人権弁護士が訴えるファストファッション生産現場の過酷な現実

一見華やかにみえるファッションの陰で、何が起きているのか。

今やファッションといえばファストファッションというほど世界中でファストファッションが浸透しています。

しかしながら前回の記事「「血塗られた服」は着て欲しくない 映画『ザ・トゥルー・コスト』が伝える現実とは?」で書いたように、私達が安い服を手に入れられる反面、生産現場では命が奪われるほど、衣服労働者たちは追い詰められている現実が明らかになりました。

今回は、問題に詳しいヒューマンライツ・ナウ事務局長の伊藤和子弁護士にお話しを伺いました。

Q. ヒューマンライツ・ナウさんでは現在劇場公開中の映画『ザ・トゥルー・コスト』を2度ほど試写会を開催していただきました。

この映画ではバングラデシュ、カンボジア、インドで過酷な労働環境で働いている縫製労働者が紹介されます。

伊藤さんご自身この映画をご覧になり、どのようにお感じになられましたか?

映画『ザ・トゥルー・コスト』は、ファストファッションの裏側で展開される世界の過酷な現実をこれでもかというほど凝縮して見せてくれて、圧倒されました。

私自身が足を運んで調査をしてきた人権侵害の現場とかさなる現場が多かったのですが、ダイジェストで鮮やかに多くの方に見せていただき、素晴らしい作品に仕上がったと思います。改めて、問題がいかに深刻かということを痛感しましたし、このままではいけないという思いに駆られる映画でした。

Q. 試写会参加者の反応はいかがでしたか?

大変好評でしたし、みなさん、大きな衝撃を受けていたと思います。

この映画が描かれる背景にもともと興味をもって足を運んでくださった方々が多かったと思いますが、想像した以上の深刻な内容だったからでしょう。被害者の方々の顔が見えるということは、人間としてこんな仕打ちは許せないという気持ちを強く呼び起こしたのではないかと思います。

映画では、私たち先進国に住む人間も広告によってマインドコントロールされていく様子を描いている部分がありました。私たちも知らず知らずに罠にはまり込んでいるということについて考え込んでしまったという声も寄せられました。

Q. 映画で描かれているように、多くのファストファッション企業は直接工場を設立運営せず、下請け業者に任せ、何か事故が起きたら責任逃れをしているのが現実なのでしょうか?

そのとおりです。多くのファストファッションは、直接工場を経営しないで下請けに任せ、工場での労働者の保護や安全を配慮する義務を免れ、立場の弱い地元の工場に厳しい納期と低価格を押し付け、安い服を消費者に提供して巨大な利益をあげてきました。低価格と厳しい納期のしわよせを受けるのは末端で働く労働者たちです。

ラナ・プラザの事故を受けて、欧米諸国の消費者たちは、世界が途上国の工場で何が起きているかに注目するようになりました。消費者の意識が厳しくなってきたので、企業も委託先工場での労働環境をよくするために対応を迫られるようになってきました。しかし、日本ではまだまだ「下請けの労働問題は下請けの問題」と言って何の責任も感じない企業が多いように思います。

Q. ラナ・プラザ後、犠牲者家族への賠償がどのようになっているかご存知なら教えてください。

ラナ・プラザ・ビル事件が起きて、事件は「自分たちの責任ではない」として、犠牲となった労働者たちへの賠償を全く行おうとしない企業もたくさんありました。NGOはそうした企業を名指しで非難、消費者の間では不買運動も起きました。

ILO(国際労働機関)などが呼び掛けて、ブランドなどから補償を募った結果、2015年6月に目標額であった3000万ドルが達成された、という報道発表がありました。しかし、賠償の対象となる人たちは2800人以上、一人当たりの補償額は1万ドル程度という計算になりました。日本円にすると一人当たり100万円プラスアルファくらいの金額です。

人一人が亡くなった、その補償として果たして妥当な金額でしょうか。国際的に設定した目標を達成したとはいえ、私はとても複雑な気持ちになりました。

国によって確かにGDPは違う、でも命に対する補償にも格差が認められることには強い違和感があります。

Q. ヒューマンライツ・ナウさんはユニクロへ下請・委託託工場の労働環境改善に関する質問・要請書を出されていますが、中国の下請け工場で人体に有害とみられる化学薬品が使用されていることや、生活賃金に見合った賃金の支払いがなされていないと主張していますが、生活賃金とはなんでしょうか?

どのような化学薬品が使われているのでしょうか?

ユニクロ(ファーストリテイリング社)のこれまでにどのような対応があったのでしょうか?

生活賃金とは、生活をするに足りるだけの賃金を保障することを意味します。海外の工場に生産を委託するブランドをみると、工場で労働者に支給される賃金はその国の最低賃金そのままという国が多い。

しかし最低賃金の支給ではとても生きていくことができない、そうなると、労働者は違法であっても長時間残業をして、生きていけるだけのお金を稼ごうとするようになります。それが過酷労働につながっていくのです。私たちが調査を実施した下請け工場でも、最低賃金しか支払われていなかったのですが、それでは到底生活していくことができず、多くの労働者は100時間以上も残業をしました。

工場では、人体に有害な化学物質が使われていることが、その物質の説明書きから明らかになっています。しかし化学物質の管理がずさんで、異様な臭気が工場内に立ち込めていて明らかに健康に悪い環境だというのに、工場側では有効な対策をとっていませんでした。

私たちは、いかなる化学物質が使われたのか情報開示して、それに効果のある健康対策をすべきだと勧告していますが、いまだにファーストリテイリングは、どんな化学物質が使われたのか、公表しようとしません。

ファーストリテイリング社は、私たちが調査した工場の過酷な労働環境の改善や、監査体制の強化などの施策を進めているとしています。しかし、十分な情報公開がなされておらず、過酷な長時間労働を是正する対策はまだ十分とは言えません。

Q. H&M、Zara、ユニクロ、GAP等メジャーなファストファッション企業でそれぞれ人権保護の観点からどのような違いがありますか?

H&M、Zara、GAPなどの企業は、委託先工場での労働者に対する生活賃金の保障のための取り組みを進めています。またH&Mやアディダス、ナイキ等の企業は、サプライヤー・リストを公表し、世界のどこでどんな工場に生産を委託しているのかを明らかにし、透明性を確保しようとしています。さらに、H&Mは、オーガニックコットンを使用することで、原材料調達においても人権や環境に配慮しています。

どのブランドもパーフェクトではありませんし、問題も発生しています。しかし問題が発生するリスクと正面から向き合って情報を公開し、改善を続けようとする姿勢に転換しつつあります。こうしたことを考えると、まだまだユニクロなど日本のブランドの人権・労働環境への配慮は十分とは言えないでしょう。

Q.ファストファッション業界の労働環境改善についてのトレンドを教えてください。例えばラナ・プラザ後、業界全体に変化はありましたか?

ラナ・プラザ事件はやはり衝撃的でした。

犠牲となった労働者たちがつくっていたのが世界的に著名なブランドだということが次第に明らかになり、アジアの過酷な労働現場と私たちが日常的に買っている服がつながっていることが明らかになったからです。

過酷な労働環境で自社ブランドを生産させていたような企業は、欧米では不買運動の対象となるようになりました。今では、人権に配慮した企業であること、サプライチェーンで発生した人権侵害や劣悪な労働環境に対して、きちんと対処することが企業の責任として自覚されるようになりつつあります。

確かに欧米では人権への配慮はトレンドになりつつあります。しかし、そのトレンドはまだ日本には上陸していません。私たちがもっともっと関心を持ち、話題にしていく必要があります。

そして、こうしたサプライチェーン上の取り組みは、一過性のPRに使われるような上滑りのトレンドであってはならないと思います。本当に、ごまかしのない誠実な取り組みが求められているし、途上国の犠牲の上に成り立っている利益構造も含めてきちんと見直さないといけないと思います。

Q. 最後に何か読者にメッセージがあればお願いします。

消費者一人ひとりの行動、商品の選択によって世界は変わります。途方もなく複雑な問題であるように見えても、ひとつひとつの現実を直視して、私たちが解決のための行動を起こせば、世界を変えることができると私は信じています。一見華やかにみえるファッションの陰で、何が起きているのか、ぜひこの映画を見て、さらに真実を知り、周りの人と分かち合っていただきたいと思います。

多くの人が関心をもっていただくこと、私たちひとりひとりが海の向こうで起きている、私たちにかかわる人権問題にセンシティブになっていくことがこの問題を解く鍵だと思います。

-ありがとうございました。

伊藤和子さんによる映画『ザ・トゥルー・コスト』の感想

これでもかって感じで世界の現実をぎゅうぎゅう詰め込んでてさすがに圧倒された。監督による世界の旅は、この間の私の旅とも重なる。アメリカ、バングラ、インド、カンボジア、欧州。多くの心の痛む事態は私も見てきたことだけれど、ダイジェストされるとすごい迫力。

なかでもインドのコットン農園と革製品工場周辺の公害による健康被害の深刻さは私自身は直接見ていないもの、ひどさにがくぜんとした。そう。インドでは、つい最近5年かけて子ども達を搾取して命も奪っていた危険な炭鉱を閉鎖させたばかりだけれど、いつもほかの州のコットンや紅茶農園などから、「死んでいる」「殺されている」とメールが届く。問題が大きすぎる。

でもがんばろうと気持ちを新たにした。世界中で苦しみ、声を上げ始めた勇敢な人たちと一緒に。

伊藤和子 (いとう かずこ)

弁護士 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長

1994年弁護士登録。ニューヨーク大学ロースクール客員研究員、米国の人権NGO勤務を経て2006年、ヒューマンライツ・ナウを発足。以後、事務局長として国内外の人権問題に取り組む。近年、中国・カンボジア、バングラデシュなどでグローバル企業に関わる人権問題を調査。ユニクロ(ファースト・リテイリング)下請け工場の労働環境調査が多くの反響を呼んだ。著書に「人権は国境を越えて」(岩波書店)など。

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