2017年の夏、フランスとイギリスが相次いで「2040年以降のガソリン・軽油車の新規販売を禁止する」方針を発表して以来、日本でもEV(電気自動車)化を囃す声が大きくなった。あたかも、世の中のすべての自動車がEV化されるような騒ぎようだ。だが、フランスもイギリスも「すべての自動車」に適用する、としているのだろうか。たとえば、トラックやバスなどの重量の重い荷物・人を大量に運ぶ車の取り扱いはどうなっているのだろうか?
技術音痴の筆者は、常々疑問に思っていた。
そもそも、現状ではバッテリー能力に限界があり、EVはガソリン・軽油車に走行距離では勝てないという弱点がある。したがって、バッテリーの技術革新とコスト削減が今後の重要課題だが、それらが政策支援を得て進んでいくだろうと見られているのだ。
だが普通の乗用車でも、現状でのバッテリー能力が不十分だとしたら、バスやトラックを短期間でEV化するのは難しいだろう。
世の中の議論はどこかに大きな誤解があるのではないのだろうか。
重量車のエネルギー需要は伸び続ける
筆者が当欄での記事(2018年2月9日「『エネルギー=電気・電力』という誤解に注意!」)を自分のフェイスブックで紹介するにあたって、「エクソンモービル」の「2018 Outlook for Energy: A View to 2040」(以下、「エクソン長期予測2018年版」)を読み込んでいなかったことに気づき、読んでみると、まさにこの疑問に対する「回答」と思われる箇所に遭遇した。まだ読みかけだが、取り急ぎ紹介しておきたい。
「需要」分析の欄に「輸送(Transportation)」という箇所があり、次のように指摘している。
■「輸送」用エネルギーの需要は2040年までに2016年対比で約30%増加する。
■同期間、乗用車(cars)、スポーツ・ユーティリティ・ビーイークル(SUV)や軽量トラックの走行距離は約60%増加する。
■同期間、新車(乗用車、SUVおよび軽量トラック)の平均燃費はガロンあたり30マイルから50マイルに改善する。
■個人移動需要(personal mobility demands)は増加するが、高度の効率化とEV化により、軽量車(light-duty vehicle)のエネルギー需要は期間中にピークを迎える。
■経済活動と個人の収入増により物品とサービスの取引は増加し、商用輸送分野におけるエネルギー需要は増加する。
■エネルギー需要は、重量車(heavy-duty vehicle)用が量的には最大となり、航空用の成長が比率的には最大の伸びを見せる。
これらを総合すると、2040年までの輸送用エネルギー需要の推移は添付グラフのとおり、軽量車は2020年代初めにピークを迎えた後減少を始めるが、重量車は増加し続け、量的には最大になる。
バッテリー開発は不可能
さらに「不確実性テスト(Test uncertainty)」というページで感度(sensitivities)分析を行っているが、ここでも軽量車輸送(Light-duty transportation)と商業輸送(Commercial transportation)を区別しており、さらに感度分析をするために、あくまでも仮説として、軽量車が「100%EV化が進んだ場合」の液体燃料の需要動向を分析し、次のように指摘している。
■政策の不確実性と技術革新のペースが軽量車分野に大きな影響を与える。この不確実性を評価するために、仮説として2040年までにすべての軽量車がEVに置き換わった場合の感度分析を行ってみた。
■2040年までにすべて置き換えるためには、2025年から毎年100%、世界中でEVだけが販売される必要がある。すなわち2025年から毎年1億1000万台を販売し、以降漸増して、2040年には1億4000万台のEVを販売する必要が生ずる。この数値は2016年のEV販売台数の約100倍である。
■またこの仮説では、バッテリー製造能力を、2025年までに現在の50倍に拡大する必要がある。
■この結果、液体燃料については、軽量車用の需要はすべてなくなるが、石油化学用と商用輸送の需要が伸びるので、結果として2013年と同じ程度の水準になる。
■2040年以降は石油化学と商用輸送の需要が伸びるので、液体燃料の需要は再び増加し始める。
このように、「エクソン長期予測2018年版」では、EV化の対象となるのはあくまでも軽量車に限っているのだ。
重量のある物品・人を大量に運ぶ重量車を、現在と同じような便宜性を保って動かせるだけのバッテリーは、2040年になっても開発できない、ということのようだ。
ましてや飛行機は無理だろう。
なお「エクソン長期予測2018年版」の全般については、筆者の能力が許せばあらためてご紹介することとしたい。(岩瀬 昇)
岩瀬昇 1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同) がある。