北方領土と平和条約締結の交渉をめぐり、ロシアが日本に強く求めていることがある。
それは「第2次世界大戦の結果、北方領土は合法的にソ連に移り、ロシアが継承した」ことを日本が認めることだ。
北方4島はロシア(ソ連)に不法占拠されているとする日本としては受け入れ困難な要求だが、「認めることが交渉の第一歩」と、ロシアの姿勢は頑なだ。
ロシアがこの主張の根拠と位置づけているのが、「旧敵国条項」と呼ばれる国連憲章第107条だ。ロシアの言い分に説得力はあるのだろうか。旧敵国条項をめぐる「歴史」をみながら考える。
「南クリル(北方領土のロシア側呼称)の島々は第2次大戦の結果、合法的にソ連に移り、それをロシアが受け継いだ。日本がこれを認めることが平和条約交渉の第一歩だ」。
ロシアのラブロフ外相は1月14日、険しい表情で記者たちに語った。この直前、北方領土問題と平和条約締結について協議するため、モスクワを訪問した河野太郎外相と会談。ラブロフ氏はこの中で、同様のことを日本側に伝えた。
北方領土について日本は「ソ連や後継国家ロシアの不法占拠が続いている」との立場だ。
第2次大戦をめぐって連合国は「領土不拡大の原則」を宣言していたが、ソ連はそれに反して戦争終結後に北方領土を次々と占領したからだ。
旧敵国条項とは
北方領土が「合法的にロシアに移った」根拠としてロシアが挙げるのが、国連憲章の「旧敵国条項」の1つ、第107条だ。条文は次のように書かれている。
「この憲章のいかなる規定も、第2次世界大戦中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない」
「署名国の敵であった国」は、連合国と戦った日本やドイツ、イタリアなどを指す。つまり、そうした旧敵国に対し、第2次戦争の結果として起こした行動や許可した行為について、国連憲章は無効にしたり、制限したりすることはできない、という内容だ。
ロシアはこの条文を援用し、対日参戦の見返りにソ連が南樺太と千島列島を得ることをアメリカ、イギリスと約束した「ヤルタ協定」の有効性を主張した。
その上で、北方領土は千島に含まれるとして島々の占領、取得は合法だったと訴えている。
ヤルタ協定については、日本は「当事者である自国がその存在を知らなかった」として無効だとし、アメリカも戦後になって「政府の公式文書ではなく無効」と表明している。
では、旧敵国条項についてはどうか。日本やドイツなどは長年、国連でこの条項の削除を訴えてきた。
1995年12月には国連総会で、条項が「時代遅れ」で、「将来の最も早く、適切な会期に憲章改正手続きを開始する」との決議を賛成155、反対ゼロで採択した。
だが、削除に向けた作業は鈍く、いまなお条文は残っている。
背景には、憲章改正には加盟国の3分の2以上の賛成と批准が必要とされるなど作業が大がかりかりになるほか、ほかにも現状に合っていない項目が複数あり、それらの改正と同時に進めたほうがいいとの意見があるからだ。
一方で、旧敵国が国連に加盟した時点で条項は無効になっているとの解釈もある。ドイツなどは「既に死文化している」などとし、特段問題視していない。
ソ連も無効確認
ロシアの前身国家ソ連も、107条を根拠にヤルタ協定の有効性を主張していた。だが、冷戦の終結とともに態度を軟化させていった。
1991年4月にはゴルバチョフ大統領が海部俊樹首相と会談して日ソ共同声明を出した。その中で、「旧敵国条項がもはやその意味を失っていることを確認する」としていた。
そんな両国の融和ムードが険悪化したのが、2009年7月に日本政府が「北方領土特別措置法」を改正したことだった。
当時の首相は麻生太郎氏で、この法律の中で北方領土を「我が国固有の領土」と明記した。
これに対し、ロシア側は反発し、上下院が非難声明を出した。日本政府はさらに「強硬」な態度に出て、北方領土を「ロシアが不法占拠している」とする答弁書を閣議決定した。
2010年11月、メドベージェフ大統領(当時)がソ連・ロシアを通じて国家元首として初めて国後島を訪問。領土問題をめぐって両国は応酬し、次第に対立が深まっていった。
ラブロフ外相が「第2次大戦の結果、北方領土が合法的にロシアに移った」と盛んに言い出すようになったのはちょうどこの頃からだ。
ロシア外交が専門の岩下明裕・九州大は「普通に考えれば旧敵国条項は有効ではない」としつつも、「日ソ共同宣言に色丹、歯舞を引き渡すと書かれているのに、主権を渡すとは書かれていないという詭弁を使うロシアだから、1991年の共同声明で旧敵国条項の無効を確認したとしても、どんなことを言ってくるかわからない」と話している。