わたしが参加しているフィンランド外務省主催の「若手ジャーナリストプログラム」には、世界16か国の20代の記者たちが集まっている。
講義や見学で積極的に手を挙げて何でも質問し、自分の国と何が違うのか理解しようとする姿勢。この国のどんなことも吸収して、母国の読者や視聴者に伝えたいという熱意。同世代の記者の姿は、本当に刺激になる。
その中でも、特段目を引く記者がいる。
ジョージ・マリンガ23歳。ケニア唯一の24時間テレビ局「KTN」(Kenya Television Network)の新人ニュースリポーターだ。
そのたたずまいからして、一度見たら忘れられない。
赤や緑、水色のアフリカ柄のシャツ、パンツ、ジャケット。靴も服にあわせてコーディネイト。時々風よけにはおるマサイ族の赤い布も、アクセントになる。原色の柄物に身を包んだ彼とフィンランドの街を歩くと、人が振り向く。
単刀直入に聞いた。
「そのスタイルって、ケニアではどうなの?」
「普通だよ。アフリカ柄の服はみんな着ている」とマリンガ。「それに、ユニークでおしゃれな格好が大好きなんだ、僕は」
マリンガのコーディネイトは、母親が手掛けている。好きな柄に出会ったらチャットで写真を送ると、ナイロビで買い付けた生地で服を作ってくれるという。いま、ワードローブには母手製のスーツ上下が20セット。「お母さんは特別な存在だよ。僕がどんなデザインや柄が欲しいか、よく知ってる」
母親は、幼い時からサプライズで服をくれたという。「僕をおしゃれにさせるのは、お母さん以外にできないよ」とまで言う。
グッと来てしまった。きっと小さい時からお母さんが大好きだったんだろう。大人になっても、こんなに素直に母親への愛情を伝えられるなんて。
フィンランドが、最初の外国旅行というマリンガ。ケニア中央部のサガナという小さな町で育った。3人きょうだいの真ん中。3つ上の兄マイケルがいて、妹ルーシーは2歳の時、肺炎で死んだ。父親は軍人だったが、いまは引退している。母親はデザイナーで、ウエディングドレスからカーテンまでなんでも作る。かつては店も持っていたが、妹が亡くなってからは家で仕事をしているという。
マリンガは、ムードメーカーでもある。
毎朝、朝食を食べるカフェテリアで会ったメンバーに会ったときはハグの挨拶を欠かさない。
特徴的といえば、よく通る声もそうだ。聞くと、この声が、リポーターへの道に導いてくれたという。
キリスト教系の私立高校に通っていたマリンガはあるとき、神父の送別会で、ニュースを読み上げてほしいと教師から頼まれた。
新しい神父が来るという知らせをニュース原稿にまとめ、300人ほどの教師や生徒を前に親友と読み上げた。その時、友達に「いい声してるよ」と褒められた。このとき、「ニュースを読むことが、自分の仕事になるかもしれないと思った」のが、報道を志すきっかけだった。
送別会からほどなく、マリンガは新聞部に入り、校内誌や週刊新聞に記事を載せるようになった。大学でマスメディアを専攻し、NGOでのインターンなどを経て、2017年夏から、KTNのプロダクションアシスタントでインターンとして働き始めた。キャスターが読むニュース記事を映し出す画面の管理が、最初の仕事だった。
KTNで働き始めて数日後の深夜、ベテランニュースアンカー、イボンヌ・オクワラさんにスタジオで出会う。思い切ってあいさつすると「いい声ね。録音音声をくれたら、助言してあげる」と言ってくれた。
オクワラさんから褒められたと会社の人事担当に伝えると、リポーターのインターンの面接も受けるよう勧められた。いきなりリポーターになれるチャンス。とび跳ねたいくらい嬉しかったけれど、「悪くないね」と冷静さを装った。
7か月ほどリポーターのインターンをした後、契約社員として採用が決まった。2018年2月、ナイロビから約300キロ離れたメルーという都市に転勤、本格的に取材活動を始めた。
ちょうどその月の半ば、隣国エチオピアでハイレマリアム首相が辞任を表明したことで混乱が起き、国家非常事態宣言が出された。その影響で、エチオピアからの難民が、ケニアとの国境にまたがるモヤレという町に押し寄せた。地域を統括する自治体政府からテレビ局に連絡が来て、マリンガは取材に走った。
多くの難民で混乱するモヤレの現状をマリンガがKTNで報じた直後、国連や赤十字から救援物資が現地に届いた。子供を抱えた難民の母親から「この現状を報じてくれてありがとう」と声をかけられた。自分が報じたニュースが、誰かの人生にインパクトを与えていると実感したという。
マリンガは、報道は旅のようなものだ、と言う。
「大きな出来事が起きて、最初は何のことか分からないけれど、だんだん事態を理解するうち、報じるべきことが見えてくる。報道するために場所を移動し、人と出会うという意味でも『旅』だけど、視聴者と一緒に、あるテーマを探求する『旅』でもあるんだ」
最前線に立っているマリンガが、うらやましかった。現場で五感を使って情報を伝えているマリンガのほうが、ネットでの出来事を主に伝えている自分よりも、もっとリアリティを伝えていると思ったからだ。
そしてわたしがいま、フィンランドにいる意味を改めて考えた。
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2018年8月、フィンランド外務省が主催する「若手ジャーナリストプログラム」に選ばれ、16カ国から集まった若い記者たちと約3週間、この国を知るプログラムに参加します。
2018年、世界一「幸せ」な国として選ばれたこの場所で、人々はどんな景色を見ているのか。出会った人々、思わず驚いてしまった習慣、ふっと笑えるようなエピソードなどをブログや記事で、紹介します。
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