疫学では、環境と病気の関係を把握するために統計学を用いた研究が用いられることが多い。これは、ある環境に置かれた人が、特定の病気にかかりやすいということを、患者のデータをもとにつきとめようとするものである。
研究方法は、大きく、前向き研究と、後ろ向き研究に分けられる。
前向き研究は、時間の順番を追って研究を進める方法で、まず、ある環境に置かれている人と、置かれていない人を複数抽出する。そして、一定の時間が経過した後に、それぞれの中で特定の病気になった人と、なっていない人を把握して、分析をするというやり方である。
一方、後ろ向き研究は、時間をさかのぼって個々の人の環境と病気の状況を把握する方法である。現在、特定の病気になっている人と、なっていない人を抽出する。そして、それぞれの人が、一定期間前に、ある環境に置かれていたかどうかを確認しにいく。
例として、喫煙と糖尿病の関係についての研究をとってみよう。まず、喫煙者と非喫煙者を複数抽出して、3年後に、これらの人が、糖尿病にかかっているかどうかをみるというのが、前向き研究である。
一方、糖尿病の患者と健常者を、それぞれ取り出して、そのうち、過去3年以上喫煙をしていた人がどれくらいいるかを確認するのが、後ろ向き研究である。
どちらの研究でも、環境の違いと、病気になったかどうかの違いで、2かける2の、4通りの表を作る。この表をもとに、環境と病気の関係について、分析をすることになる。
前向き研究で、喫煙あり、喫煙なし、それぞれ1,000人について、糖尿病になったかどうかの研究を行い、その結果、次のような表が得られたとする。
この表をもとに、評価する方法として、「リスク比」がある。リスク比というのは、喫煙ありの人全体のうち糖尿病になった人の割合は、喫煙なしの人全体のうち糖尿病になった人の割合よりも、○倍大きい、ということを示すものだ。この例では、リスク比は、4(=(400/1,000)/(100/1,000))となる。
次に、後ろ向き研究で、喫煙と糖尿病の関係を捉えてみよう。
糖尿病ありの人と、糖尿病なしの人を、それぞれ500人ずつ抽出したい。上の表で、糖尿病ありの人は500人だから、そのままにしておこう。一方、糖尿病なしの人は1,500人いる。
そこで、この1,500人から、3人に1人の割合でランダムに500人を抽出することにしよう。その結果、次の表が得られたとする。
例2で、例1と同じように、リスク比を計算してみよう。すると、2.7(=(400/600)/(100/400))となる。研究方法を変えただけなのに、リスク比が下がってしまった。
実は、例2では、リスク比の値には、意味がない。喫煙ありの600人は、糖尿病ありの400人と、なしの200人を足し上げた数値に過ぎない。「喫煙ありの600人を抽出したところ、400人が糖尿病ありだった」というわけではないのだ。
では、どうしたらよいか。そこで、出てくるのが、「オッズ比」だ。ここで、オッズとは、病気がない人に対して、病気がある人が何倍いるかを表す値のことだ。例1や例2では、糖尿病なしの人に対して、糖尿病ありの人が何倍いるか、がオッズとなる。
喫煙ありの人と、喫煙なしの人について、それぞれのオッズを計算して、その比をとったものが、オッズ比となる。例1では、オッズ比は、6(=(400/600)/(100/900))となる。例2でも、6(=(400/200)/(100/300))と、同じ値が得られる。このように、オッズ比を使えば、研究方法によらずに、同一の値が得られるというメリットがある。
ただし、オッズ比には、デメリットもある。数値の解釈に、注意が必要となるのだ。リスク比と同様に、「喫煙ありの人が糖尿病になるリスクは、喫煙なしの人の6倍」などと言うことはできない。
オッズ比は、「喫煙ありの人は、喫煙なしの人に比べて、糖尿病にかかる割合が高い」ということまでしか言えない。つまり、オッズ比では、リスクが何倍なのかを定量的に表すことはできないのである。
数値で表された結果を評価したり、解釈したりするときには、リスク比やオッズ比などの指標を、そのメリット・デメリットを踏まえて、正しく用いる必要があると考えられるが、いかがだろうか。
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(2018年1月5日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
保険研究部 主任研究員