原発大国フランスでがんばる反原発活動家

フランスは米国や中国に比べてさして広くない国土に58基の原発を抱える。電力の75%を原発で供給するという「原発の国」だ。

フランスは米国や中国に比べてさして広くない国土に58基の原発を抱える。電力の75%を原発で供給するという「原発の国」だ。今年3月、そのフランスを2年半ぶりに訪問した。

パリから北東へ150キロ、サンカンタンの町ではフクシマ写真展のオープニングが開かれていた。ちょうど原発震災4周年を記念して、事故直後から毎年フクシマに通うフランス人カメラマン、ティボ・デルミー氏の作品が並ぶ。人口わずか6万人の小さな田舎町の展覧会場に、100人ばかりの地元名士が集まり、ティボ氏の講演に熱心に耳を傾ける。冒頭には市長のあいさつもあった。元大臣で保守党に属するこの市長、党としては原発推進派のはずが、こういう展覧会にも協力姿勢を見せる。

「毎朝この公園の周りを走るのが日課でね」とジョギング姿で公園脇の待ち合わせ場所に現れたのは、もと仏国立鉱山学校研究員のイブ・ルノワール氏(70)。鉱山学校といえば、フランスの原発ロビーを構成する推進派の根城で、日本でいえば東京大学工学部原子力工学科のようなところ。そこで研究員として働きながら、チェルノブイリ事故の影響を受けた子どもたちを支援するNGO「ベラルーシの子どもたち」を立ち上げ、研究員を定年退職した今も精力的に支援活動を続けている。

「鉱山学校内でハラスメントとか、受けませんでしたか」

京都大学原子力研究所で原発に反対し、助教のまま定年を迎えた小出裕章さんのことが脳裏に浮かび、思わず尋ねてみた。

「大丈夫でしたよ、特に昇進に差がついたとは思いませんね。ただし反原発の講演をするときは、鉱山学校所属という名義は使わないように気をつけました」

さすが、「私はシャルリー」の国、言論の自由は確保されているようだ。

「原発を推進する連中は、みんな大ウソつきだ!」と大声で叫ぶのは、ベトナム人のグエン・カック・ニャン氏。込み合ったパリのカフェのなか、周囲の視線が気になる。何とか会話をベトナム語に転換しようと筆者は焦るのだが、1950年代にベトナムからフランスに留学、フランス人と結婚して永住しているニャン氏、どうもベトナム語よりフランス語のほうが通じやすい。しかも耳が遠いのでついつい大声になる。

単なる素人の反原発派ではない。電気工学エンジニアで、1957年から1964年にかけては南ベトナム電力公社に勤務、日本が戦争の賠償で建てたダニム・ダム建設にもかかわっていた。フランスに戻ってからは、グルノーブル大学教授としてフランス人原発エンジニアを養成する傍ら、30年近く仏電力公社の顧問も務めた原子力村の住民だ。2003年にベトナム初の原発建設計画のことを知り、疑問を持った。フランスから世界へ反対意見の発信を続けている、自称「もっとも原発に精通し、もっとも過激に反対しているベトナム人」だ。

「ベトナム首相は原発着工を2020年まで延期するというような発言をしています。結局ベトナムに原発はできるでしょうか」

核心に迫る問いを投げてみた。するとニャン氏、「必ず原発計画は止まります。世界で原発が始まって50年、これまでに5基がメルトダウンしました。スリーマイル島で1つ、チェルノブイリで1つ、フクシマで3つです。すなわち10年に1基の割です。今後10年のうちに、残念ながらまた1基で事故が起こります、それがフランスだか中国だか日本だか、はたまた別の国はわかりません。そしたら今度こそベトナムの計画はストップするでしょう。私は計画が止まるのを見届けてから死ぬつもりです」

ベトナムとフランスの狭間で、原発を知り尽くした長老の言葉の重みに、筆者は声を失ったのだった。

(2015年5月1日「AJWフォーラム」より転載)

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