フェイスブックによる、"わいせつ"コンテンツの規制が、改めて注目を集めている。
イタリアからは、約3万年前の旧石器時代の裸婦像がフェイスブックによって"ポルノ"認定され、掲載を認められないという騒動が起こり、この裸婦像を所蔵するオーストリアの博物館も巻きこんだ論争になった。
またフランスでは、19世紀の写実主義画家、キュスターヴ・クールベが女性器を描いた「世界の起源」をフェイスブックに削除されたアーティストによる裁判が、近く判決を迎えるという。
さらに米国では、女性の裸の背中を写しただけの画像が、やはりフェイスブックから拒絶された、との事例も報告されている。
かつて、授乳する母親の写真を一方的に削除して話題を呼び、2年前にはピュリツアー賞を受賞したベトナム戦争の報道写真を児童ポルノ扱いで削除したフェイスブック。
フェイスブックにとっての"わいせつ"とは、いったい何なのか?
●「旧石器時代のビーナス」を拒否する
騒動の発端は昨年12月28日。イタリアの芸術活動家(アーティビスト)を名乗る、ラウラ・ギアンダさんのフェイスブックへの投稿だった。
フェイスブックが私の投稿の添付画像を検閲した...私が使った「ヴィレンドルフのヴィーナス」の写真が"危険なポルノ"だと。
2万5000年前の考古学上の遺物が、フェイスブックでは危険なコンテンツなのだ。全く理解できない。フェイスブックの判断に対して、私は4回にわたって異議を申し立てた。 2万5000年前の小さな彫像は、フェイスブックの管理チームを不安にさせる力を持っている。
この小さな彫像はウィーンの自然史博物館に今も展示され、毎年数千人が鑑賞に訪れている。
そして、「これは恥ずべきこと。この検閲に抗議すべきだ」とギアンダさん。
この抗議の声は7500回以上共有されている。
「ヴィレンドルフのヴィーナス」は1908年にオーストリアで発掘された、11センチほどの裸婦の彫像。2万9500年前の旧石器時代のものと見られている。
ギアンダさんの抗議に賛同したのが、その「ヴィレンドルフのヴィーナス」を目玉の一つとして展示するオーストリアのウィーン自然史博物館だった。
博物館のフェイスブックアカウントは今年1月9日、「ヴィーナス」の画像に「検閲済み?」との文字をかぶせたGIF動画とともに、こんな投稿をしている。
ヴィーナスが裸だとして検閲を受けた! 2万9500年間、"我らの"ヴィレンドルフのヴィーナスは、先史時代の豊穣をその輝かしい裸体で表現してきた。フェイスブックは今や、それを検閲し、その取り組みを強めている。我々はこのようなことを受け入れるわけにはいかない。ヴィーナスは裸のままでいるべきだ!
さらに2月27日、ロンドンのアートメディア「ジ・アート・ニュースペーパー」がこの騒動を取り上げ、一気にメディアに広がる。
●「ヌード」禁止、「彫刻」例外
3月1日付のAFPによると、フェイスブックはこの騒動を受けて、公式に謝罪の声明を出したようだ。
フェイスブックはその中で、ギアンダさんの投稿が広告扱いだったと説明している。
我々の広告ポリシーでは、ヌードまたはヌードの暗示を認めていません。ただし、彫刻は例外です。そのため、当該の画像を使った広告は承認されるべきものでした。
この手違いについては謝罪し、広告主には当該広告を承認する旨、お知らせしました。
確かに、フェイスブックの広告ポリシーには、「禁止されているコンテンツ」として「成人向けコンテンツ」があり、以下のものが例示されている。
from Facebook
× ヌードまたはヌードの暗示(本来は芸術的または教育的な場合も含む)、ただし彫刻作品は除く
× 過度に露出された肌や胸の谷間(本来は性的な意味合いがない場合も含む)
× 腹部、臀部、胸部など、体の個別の部位に焦点を当てた画像(本来は性的な意味合いがない場合も含む)
ちなみに、フェイスブックには一般投稿向けの「コミュニティ規定」もあり、その中に「ヌード」について記載されている。
Facebookでは、性器を露出した写真や、完全に露出した臀部を大きく取り上げた写真は削除します。また女性の乳房の画像についても、乳首が見えている場合は表示を制限することがあります。ただし、女性が自発的に授乳している写真や乳房切除手術を受けた痕を見せている写真については制限していません。また、ヌードの人物を描いた絵画や彫刻などの芸術作品の写真の投稿も認めています。
ここでも、彫刻は規制の対象外と明示している。
フェイスブックはギアンダさんの件については謝罪したが、その対応はなお限定的のようだ。
この騒動を取り上げた「ジ・アート・ニュースペーパー」は、「ヴィレンドルフのヴィーナス」騒動の記事の追記の中で、この記事の広告が2月28日にフェイスブックによって拒否され、3月2日現在、同社は広告拒否の判断を撤回していない、という。
騒動後、ギアンダさんは「チェンジ・ドット・オーグ」で「カルチャーに自由を! フェイスブックよ、アルゴリズムを変更せよ!」と題した署名集めも展開した。
●「授乳」を禁止する
フェイスブックの「ヴィーナス」問題が注目を集めるのは、同社の特に"わいせつ"をめぐるコンテンツ規制が、しばしば騒動を引き起こしてきた経緯があるためだ。
創業から3年後の2007年、フェイスブックは母親たちの「授乳」写真を"わいせつ"だとして削除した。
怒った母親たちは「ヘイ、フェイスブック、授乳はわいせつじゃない!」と題したフェイスブックページを立ち上げ、抗議活動を展開。
騒動を受け、フェイスブックは2014年には「授乳」写真の投稿を認めるよう運用を変更。翌2015年になって、規約も改正した。
さらに2016年8月には、ノルウェーの作家・ジャーナリスト、トム・エーゲラン氏が、ベトナム戦争を象徴するピュリツアー賞受賞の報道写真「ナパーム弾の少女」をフェイスブックに投稿すると、これを一方的に削除する。
ナパーム弾の爆撃から逃げ惑う少女が「全裸」であることが理由だった。
フェイスブックは、抗議をしたエーゲゲラン氏のアカウントも停止。
さらにこの経緯を問題の写真とともに報じたノルウェー最大の新聞「アフテンポステン」や、同国の首相のエルナ・ソルベルグ氏のフェイスブック投稿まで、削除する事態となった。
フェイスブックは、国際的な批判を受けて、削除を撤回した。
●写実主義の削除
フェイスブックによる"わいせつ"を理由としたコンテンツ規制は、裁判にも持ち込まれている。
問題となったのは、19世紀の写実主義画家、ギュスターヴ・クールベが女性器を描いた油絵「世界の起源」。フランスのオルセー美術館が所蔵・展示している。
from Musée d'Orsay
2011年2月、フランス人教師、フレデリック・デュラン氏が「世界の起源」に関するドキュメンタリーのページへのリンクをフェイスブックに投稿したところ、一方的にアカウントを停止されたのだという。このページのサムネイル画像として、「世界の起源」が使われていた、という。
デュラン氏は、表現の自由が侵害されたとして2万ユーロ(200万円)の損害賠償を求めてフランスで提訴。
利用規約で裁判管轄をカリフォルニア州とうたっているフェイスブックは、フランスでの審理に異議を唱えたが、パリの控訴審はフランスでの審理を認める判断をした。
この間の2015年、フェイスブック側は、芸術作品におけるヌードは認める、とのコミュニティ規約の改正をしている。
この判決が、今年3月15日に予定されている、という。
●裸の背中は"わいせつ"か?
女性の裸の背中は"わいせつ"か?
K・L・モンゴメリーのペンネームで活動する作家のクリスタ・ベネロ氏は昨年、自作のロマンス小説の広告のサムネイル画像として、女性の裸の背中が写った写真を使ったところ、フェイスブックの広告ポリシーの「ヌード」禁止に違反するとして、拒否されたという。
だが、やはり女性の裸の背中の写真をつかったボディーウオッシュの広告は、フェイスブックの審査を通過していた。
フェイスブックは最終的に、判断が誤りだった、と説明しているという。
3月1日付のニューヨーク・タイムズが伝えている。
フェイスブックは、2016年の米大統領選などでのフェイクニュース氾濫の舞台となったことなどから批判の矢面に立たされた。
これを受けて2017年5月には、CEOのマーク・ザッカーバーグ氏が、それまで4500人だったコンテンツのチェック部隊「レビューチーム」を、一気に3000人増員すると表明。
現在は、世界で7500人の要員が、AIのフィルタリングと合わせて、24時間態勢でコンテンツのチェックに当たっている、という。
だが、ガーディアンが2017年5月にスクープした、フェイスブックの内部用マニュアルは、一般向けのポリシーとは違って詳細を究め、極めて複雑な内容になっている。
「リベンジポルノ」の定義だけで、このような記載になる。
リベンジポルノとは、ヌード/ほぼヌードの誰かの写真を一般に向け、あるいはそれらを目にすることを望まない人々に対して、恥ずかしい思いをさせ、困らせるために公開すること。
不正利用の判断基準:
親密な画像を以下のいずれかによって悪用しようとする試み:
・以下の3つの条件をすべて満たしていれば"リベンジポルノ"としての画像の共有:
1.プライベートな状況で撮影された画像。かつ
2.画像中の人物がヌード、ほぼヌード、性的にアクティブな状態。かつ
3.同意が得られていないことが以下によって確認できること: ・復讐的な文脈(例.キャプション、コメント、あるいはページタイトル)、あるいは ・独自のソース(例.メディア報道、あるいは捜査機関の記録)
しかも、アトランティックの記事によれば、その内容も毎週のように更新されているのだという。
世界で20億人を超すユーザーを抱えるフェイスブックの運営、特にコンテンツの管理は、必然的にアルゴリズムをはみ出し、人手に頼らざるを得ない。
だがフェイスブックは、そのコンテンツの規模に耐えられるのだろうか?
フェイスブックにとっての"わいせつ"は、フェイクニュースやヘイトスピーチとともに、その試金石になっている。
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■新刊『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書)
(2018年3月3日「新聞紙学的」より転載)