済で自己破産した人のニュースを見た時には、『私はそうならないようにきちんと働こう』って」
かつての自分をこう振り返る。
長崎県生まれ。6人きょうだいの末っ子として生まれ育った。8歳の時に父ががんで亡くなった。バブル崩壊の影響で父が背負った借金が残った。専業主婦だった母がパートで家計を支えた。長女は定時制高校に通い、アルバイトをして家計を助けた。
「将来は働いて給料をもらい、苦労しないようにすることが、きょうだいの暗黙のルールだった。みんな国立大学を目指していた」
東大には、経済的な理由で授業料を支払うことが難しく、学業の成績が優秀な学生を対象にした授業料の免除制度がある。岩崎さんは中学時代にこの制度を知り、東大を目指した。塾には行かなかった。
もともと読書が好きだった母は、勉強する岩崎さんを応援してくれた。母は「女の子だから」と親に言われて大学に行けなかったといい、「私も大学に行きたかった」とよく口にした。
東大に合格し、授業料は免除された。月5万1千円の無利子の奨学金を借りることもできた。「母を楽にさせたい」と踏ん張ってきた。
「お金がないなら、努力するのが筋」。そう思っていた岩崎さんの考えが変わったきっかけは、1年ほど前。地元の中学校の友達との何げない会話だった。
「自己責任のプレッシャー」
たまたま岩崎さんの学生生活が話題になったとき。友達が「うらやましいな」「私も行きたかった」とつぶやいた。「行けば良かったのに」。岩崎さんが深く考えずにそう返すと、高校を受験する時点で親から「うちは自営業だから、大学は無理」と言われていたと、打ち明けられた。
「友達は、すぐに働きたくて働いているって思っていたから、早くから大学進学をあきらめていたなんて、と思った。一人一人可能性を持っているのに、やりたいことが追求できない人がいることに気づいた」
「私は末っ子で姉や兄の助けもあり、幸運だったから大学に来られた。大学に行かなかったり中退したりしたという結果だけを見て、どんな大変な経験をしたのか目を向けていなかった」
ただ、振り返ってみると、自分自身もやりたいことを我慢してきた。奨学金とアルバイトで生活費をやりくりするため、交際費はできるだけ削ってきた。入学したばかりの頃、新入生歓迎会に出られず、なかなか友達ができなかった。教科書代を節約するため、シラバスを見て教科書を買わずに受けられる授業を選択した。
奨学金の返済額は、大学卒業時点で250万円にのぼる。大学院に進学したい気持ちはあるものの、返済額が増えることに不安を感じ、ちゅうちょする気持ちもある。
留年も浪人も、選択肢には入れられない。
「1回失敗したら終わり。私自身も、絶対に失敗できないと考え続けた人生だった」
学生にアンケート⇒「少数派じゃなかった」
「何かを変えたい」。先輩に相談し、まずは学生の実態を知ろうと、身の回りの友達に学費や奨学金への考えをインタビューした。すると、困っていることなど何もないように見えていた人の中に、自分と似たような経験をしていた人がいた。
親が学費を出してくれている人の中にも、「自分が大学に行ったせいで、父は体調を崩しながら働いてくれている。母も立ち仕事をしてくれている。申し訳ない」と言う人がいた。
東大でも、授業料の免除を申請する窓口は、毎年列ができる。「東大には年収の高い家庭の子が来るイメージもあるが、そうでない学生の存在が見えなくなっている。それはむしろ苦しいことだと思った」
高等教育の無償化に向けて、こうした学生の「リアル」を可視化しようと、昨年9月、仲間たちと「高等教育無償化プロジェクトFREE」を立ち上げた。
全国各地の現役の大学生や専門学校生らを対象に、学費や奨学金が受験や学生生活、将来の進路選択にどんな影響を与えているかアンケートし、7月中旬までに約7500人から回答が集まった。そのうち約6700人分を集計したところ、以下のことがわかった。
「約6割の学生が大学や学部など進路を選択する際に学費のことを判断基準にした」
「約3割の学生が仕送りや小遣いをもらっていない」
「約4割の学生が将来の進路を考える上で学費や奨学金の返済による影響があった」
学費が進路の選択に影響し、アルバイトに追われている学生生活の実態が浮かんだ。
自由記述欄には、こんな切迫した記述があった。
「私立医学部に受かったものの、学費が払えず、退学。夢を諦めて、国公立の工学部に編入した」
「やりたい活動が思うようにできない。1日3食だった食事が1食もしくは0食のときもある」
「アルバイトと大学の両立で家に帰るのは寝るためのみ。2~3日何も考えずに休む時間がほしい」
もし、いま学費が無償になったら、どうしたいかを尋ると、以下の回答が寄せられた。
「1日の食費を300円から増やす」
「アルバイトを減らして勉強する時間を増やす。ちゃんと寝たい!!!!」
「ギリギリで小手先のテクニックで周りに助けられて単位を取るのではなく、1年では分からなかった授業を留年してもきちんと理解したい」
アンケートを通じて、岩崎さんは自身の経験が決して少数派ではなかったことに気づいた。
「何不自由なく大学に行くことが保障されている人がいる一方で、『自己責任』のプレッシャーを過度に感じて、カツカツの生活をしている人がいるのは、おかしいと思った」
昨年12月と今年6月には、新宿・アルタ前で街頭スピーチをした。すると、同世代から多くの反響があった。
「自分も何かやりたい」「自分も生活が大変だから活動をしてくれてうれしい」というポジティブなものだった。ゆるやかに関わっている学生も含め、現在メンバーは130人ほどに増えた。
「ゆるく、楽しく」
教育費や貧困問題の専門家のアドバイスも受けるようになった。「大学進学前の教育格差についても目を向けるべきだ」との指摘もあり、メンバーで勉強を続けている。
一方で、SNSや、活動を伝えるニュースサイトのコメント欄には、「甘えているだけだ」「大学に行きたいのなら働いてから行けば良い」という批判も数多く寄せられた。
「私たちの活動に少しでも反応があれば、みんなで喜んでいます。批判的な声があれば、みんなで受け止めて、自分たちに非があれば直すし、非が無ければ自信を持ってやろうと確認する」
「がつがつやり過ぎず、ちょっとでも前進すれば良いかなと思います。ゆるく、楽しくというのは、かなり意識している」
参院選に向けては、候補者へアンケートを実施した。高等教育の学費値下げを政策として掲げ、「授業料減免枠の拡充」、「奨学金制度の改善」、「授業料減免措置の維持」、「学費値上げストップ」のいずれか二つを政策に掲げる候補者をFREEとして認定し、ツイッターで公表する「FREEマークプロジェクト」も進めている。7月15日までに139人の候補者から回答があり、92人を認定した。
将来は高校の国語教員を目指し、日本文学を学んでいる。高校までと異なり、自分で問いを立てて理解を深められることが楽しいという。
「自分と同じように、日本文学を学びたいと思って大学に入ってきた人たちと、学問を突き詰められることが楽しい。私は大学に来て良かった、と心から思う。大学に行きたい、と思った人が、いつでも教育にアクセスできるようにしたい」