聴覚障がいがあり、耳が聞こえない人は常に「音のない世界」で生きている。
しかし、健常者である私たちは、それを想像することが難しい。
テレビやラジオを視聴する、病院の待合室で名前を呼ばれる、電話で会話をする。――これらのすべては、耳で情報を得ることで成り立っている。ある日、突然、耳が聞こえなくなったら?
聴覚障がいのある方は電話ができない。それを覆す、画期的なサービスが登場した。それがNTTドコモの『みえる電話』だ。正式リリースにあたって、3月1日(金)からの3日間、六本木ヒルズにて『33(みみ)展 by For ONEs』が開催された。同イベントの様子をレポートする。
「聞こえない」ことについて知る
訪れたのは、六本木ヒルズにある「大屋根プラザ」。屋外にある開放的な会場だ。
この会場には、3つのブースが用意されていた。そのひとつが「耳年齢チェック~あなたの耳は、何歳の耳?~」だ。
そこには8種類のオブジェが並ぶ。10~80歳までの数字が割り振られたスピーカーが設置されており、それぞれの年代以下の“耳年齢”の人にしか聞こえない音が流れているという。
さっそく試してみると、耳元で定期的に「ピーッ」という機械音が鳴る。音が聞こえるか聞こえないかが、耳年齢の境目だ。
80代、70代と順番に試していく。ピーッ、ピーッ。良かった、問題ない。そもそも、筆者はまだ30代。さすがに聴こえない音はないのではないか。そう思った矢先のことだった。
20代のスピーカーの横に立った瞬間、まったく何も聞こえなくなってしまった。同行してくれた20代のスタッフの耳には、ちゃんと機械音が聞こえているようだった。つまり、筆者の耳年齢は30代だということだ。
普段、自分の“耳年齢”を意識したことがあるだろうか。そんなことを考えたことすらない人がほとんどだろう。筆者も、高齢者になれば耳が遠くなる、くらいの認識だった。20代と30代でもその差は顕著であるという事実に、驚きが隠せなかった。
次に向かったのは、「『聞こえづらい』を聞いてみよう上映会」のブース。こちらでは、映像を通して、聴覚障がいのある方と健聴者の感じている世界の違いが理解できるようになっている。
たとえば、電車内でのアナウンス。車両トラブルが起きた際、健聴者はそれをアナウンスによって知ることができる。電車が急に停まってしまい、降りるように促されれば、何の疑問もなくそれに従える。しかし、聴覚障がいのある方は、そんな状況を理解することができない。急に停車してしまった電車。急いで降りていく人々。それを目の当たりにしたときに生じる不安。音によって情報を得られないということが、こんなにも不便で不安を煽ることなのか。
健聴者にとって、音のない世界は想像しづらいもの。それが擬似的に体感できるブースだった。
耳が聞こえなくても電話で会話できる『みえる電話』
そして最後が、『みえる電話』の体験ブースだ。
『みえる電話』は通話相手の音声をリアルタイムで“文字”に変換し、着信元のスマートフォンの画面上に表示してくれるサービス。聴覚障がい者や高齢者など、「音が聞こえない」「音を聞き取りづらい」人たちをサポートすべく誕生した。また、発話が難しい場合は話したい内容を入力すれば、自動音声に変換され相手に届くため、一方通行ではないコミュニケーションも可能となる。
さっそく、編集者と二手にわかれ、発信側と着信側を体験してみることに。
これならば、聴覚障がいのある方と健聴者間での電話によるコミュニケーションがスムーズだと感じた。
この『みえる電話』は、“さまざまな個性に寄り添い、人々が自分らしさを発揮できる社会の実現をめざす”というコンセプトの元に立ち上げられた、NTTドコモの「For ONEs」の取り組みのひとつ。まさに新しい時代をけん引していくサービスになるだろう。
電話ができないことを理由に、何かを「諦める」ことをなくしたい
この『みえる電話』開発の立役者となった、NTTドコモの青木典子さんに話を聞いた。実は、青木さん自身も聴覚に障がいがある。生まれつき聴力が弱く、年齢とともに電話を使うことが困難なレベルになっていったという。
そんな青木さんの青春を彩っていたのが、携帯電話のメール機能だ。
「小学3年生くらいから、友人と電話で話すことができなくなってしまったんです。子どもの頃って、他愛のないおしゃべりが何よりも楽しいじゃないですか。だから、それができないことが寂しくて。でも、高校生になって、携帯電話の普及とともにメールが使えるようになり、生活が変わったのを覚えています」(青木さん、以下同)
コミュニケーションの大切さを実感した青木さんは、NTTドコモへ入社。「いつかは障がいのある方のためのサービスを創りたい」という想いを胸に、日々の業務に打ち込んでいたところ、念願が叶い、現在の部署に配属された。そして、スタートさせたのが『みえる電話』プロジェクトだった。
「開発が始まったのは2015年。携帯電話を通じて音声を翻訳する“はなして翻訳”というサービスがあったので、それをベースに開発することを思いついたんです。2016年10月にはトライアルサービスとしてスタートし、聴覚障がいのあるモニターさまに試していただき、何度も改良を重ねました」
約3年の月日を重ね、ようやくリリースされた『みえる電話』。青木さんは「感慨深い気持ちです」と目を細める。
「私が携帯電話のメール機能に救われたこと、その恩返しがやっとできたように思います。電話ができないことで、たとえば『恋人と電話ができない』とか、『電話を使う仕事には就けない』とか、何かを諦めることがなくなってほしいと思っています。それに、トラブルや緊急時など、電話でなければいけない場面もあります。だから、聴覚障がいのある方も電話を使う必要があるのです」
「コミュニケーションは人を変えます。健聴者の方たちにもみえる電話を広く知ってもらい、健聴者と聴覚障がいのある方がお互いに歩み寄るコミュニケーションが当たり前になってほしい。そうすることで、世の中全体がより素晴らしいものになると思います」
自身の体験から、世界を変える可能性を秘めたサービスを育てた青木さん。ハレの日に相応しい、満面の笑顔が印象的だった。
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個人的な話になるが、筆者の両親は聴覚に障がいがある。母親は先天性の、父親は後天性の聴覚障がい者で、ともに音のない世界に生きている人たちだ。
両親は遠方に住んでいるため、普段は携帯電話のメールを使ったり、時代錯誤だと思われるかもしれないが、ときには手紙を送ったりすることもある。どうしてもタイムラグがあるため、急いで伝えたいことがすぐに共有できないことが悩みだった。しかし、できないことが当たり前でもあった。
そんな諦念を打ち砕いてくれたのが、『みえる電話』だ。これさえあれば、どこにいたって、両親とリアルタイムなコミュニケーションが図れる。良いことも悪いことも、喜びも哀しみもすぐに共有できる。今まで無理だと思っていたことが、これからの「当たり前」になるのだ。
“世界は、ひとりが集まって、できている。そんな一人ひとりが、個性を活かし、自分らしく生きることができたら、社会はさらに豊かで活力のあるものになるのではないでしょうか”
NTTドコモ「For ONEs」の理念に沿って送り出された『みえる電話』。このサービスは、きっと、障がいを理由に自分らしさを発揮できずにいる“ひとり”を減らしてくれるに違いない。
(取材・文:五十嵐大 写真:東郷大地 編集:川崎絵美)
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