2016年末、トゥオマス・ムラヤさんの人生に予期せぬ変化が訪れた。フィンランド政府から月々560ユーロ(約640ドル・約7万円)を2年間無条件で提供するという手紙が来た。
「宝くじに当たったような気持ちでしたよ」とムラヤさんは話した。彼は17万5000人(25歳から58歳)いる失業者の1人だが、フィンランドが実験した世界一有名なユニバーサル・ベーシックインカムの参加者2000人に選ばれた。
2013年にジャーナリストの職を失ってからムラヤさんは定職を見つけられずにいた。毎月2270ドル(約25万円)の家賃をなんとかかき集めるために、散発的で支払いも遅いフリーランスの仕事でしのいでいた。政府のベーシックインカムのおかげで自由が得られた。仕事を見つけた後でも手当は引き続き受けられ、フィンランドの複雑な福祉システムの閉鎖的な官僚主義と格闘せずに済んだ。
「自由になると創造性が高まり、創造性が高まると生産性も高まるので社会全体の役に立つ」とムラヤさんは話した。彼はこの実験の経験を元に本を執筆した。
フィンランドのユニバーサル・ベーシックインカムの実験は予算2270万ドル(約25億円)で、フィンランド政府の社会保障局(Kela)が計画・運営を担当している。この実験は政府が仕事のあり方の変化への対応と、失業率8%の現状を踏まえて労働市場へ人々を復帰させる方法を評価するためのものだ。
実験は12月に終了した。最終結果は2020年まで公表されないが暫定結果が2月始めに発表された。
雇用に関しては実験の初年度2017年度のフィンランドの所得記録に大きな効果は見られなかった。
本当の効果は健康と幸福面でみられた。2000人の参加者が5000人の対照群と共に調査を受けた。対照群と比較すると参加者は「健康、ストレス、気分と集中力に関する問題が明らかに少ない」と社会福祉局の研究員ミンナ・ウリカンノ氏は話した。また参加者の方が自分の将来への信頼と将来を変えられる自信度が高かった。
「継続的なストレス、長期的な経済的ストレスは耐え難いものだ。毎月収入を与えると、彼らはどれだけ入ってくるか分かる」とウリカンノ氏は話した。「毎月560ユーロ(約7万円)だけでも安心感が得られる。将来に対する安心感こそ幸福の基盤だ」
フィンランドの実験が国際的に注目を集める中、計画の科学的リーダーでありトゥルク大学のオッリ・カンガス教授は実験を暫定的な雇用の結果によって判断しないよう望んでいる。「全体的な真実はもっとずっと複雑だ。より多くの調査や研究を重ねないとわからない」と述べた。
ユニバーサル・ベーシックインカムというアイデアは何世紀も前から存在し世界各地で試されている。様々な意味合いを持つようになったが、最も純粋な定義では、富や収入、雇用状態に関わらず最低限の収入が無条件で全ての人々に与えられる。
この政策には政治の両極に支持者がいる。左派は貧困問題対策、格差を是正して職のオートメーション化の脅威に対応できると主張する。右派の支持者は福祉支出の複雑なシステムを単純化でき、政府の縮小化を実現できると言う。
マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクのようなテクノロジー分野の億万長者は、自分たちの極端な富への怒りが高まる中この考えに支持を表明した。アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員(民主党 ニューヨーク)も関心を示し、グリーン・ニューディール(気候変動に対応し格差を減らすための一連の政策)の一環としてユニバーサル・インカムを提案している。
しかし、議論もある。まず、コストの問題だ。 ユニバーサル・ベーシックインカムに関する本も書いているジャーナリストのアニー・ローリーさんの試算では、月額1000ドル(約11万円)を支払うには年間3兆9000億ドル(約99億円)かかる。他の反対派はユニバーサル・ベーシックインカムは仕事への意欲を削ぎ、怠け者を奨励する高価な補助金と見る。
このような「怠け者」の貧困層という言い方は、フィンランドの計画に参加した31才のタニヤ・カウハネンさんには通用しない。
現時点で雇用の改善は見られないが、彼女はユニバーサル・ベーシックインカムは苦しんでいる人々の助けになると考える。「考えてみてください。ともかく早く仕事を見つけるために、給料が低くても飛びついてしまうものです」
カウハネンさんはこの収入と複数の福祉援助を申請する必要がなくなったために浮いた時間を使ってテレマーケティングの仕事を始めた。給料は低いがベーシックインカムのおかげで生活の質が大きく変わった。彼女はとうとう財政を整理できた。今までは一番安いパンとミルクとチーズを探してスーパーを回っていた。「レストランに行ってまともな食事ができて、この後はしばらくインスタントラーメンで我慢しなくちゃと思わずに済んだのです」と彼女は言った。
計画の終了は参加者全てにとってショックだったと彼女は言った。「正直言って本当に大変です。だって突然600ユーロ(約7万円)も収入が減ったらあなたならどうしますか」
彼女は今も仕事を続けているがすでに負債を抱えており、より給料の高い仕事を必死に探している。
フィンランドの計画の終了は実験が拡大し延長されると望んでいた人々にとっても衝撃だった。政治家は「フィンランドの社会政策の専門家たちが何十年も研究をつづけてきた実験をする絶好の機会を無駄にした」とシンクタンクのパレコン・フィンランドの所長アンッティ・ヤウヒアイネンさんは言った。
政府は本当は実験を応援していなかったと彼は話した。なぜならそれは「現在の補助金を減らしながら失業者への監視と管理を加えた」からだ。
フィンランド政府は現在「アクティベーション・モデル」を導入し、満額受け取るためには失業者への最低限の訓練の完了または仕事を義務付けている。
フィンランドのユニバーサル・ベーシックインカム中止の発表の前に、カナダのオンタリオ州での実験も中止になった。
2017年4月に開始された実験には4000人の低所得の人々が参加し、個人で年間1万3000ドル(約143万円)、カップルで年間最高1万8000ドル(約199万円)支給された。1ドルの収入ごとに50セントの減額が適用された。
このプログラムは2018年、右派の政治家ダグ・フォード氏の当選とともに中止となった。政府は「オンタリオ州納税者にかかる多大なコスト」に言及した。全ての支払いが3月までに終了する。
しかし、まだ継続中の実験も存在する。例えばケニアでは慈善団体ギブダイレクトリーが2016年以来国中の村で2万1000人以上に無条件で現金を渡している。初期の結果では参加者の生活状態が大幅に改善している。
今後も予定がある。アメリカではカリフォルニア州ストックトンで実験開始予定で、100世帯の低所得層の家族に月々500ドルが支払われる予定だ。オークランドではスタートアップ企業への投資会社Yコンビネーターが今年アメリカの2つの州で1000人に月々1000ドルを3年間無条件で支給する実験を開始した。
政策としてはベーシックインカムは確実にまだ消え去っていない。「ユニバーサル・ベーシックインカムが機能的かどうかはもちろんこのような実験の結果と政治状況による」とピープルズ・ポリシー・プロジェクトのマット・ブライナ氏は言った。
「アメリカにはすでに40年以上続くベーシックインカムのプログラムがある。アラスカ・パーマネント・ファンドだ。実はそれほど仮説的な話でもない」。アラスカ州は住民に毎年1000ドルから3000ドルの小切手を無条件に渡している。
フィンランドはあと2カ月で選挙なので、ユニバーサル・ベーシックインカムが再び議題になることを望む人々もいる。カウハネンさんもその一人だ。
「ベーシックインカムは素晴らしい経験です。フィンランド人全てに経験して欲しいと思います」と彼女は言った。「コストが高いのはわかりますが、必要だと思います。フィンランドでは今貧しい人々が切り捨てられているからです」
ハフポストUS版の記事を翻訳、編集しました。