フェイクニュースによる被害が深刻化している。情報の混乱を生み出すだけでなく、生命、身体への直接的な脅威となる「武器化」の傾向が明らかになってきた。
インドでは、「人さらい」のフェイクニュースによって集団リンチが続発し、すでに20人以上が殺害された。さらに、政権と対立する女性ジャーナリストを標的に、フェイクポルノ動画「ディープフェイクス」も拡散されている。
ミャンマーでは、イスラム教徒の少数民族「ロヒンギャ」弾圧に絡み、軍部が組織的にフェイクニュース拡散を手がけていたことが明らかになっている。
一方で、「フェイクニュース罪」を理由としたジャーナリストへの弾圧も強まっている、という。
●インドにおける殺害の連鎖
インドでは、子どもを狙った「人さらいギャング」の噂が、フェイスブック傘下のメッセージサービス「ワッツアップ」で拡散。パニックとなった住民たちによる集団リンチで、20人以上が殺害されるという事態となった。
発端となったのは、1本の動画だ。バイクに乗った2人組が路上で遊んでいた子どもを抱きかかえ、そのまま逃走する様子を街頭の監視カメラが捉えている。
この動画とともに、臓器売買目的の「人さらいギャング」数百人が入国した、との噂が、友人や家族を通じて「ワッツアップ」で広まる。「よそ者には気をつけろ」と。
インドのメディア「ヒンドゥスタン・タイムズ」によると、東部ジャールカンド州では2017年5月、この噂によって暴徒化した住民による暴行で7人が殺害される事件が起きている。
さらに今年4月以降にも同様の事件が多発。
「ザ・ヒンドゥ」によれば、4月28日に南部タミル・ナードゥ州ヴェールールで、「人さらい」とされた30歳ほどの男性が地元住民に殺害される。
さらに5月9日には、同じタミル・ナードゥ州のティルヴァンナーマライで、自動車で旅行中に通りかかった家族連れが、地元の子どもにチョコレートをあげたところ、「人さらいギャング」とされ、住民による集団リンチの果てに65歳の女性が殺害され、他の家族も重傷を負った。
同日、同州プリカットでも、45歳のホームレスの男性がやはり「人さらい」とされ、殺害されている。
以後も北西部グジャラート州から北東部アッサム州まで、広範囲にわたってこのフェイクニュースは拡散し、地元住民による殺害や暴行事件が相次ぐ。
●改変された動画とワッツアップ
だが、騒動の端緒ともなった「人さらい」の動画は、実際の監視カメラの映像ではなく、インド国内の映像ですらなかった。
タイムズ・オブ・インディアなどによると、これは2016年にパキスタン・カラチのNGO「ロシュニ・ヘルプライン」が児童誘拐対策のために制作会社に依頼してつくった啓発動画だった。
本来の動画は1分間。その中で、バイクの2人組は子どもをさらった後、現場に戻ってきて、さらった子どもをバイクから降ろす。
そして「誘拐犯」は布に書いたこんなメッセージを掲げる。「カラチの街頭ではほんの一瞬で子どもが誘拐されてしまいます」。そして字幕が続く。「パキスタン・カラチでは毎年3000人以上の子どもが行方不明になります。子どもから目を離さないで」
インドで拡散した動画は、この後半部分の場面を編集で削除されていた。
そして、フェイクニュース拡散の舞台となったワッツアップ。インドのユーザーは、2億5000万人超と膨大だ。
ワッツアップでは、通信内容がエンド・ツー・エンドで暗号化されているため、フェイクニュースの拡散をたどったり、ファクトチェックをしたり、という対策が立てにくい。
だが、集団リンチと殺害の連鎖という事態を受け、ワッツアップも7月、インドの各新聞に全面広告を掲載するなど、対応に乗り出す。
7月10日、まず外部から転送されてきたメッセージに「転送」のラベル表示を開始。情報の出元が身内なのか、外部なのかの判別をしやすくする。
さらに19日には、インド国内ユーザー向けに、同時転送を5件までと上限設定をし、「クイック・フォワード」ボタンも削除する、と発表した。
●メキシコでも
ワッツアップを通じたフェイクニュースによる集団暴行・殺害事件は、インドに限った話ではない。
英BBCによると、メキシコでも同種の事件が発生している、という。
メキシコ中部プエブラ州の町アカトラン。8月末に、郊外に住む43歳の農夫の男性と21歳の甥が、井戸の修繕のための資材を買おうと町を訪れると、地元住民に呼び止められ、警察に連れて行かれる。
住民の間では、臓器売買目的の「人さらいギャング」の噂が、やはりワッツアップを通じて広まっていた。
そして、この2人連れこそ「人さらい」だ、と住民たちが警察に殺到。
ついには2人を集団リンチの上、ガソリンをかけて火を付けた、という。
●ミャンマーにおける「ロヒンギャ」弾圧
ミャンマーでは、イスラム教徒の少数民族「ロヒンギャ」に対する弾圧の手立てとして、フェイスブック上のフェイクニュースが軍部によって組織的に使われてきた、とニューヨーク・タイムズが報じている。
ミャンマーでは、軍や過激派仏教徒による虐殺、レイプ、放火などの弾圧を受け、70万人を超すロヒンギャが隣国バングラデシュに難民として流入している。
同国の1800万人のインターネットユーザーの大半が、フェイスブックのユーザーでもあり、その影響力は大きい。
軍部は以前から大量のフェイクアカウントを作成、組織的に反ロヒンギャのプロパガンダを拡散させていた。プロパガンダには、エンターテインメントや美容などのテーマを偽装したフェイクブックページが使われていた、という。
ロヒンギャ問題の国連調査団代表、マルズキ・ダルスマン氏は3月、国連人権理事会で報告を行い、ヘイトスピーチの氾濫について、フェイクブックを名指しで批判。
メディアの批判も相次ぎ、フェイスブックは8月末、ミャンマー軍部に関連した3つのページと10のアカウント閉鎖を公表。対応が遅れたことを認めている。
※参照:国連がフェイスブックを批判する「ロヒンギャへのヘイト拡散の舞台」(03/17/2018)
●ディープフェイクスがジャーナリストを標的に
「ディープフェイクス」は米大手掲示板「レディット」から拡散したフェイクのポルノ動画だ。AIを使い、ポルノ動画の女優の顔を、ハリウッドの有名女優らに次々と差し替えていく。
※参照:AI対AIの行方:AIで氾濫させるフェイクポルノは、AIで排除できるのか(02/24/2018)
※参照:AIによる"フェイクポルノ"は選挙に影響を及ぼすか?(06/30/2018)
※参照:「フェイクAI」が民主主義を脅かす―米有力議員たちが声を上げる(08/04/2018)
昨秋からネットで広がり始めた「ディープフェイクス」は、中間選挙を控えた米国では、政治的な影響が懸念され、法規制の議論もわき起こっていた。
そんな中、インドでは、この「ディープフェイクス」が実際に政治的な攻撃のツールとして使われた事例が明らかになった。
モディ政権批判を続け、イスラム教徒でもあるアユーブ氏には、ヒンドゥー至上主義団体などを支持基盤とする与党・インド人民党の支持者らから、数年にわたってネット上で激しい攻撃が加えられていた。
アユーブ氏になりすまし、「私はインドやインド人が大嫌い!」などとするフェイクツイートも流される中で、ついに4月下旬、アユーブ氏の顔画像を使った「ディープフェイクス」のフェイクポルノ動画が投稿される。
ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ワッツアップ。あらゆるソーシャルメディアで「ディープフェイクス」動画が拡散し、貞操観念の強いインド社会で、アユーブ氏への攻撃は苛烈を極めたという。
さらにアユーブ氏の電話番号や住所までがさらされ、レイプの脅迫が押し寄せる。
これに対して、国連の人権高等弁務官事務所が5月、人権擁護の専門家である特別報告者らの連名で、インド政府当局に対し、ネットのヘイト攻撃からアユーブ氏を保護するよう求める声明を発表。フェイクポルノ動画を「新たな脅威」と指摘した。
国際社会を巻き込んだ問題に発展したことで、ようやくアユーブ氏への攻撃は収まったという。
●「フェイクニュース罪」でジャーナリストを弾圧する
「フェイクニュース」という言葉は当初、2016年の米大統領選に絡み、主に民主党候補のヒラリー・クリントン氏を非難し、トランプ氏の当選を後押しする内容の虚偽情報が、ソーシャルメディア上で氾濫したことを指していた。
その拡散の背後には、ロシア政府による大統領選への介入疑惑、いわゆる「ロシア疑惑」もあったと指摘されている。
だが、トランプ氏は大統領当選後、これを逆手に取り、自らに批判的なメディアを攻撃する言葉として「フェイクニュース」を多用する。
このトランプ大統領によるメディアへの「フェイクニュース」攻撃は、米国から海外へと波及している。
その一つが、3月の大統領選で再選されたシーシ大統領のエジプトだ。
エジプトでは7月、5000人以上のフォロワーがいるソーシャルメディアユーザーを「メディア」と見なし、「虚偽ニュース」を公表した場合には訴追の対象とする新たな法律が成立した。
エジプトではすでに「虚偽ニュース」を理由としたジャーナリストの訴追は行われており、2013年にはアルジャジーラの3人の記者が有罪判決を受けている。
新法は、その対象を影響力のあるブロガーなどに広げるものだ。
NPO「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」の2017年の調査では、「フェイクニュース」を理由として投獄されているジャーナリストやブロガーは、わかっているだけで、世界で21人。
このうち、エジプトは7人を占める。
そして、最も多いのは6月に再選されたエルドアン大統領のトルコだ。
2014年の初当選以来、1年半で同氏を批判したとしてジャーナリストを含む1800人以上を訴追。2016年7月の軍の一部によるクーデター未遂事件以降は、さらに摘発が厳しくなっている。
このほかにも、イスラエルのネタニヤフ首相、フィリピンのドゥテルテ大統領など、批判的メディアに対してトランプ流の「フェイクニュース」攻撃を強める指導者たちが広がっている。
●ピザ店の発砲から2年
フェイクニュースが注目を集めた2016年の米大統領選後、12月4日にワシントンのピザ店で発砲事件が発生した。
※参照:"ピザゲート"発砲事件 陰謀論がリアルの脅威になる (12/10/2016)
※参照:フェイクニュース発砲事件は、なぜ起きたのか~『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』第1章を全文公開(06/30/2017)
「ピザゲート」と呼ばれる陰謀論を信じた男性が、自動小銃を持ってその舞台とされたピザ店に押し入った事件。そして、フェイクニュースによって初めて引き起こされた、人々の生命、身体を直接脅かした事件だった。
それから2年。
フェイクニュースは、どんどんとその範囲を広げ、深刻化の一途をたどっている。
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■新刊『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書)
(2018年12月1日「新聞紙学的」より転載)