「ファクトチェック」通信社はジャーナリストを"のぞき見"をしていたのか

ガーディアンによる疑惑報道に、メディア界には波紋が広がっている。

ソーシャルメディア上のコンテンツ(UGC)をファクトチェックし、ニュースとしてメディアなどに配信するソーシャルニュース通信社「ストーリーフル」が、ユーザーであるジャーナリストたちのウェブ閲覧を"のぞき見"していた、との疑惑を英ガーディアンが指摘している。

「ストーリーフル」が提供しているブラウザー用拡張機能が、契約先メディアのジャーナリストたちが閲覧しているコンテンツを収集し、「ストーリーフル」のスタッフがリアルタイムでモニタリングできるようになっていた、というのだ。

ガーディアンの取材に対し「ストーリーフル」は、個人情報と結びつけたものではないし、この仕組みはあらかじめ開示されている、と反論。ガーディアンの指摘は「事実として間違っており名誉毀損だ」と述べているようだ。

ソーシャルメディアのユーザー作成コンテンツ(UGC)とファクトチェックを組み合わせた、新たなジャーナリズムのスタイルとして注目を集め、フェイクニュース対策でも存在感を見せていた「ストーリーフル」。

それだけに、ガーディアンによる疑惑報道に、メディア界には波紋が広がっている。

●ソーシャルメディア通信社

ストーリーフル」はウォールストリート・ジャーナル、ABCニュースなどのメディア、さらにグーグルなどと契約し、ソーシャルコンテンツを配信している、という(サイトには、パートナーとしてNHKの名前も表示されている)。

2010年に、アイルランドのジャーナリスト、マーク・リトルさんが設立。

ユーチューブやフェイスブック、ツイッターなどのソーシャルメディア上に流れる動画などのコンテンツを専門のジャーナリストたちがファクトチェックし、権利処理した上でメディアなどに配信する"ソーシャルメディア通信社"として活動を始めた。

一方で、ファクトチェックにはユーザーの協力も求めるクラウドソース型の「オープンジャーナリズム」のスタイルもとり、グーグルプラス上に「オープンニュースルーム」というコミュニティも開設していた(※「オープンニュースルーム」は2016年11月を最後に更新が止まっているようだ)。

ファクトチェックに積極的に取り組み、2015年には、他のファクトチェックのグループとともに、グーグルが支援するNPO「ファーストドラフト」の設立にも参加している。

2016年の英国のEU離脱国民投票(ブレグジット)や米大統領選をめぐるフェイクニュースの氾濫でも、そのファクトチェックの取り組みに注目が集まった。

その1年半後には、創設者のリトル氏は「ストーリーフル」を離れている。現在のCEO、シャルブ・ファルジャミさんは、2017年8月に就任。豪ニューズコープや同系列の豪有料テレビ「フォックステル」の営業畑出身だ。

最近ではスタッフを100人規模に倍増する一方、累積赤字も1500万ユーロ(約20億円)にのぼっているという。

●ブラウザのツールを通じ

ガーディアンが取り上げているのは、「ストーリーフル」がグーグルのブラウザ「クローム」用の拡張機能として2016年11月に公開した「ベリファイ」と呼ばれるツールだ。

ダウンロード画面の表示によると、ユーザーは492人とある。

「ストーリーフル」と配信契約を結んだメディアのジャーナリストたちが「ベリファイ」をインストールすると、ソーシャルメディア上の動画などのコンテンツについて、それがファクトチェック済みなら緑のマーク、未チェックなら赤のマークが表示され、手軽にその検証状況を確認できるという。

だが、ガーディアンの報道では、このツールの機能はそれだけではなかった、と指摘している。

「ストーリーフル」の元スタッフの証言によると、この「ベリファイ」を通じて、契約先ユーザーであるジャーナリストたちがブラウザでどんなコンテンツを閲覧しているかを収集し、「ストーリーフル」のスタッフが、リアルタイムでモニタリングできるようになっていた、という。

ガーディアンは、ユーザーの閲覧コンテンツはビジネス向けチャットツール「スラック」上で共有されていたと指摘。そのモニタリングされていたコンテンツのサンプルだという動画も公開している。

●「情報開示済みだ」

ガーディアンの取材に対し、「ストーリーフル」は声明で、「ベリファイ」を通じたデータ収集と、スタッフによるモニタリングなどの基本的な事実関係については認めている、という。

ただ、モニタリングしているコンテンツには、個人を特定する情報は含まれておらず、データ収集はユーザーの使い勝手の向上のためで、そのデータ利用はあらかじめ明確に開示済みだ、と「ストーリーフル」は説明しているようだ。

「ストーリーフル」は声明でこのように述べている、という。

我々はユーザーへの情報開示、ブログ投稿、メディアとのインタビューの中で、ベリファイの機能について明らかにしている。契約先パートナーがソーシャルメディアを閲覧する際に、その閲覧内容と"視覚的に同調"すること。パートナーによる(ソーシャルコンテンツ配信サービス)「ニュースワイヤー」プラットフォームの使い勝手に細心の注意を払っていること。どのようにデータを分析し、契約先パートナーのパワー、パートナーが探しているもの、注目しているものをどのように活用し、パートナーが必要とするニュースやトレンド、動画の配信に役立てているかということについては、すでに明らかにしているのだ。

他の拡張機能と同じく、ユーザーはこのツールをいつでも好きなときにインストールし、機能停止し、あるいはアンインストールすることができる。

●匿名とプライバシー

「ストーリーフル」の声明で、「情報開示」としているものの内容についても、ガーディアンは紹介している。

一つはプライバシーポリシーだが、そこには「ベリファイ」のことは出てこない。

ただ、「ベリファイ」をインストールする際には、「アクセスしたウェブサイトに関するあなたのすべてのデータの読み取りと変更を許可する」との表示に同意を求められる。

また、2016年の「ベリファイ」公開時のブログ投稿で、ツールが「発見と検証を改善するようデザインされている」と述べている。

だが、元スタッフの1人はガーディアンの取材に対し、こう述べているという。

我々は彼ら(ユーザー)が見ているものを見ることで、ある種のスパイ行為をしていた。我々がしていることをユーザーが承知していたかどうかは知らない。

ガーディアンは、「ストーリーフル」のスタッフが「スラック」上で共有していたモニタリングの動画を検証したところ、個人情報とは結びついていないとはいえ、プライベートな内容もかなり含まれていた、と指摘している。

例えば、悪天候を映した動画などの報道目的と思われる閲覧があった一方で、「サンダーバード」や「スターウォーズ」の動画が含まれていた、という。

さらに、「ストーリーフル」の契約先メディアのジャーナリストの結婚式の写真なども含まれていた、としている。

また元スタッフは、多くのジャーナリストがアニメの「シンプソンズ」を見ていた、とも証言しているという。

●情報開示とユーザーの理解

問題は、「ストーリーフル」の情報開示が十分だったか、という点。そして、ユーザーであるジャーナリストたちがそれを理解していたか、という点だ。

ただ、プライベートな閲覧内容も多く含まれていたということからすると、この仕組みが十分に理解されていたようには見えない。

ニューヨーク・タイムズのデジタル戦略担当編集局次長やガーディアンのデジタル編集主幹を務め、現在はテンプル大学クライン・カレッジ准教授のアーロン・フィルホファーさんは、「このプラグイン問題の核心は、リアルタイムでモニタリングしていた、という点だ。こんなことが行われているなんて、ジャーナリストたちは想像だにしなかっただろう」とツイッターで述べている。

やはり多言語のファクトチェックに取り組むNPO「ミーダン」のディレクター、トム・トレウィナードさんもツイッターで、「これはとんでもなく、恐ろしくばかげたことをしたものだ。ジャーナリストたちへ:ソーシャル取材とデジタル報道にストーリーフルなど使う必要はない」と手厳しい。

また、メディアサイト「ニーマンラボ」編集長のジョシュア・ベントンさんも、「この記事での、ストーリーフルの説明ではダメだ」とツイッターで述べている。

--------

(2018年5月19日「新聞紙学的」より転載)

注目記事