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LGBT差別禁止法などの法整備を求める声が高まる中、ネット上で「“⼼が⼥”だと⾔っただけで⼥湯に⼊れるようになる」など、トランスジェンダー女性をターゲットにしたバッシングが拡散している。
そもそもは、岸田文雄首相の秘書官が、LGBTQ当事者について「見るのも嫌だ」などの差別発言をしたことで、再び高まった差別禁止や理解増進の法整備の議論。
それが「LGBT差別禁止法ができると、“心が女”と言えば女湯や女子トイレを利用できる」という根拠なき主張にすり替えられ、女性の恐怖を煽っている。
この問題について、トランスジェンダー当事者や弁護士らが3月16日に記者会見を開き、差別的な言説はトランスジェンダー女性を追い詰めるだけでなく、女性の分断を生むと訴えた。
SNSのデマは「現実の暴力につながる」
LGBT法連合会顧問で、トランス女性の野宮亜紀さんは、中傷やデマがトランスジェンダーの人たちを追い詰め、生きる場所を奪っていると話す。
野宮さんは、1990年代からLGBTQの人たちの権利擁護活動に携わっており、宗教右派や保守派政治家によるバックラッシュを見てきた。
近年、その攻撃の矛先が向かっているのがトランスジェンダーだという。
野宮さんは、SNSには「俺が変態なら、性自認が女性って言って、男性器を出して女湯に入る」など、女性を恐怖に陥れるような投稿のほか、思い込みによるトランス批判も投稿されている、と話す。
トランスジェンダーの中には、学校や職場でいじめを受けたり、家族から絶縁されたりして、インターネットで繋がっている友人にしか心を許せないという人たちもいる。
そういった当事者から「ネットのデマを見て、自分が安心して生きられる場所はこの国にはないと感じた」「トランスジェンダーを犯罪者扱いするようなツイートを目にして、スマホを開くことさえ怖くなった」といった絶望の声が支援団体に寄せられているという。
また、海外ではトランスジェンダーの人たちをターゲットにしたヘイトクライムや殺人事件が起きており、野宮さんは「SNS上の偏見は、現実の暴力につながる」「ヘイトクライムが日本で起きないという保証はありません」と強調する。
中傷は「トランスジェンダーの人たちの居場所を奪っている」
「Rainbow Tokyo 北区」代表の時枝穂さんもトランスジェンダー女性で、高校を卒業する頃から少しずつ性別移行(自認する性別にあわせて、外見などを変えること)を始めた。
ただ、法律上の性別は変更しておらず、「見た目と戸籍の性別が合わないことで、本当にたくさんの苦労がありました」と話す。
職場で「男性として扱ってほしくない」と伝えた時には「余計なトラブルなどを起こさないでほしい」と言われたこともあるという。
男子トイレに入るのは苦痛だったものの、女子トイレを使用することはできず、多目的トイレを探しに別のフロアまで行かなければいけなかった。
周りからの否定や偏見に苦しんできた時枝さんも「ヘイトはトランスジェンダーの人たちの居場所を奪う」と訴える。
「インターネットの中に自分の居場所を求める人も少なくありません。そうした方たちがヘイトでものすごく傷ついていて、外出するのも怖い、トイレにも行けない、仕事がない。どうやって暮らしていったらいいんだろうと思います」
「“心が女”だと言っただけで女湯に入れるようになる」は誤り
LGBT差別禁止法に反対する人たちが持ち出す、「“心が女”だと言っただけで女湯に入れるようになる、断れば差別と言われかねない」という主張。
弁護⼠の⽴⽯結夏さんは、その主張は誤りだと指摘する。
厚生労働省の定めた「公衆浴場における衛生管理要領」では、公衆浴場を男女別にすることが求められている。
立石さんによると、この「男女」の基準は、外見上の体のつくりだ。そしてどのようなサービスを提供するかは、公衆浴場の管理者の判断になるという。
トランスジェンダーの人たちの中には、性別適合手術を受けている人も受けていない人もおり、人それぞれの状況は異なる。
立石さんは、「性別適合手術を受けて、自認する性別と全裸になった外見から判断される性別が一致している場合は、自認する性別の浴場を利用しても問題はないだろう」と説明する。
実際、性別適合手術を受けたトランスジェンダー女性が、女性用の浴室を利用して何の混乱もなかったと認定された判例もある。
一方、立石さんは「全裸になった時の外見と自認する性別が異なる場合は、施設の管理者との調整なしに自認する性別の浴場に入れることはない」と指摘。
そのため「男性的な身体に見える人が『心が女性だ』と言って女湯に入れる、というのは誤りだ」と話す。
また、立石さんは「トランスジェンダーのふりをして女湯に入ってくる人がいるかもしれないと言われることがあるようですけれども、“心が女性”だと言いさえすればトランスジェンダー女性になれるものではない」とも語った。
「トランスジェンダーかどうかは、生育歴や通院歴、家族への聞き取りなどによってすぐにわかることですから、トランスジェンダーのふりをして、性犯罪から言い逃れるのは極めて難しいことです」
さらに、性犯罪や性暴力、迷惑行為は当然許されず取り締まるべきものだが、「それは性暴力を取り締まる、ということでトランスジェンダーを取り締まることにはならない」と強調した。
差別的な発言は、女性を守るためのものではない
トランスジェンダーを排除する言説は、女性を守るためのようにも見える。しかし野宮さんは「実際は分断を生み、女性を危険にさらすものだ」と話す。
「トランスジェンダーの排除を煽動する人々は、体が男性の人が新たに施設を使うようになる、そのような人々がルールの変更を迫っているというイメージを強調して、女性が危険に晒されると主張します」
「そういう主張は、一見女性を守るという正しい主張に沿っているようですが、実際は守られるべき女性と、守られなくて良い女性の区別を生みます」
「性暴力の被害を受けたトランス女性の中には、トランスであることが明らかになるのを恐れて、警察に訴えることができない人たちもいます。トランス女性を他の女性から区別して排除しようとすることは、本当に女性を守るものと言えるのでしょうか」
立石さんも、法務省の性犯罪に関する刑事法の検討会で問題になっているのは、トランスジェンダーの性犯罪被害者であって加害者ではない、と説明。
トランス女性のふりをした男性が女性スペースに入ってくるという主張について、「トランスフォビアをあおる材料」であり「トランスジェンダー女性とシスジェンダー女性が対立しているかのような議論は、いたずらに社会の分断を進める」と話す。
東京レインボープライド共同代表の杉⼭⽂野さんも、「これはトランスジェンダーにまつわる問題ではなく、男女があまりにも不平等に扱われてきたからこそ引き起こしてしまっている問題なのではないか」と語った。
トランスジェンダー男性の杉山さんは、性別移行を始めた後に、男性から「男なら相手に嫌がられても、無理やり触るくらいしなければ」と言われたこともあったという。
一方、女性として過ごしていた高校時代、杉山さんや同級生は日常的に電車で痴漢の被害にあっていた、と振り返る。しかし周りの大人たちから、「スカートを短くしている本人が悪い」「抵抗しなかった自分の責任だ」と被害者である女性たちが非難された。
「女性」「男性」として全く違う景色を見てきた杉山さんは「トランスジェンダーヘイトのほとんどが、トランス女性に対するものであるということが、この問題を象徴しているように感じる」と話す。
「トランスジェンダー女性を守る法律ができると、シスジェンダー女性の安全なスペースが脅かされるのではないかと不安に感じられる方が多いのは、トランスジェンダー女性の問題ではなく、またシスジェンダー女性の問題でもなく、いつまでたっても男女不平等なこの日本社会の構造に原因があります」
「本来であればこの差別的な構造に共に声を上げることができるはずのシスジェンダー女性とトランスジェンダー女性を、その不安に漬け込み、さらに不安を煽るような悪質なデマで対立させて、どちらも改善に向けて進まなくさせようとしている気がしてなりません」