ロシア「フェイク工場」が工作、フェイスブックへの1000万円広告の影響度

ロシア「フェイク工場」が工作、フェイスブックへの1000万円広告の影響度

米大統領選へのロシア政府の介入問題をめぐって、フェイスブックが公開した新たな情報が波紋を広げている。

フェイスブックは6日、米大統領選の期間を含む今年5月までの2年間で計10万ドル(1100万円)分の政治広告を、ロシアによると見られるフェイク(虚偽)アカウントやフェイスブックページが購入していたことを明らかにした。

しかも、フェイクアカウントには、「トロール(荒らし)工場」として知られ、プーチン政権に近いとされるロシアのフェイクニュース拡散の専門業者が関与したと見られている。

米国の情報機関は今年1月に公表した報告書で、ロシア政府がサイバー攻撃やフェイクニュースによって、米大統領選に介入し、トランプ氏当選を後押ししたと認定している。

この政治広告が大統領選にどれほどの影響を及ぼしたのか? 専門家は7000万人規模に届いた可能性がある、と見立てている。

今回、この情報戦の中心的な舞台となったフェイスブックが、自ら介入の実態を初めて明らかにしたことで、連邦議会からは早くも新たな法規制を求める声も出始めている。

●1000万円の政治広告

ロシアによる政治広告購入の実態を
で明らかにしたのは、同社の最高セキュリティ責任者、アレックス・スタモス氏。

それによると、問題となったのは、米大統領選の予備選の期間を含む2015年6月から今年5月までの2年間に購入された、10万ドル(1100万円)分、約3000件の政治広告。

スタモス氏はこう指摘している。

これら(政治広告)は470件の、当社ポリシーに違反する虚偽アカウントやフェイスブックページにつながっていた。我々の分析によると、虚偽アカウント、ページは互いに連携しており、ロシアによって運営されていたと見られる。

470件の虚偽アカウントやフェイスブックページは、すべて削除されたという。

スタモス氏は、同社の分析で明らかになった、政治広告のいくつかの特徴を述べている。

その一つは、これらの政治広告が扱っていた内容だ。大半の政治広告は、具体的に米大統領選や投票、個別の候補者については言及していなかった、というのだ。

むしろ、(政治)広告と(虚偽)アカウントは、LGBTの問題から人種問題、移民、銃所持まで、イデオロギー的な立場によって、分断を拡大するような社会的、政治的メッセージに焦点を当てていたように見える。

もう一点、この政治広告が、入念なデータ分析を踏まえたものであることを伺わせる特徴がある。配信地域の限定だ。

これらの広告の約4分の1は、配信地域が指定されていた。そして、それらは(大統領選本選のあった)2016年よりも、(予備選期間中の)2015年の方が多かった。

配信地域の指定先は明らかにされていないが、最終的に激戦を僅差で制したミシガン州やウィスコンシン州などの「ラストベルト」が思い浮かぶ。

スタモス氏は、ロシアの関与が疑われる政治広告について、さらに分析の範囲を広げた検証も行っている、という。

今回の検証で、我々はロシアから発信された可能性のある広告についても、チェックしている。これには、連携の兆候が極めて薄いものや、これまで知られている組織的な工作とは連携が認められないものも含まれる。その対象は幅広く、例えば米国内のIPアドレスから購入された広告だが、その言語設定がロシア語になっているものも含み、必ずしも当社ポリシーや法律に違反しないものも含む。それによると、該当するのは約2200件の政治関連と見られるの広告購入があり、推計で約5万ドル(550万円)にのぼる。

合計すれば、15万ドル(1650万円)、5200件の「ロシア製」政治広告がフェイスブックに掲示されたことになる。

フェイスブックは6日、これらの情報を、ロシアによる米大統領選への介入問題を調査している米上下両院の情報委員会に報告。さらに、大統領選でのトランプ陣営とロシアとの疑惑捜査にあたる特別検察官、ロバート・ミュラー元連邦捜査局(FBI)長官のチームとも連携しているようだ。

●「トロール工場」の関与

この声明の中では触れられていないが、
は、この政治広告が、「トロール(荒らし)工場」と呼ばれるロシアのフェイクニュース発信、拡散の専門業者によるものであることを認めている、という。

ワシントン・ポストは関係者の話を、こう伝えている

いつくかのアカウントは、サンクトペテルブルクの「インターネット・リサーチ・エージェンシー」と呼ばれるトロール工場とつながっていることを示す証拠がある。だが、我々はそれを個別に特定して示すことはできない。

「インターネット・リサーチ・エージェンシー」は、広く知られたロシアのフェイクニュースの拠点だ。米情報機関が今年1月に公表したロシア介入の報告書でも、その存在が取り上げられている。

その詳細な実態については、ニューヨーク・タイムズ・マガジンが2015年6月にまとめている。それによると、同社の従業員は400人。月間予算は40万ドルで、12時間勤務の2交代制。出資者は、プーチン大統領に近い実業家だという。

情報配信に使うのは、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムなど。

従業員の1日のノルマは政治関連の投稿5本、日常生活関連が10本、同僚の投稿へのコメント書き込みが150~200本。この中にはロシア語だけではなく、英語のチームもあり、米国メディアのフェイスブックの記事に、米国人を装って反オバマのコメントを書き込むなどの工作を行ってきたという。

その活動の一環として、米大統領選を標的に、フェイスブックを舞台としたフェイクアカウントで有権者の分断を狙ったコンテンツ配信、さらにそこに誘導するフェイクの政治広告の掲載を行っていたことが、データで明らかになったわけだ。

米タイムは、今年5月の記事で、すでにロシアによるフェイスブック上での広告購入を取り上げ、特定の層を狙ったターゲティングによるプロパガンダ工作を行っていると指摘。米情報機関幹部のこんな談話を紹介していた。

彼ら(ロシア)は、(フェイスブック上では)"スポンサード"と呼ばれている広告を購入している。誰もがやっているのと、全く同じように。

ただ、この時点でフェイスブックは、そのような証拠はない、と回答していた。

●ネット工作の値段

トレンドマイクロは今年6月、ネット上でのフェイクニュースの請負ビジネスの実態をまとめた報告書「
」を公開している。

この中で、フェイクニュースにかかる値段を、実際の値段表とともに示し、ケースごとの見積もりも示している。

その中で、1年間のフェイクニュース工作を実施し、ターゲットとなる人々の判断に影響を与えるには、最低40万ドル(4400万円)の予算を組む必要がある、との積算を紹介していた。

今回のフェイスブック上でのロシアによると見られる工作は、政治広告だけで、広めにみて15万ドル(1650万円)。トレンドマイクロの積算からしても、生々しい数字のように見える。

●7000万人へのリーチ

10万ドルの政治広告は、果たしてどれだけのユーザーの目に触れたのか?

デイリービーストは、この政治広告の波及効果に着目。フェイスブック広告専門の代理店「ブリッツメトリクス」CTO、デニス・ユー氏の試算を紹介している

それによると、フェイスブックは1000回表示あたりの広告コスト(CPM)が5.75ドル。10万ドルのコストで単純計算すると1700万回の表示に該当する。

だが、拡散力の強い広告に予算を集中させるなどの効率的運用を行っていれば、少なくとも2300万人、多ければ7000万人の目に触れていた可能性がある、とユー氏は見立てている。

これは、3億2000万人の人口の約2割に相当する数字だ。

●ロシアによる政治広告は違法なのか?

常軌を逸した膨大な資金が選挙活動に流れ込んでいるとしても、米国人には、テレビの政治広告にどんな類いの資金が使われてるのかはわかる。完全にその資金源までたどり着くのは難しいとしても。しかし、ソーシャルメディアにおいては、そういった規制がない。なので、我々には法整備が必要だ。実際のところ、ソーシャルメディア企業も反対しないのではないかと思う。なぜなら、特に選挙に関して、外国から提供された資金が選挙のプロセスに入り込んでいるのであれば、米国人はそれを知るべきだからだ。

民主党の上院情報委員会の有力議員、マーク・ワーナー氏は、フェイスブックがロシアによる政治広告購入を明らかにした翌日、出席したカンファレンスでこう指摘したという。

早速、新たな法規制の声を上げたわけだ。

だがワシントン・ポストによると、米国の連邦選挙運動法(FECA)では、現状でもネット上の政治広告は規制対象に入っているようだ。

ただ、ロシアが今回の政治広告を出していたとして、それがただちに違法となるかどうかは、微妙だという。

フェイスブックの言うとおりであれば、ロシアの政治広告の大半は、選挙に直接言及する内容ではなく、社会的な分断を拡大するようなものだった。

とすると、選挙運動法の規制対象になるかどうかは、個別の内容を吟味する必要が出てくる。ただ、個別の広告内容については、フェイスブックは明らかにしていない。

とはいえ、ロシアの米大統領選介入が、金額とともに明らかになったことの余波は、まだ続きそうだ。

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(2017年9月9日「新聞紙学的」より転載)

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