尽きないお金の悩み
※本のコマからの転載は、出版社の了承を得ています。
私が抱える世の中への疑問や悩みの大半は、お金にまつわるものだ。
・在宅ワークで努力しているつもりが、なかなか収入が増えない
・子どもが将来苦労しないで済むよう、親として何かしてあげたいけど、日本経済の先行きも見えない中、どうすればいいか分からない。大企業に入れば幸せになれるの?
・保育士は激務の上、低賃金らしい。1歳の息子を保育所に入れるのが不安で躊躇してしまう。入れても保育料が高く、家計はますます火の車になるだろう
・子ども達の学費、ちゃんと貯金できるかな?
・夫は長時間勤務。いつも疲れている。他人の役に立つ仕事なのに、労働に見合う対価がもらえていない気がする お金の悩みは友だちにも相談しづらい。ファイナンシャル・プランナーやカウンセラーに相談するのには、多かれ少なかれお金がかかりそうだし、踏み出すのに勇気がいる。
そこで本を読むことにした。自己啓発書やビジネス書もいいけど、今回手にとったのはマンガ、『エコノミックス――マンガで読む経済の歴史』(マイケル・グッドウィン 著、ダン・E・バー 画、脇山美伸 訳、脇山俊 監訳、みすず書房)。たちまち夢中になった。
参考:朝日新聞デジタル編集部浜田陽太郎次長 WEB RONZA「こども保険」をどう考える? ハフポスト日本版 ライフスタイル笹川かおり編集長「 #介護士辞めたの私だ 」に悲痛な声 重労働、残業、怪我...「初任給は8万円でした」
弥生坂 緑の本棚で読書会
同書の読書会が根津にある弥生坂 緑の本棚という古本カフェで開かれると知り、本書への愛と、お金や経済、社会に対する疑念を誰かと共有したいと思い、参加を決意した。2017年9月15日のことだ。
経済の歴史から、現代社会のお金にまつわる問題、悩みの解決策が見えてくる
訳者の脇山美伸さん(29歳でイタリアへ移住。映像制作のかたわら、経済と食を主なテーマに、執筆、翻訳、通訳をしている。2016年よりポルトガル在住)とお父様で監訳者の脇山俊さん(スタンフォード大学経済学修士、通商産業省、世界銀行などに勤務。埼玉大学教授、政策研究大学院大学客員教授も務めた) によると、この本はモデルや数式によって何でも証明しようとし、無味乾燥な一般的な経済学の本とはひと味違っているらしい。歴史というレールの上にのせて経済を語っている点がこの本の大きな特徴だそうだ。
訳者自らヤマザキマリさんに手紙を送り、帯の推薦文を書いてもらう
帯には経済学者の水野和夫さんと漫画家のヤマザキマリさんの推薦文が載っている。実は後者のヤマザキマリさんについては、訳者の脇山美伸さんご自身が、『テルマエ・ロマエ』などからも分かるように歴史好きなヤマザキさんなら、今回の『エコノミックス』にも興味を持ってくださるのではないかと思い、手紙を送り推薦文を書いていただけないかお願いしたそうだ。
経済アナリスト森永卓郎さんオススメの1冊に選ばれる
『エコノミックス』は雑誌「プレジデント・ウーマン』2017年10月号『読み始めたら止まらない名著&映画50』という特集の中で、経済アナリストの森永卓郎さんオススメの1冊に選ばれ、「"経済学の世界地図"のような本」と評された。
アダム・スミスは実は労働者の味方だった
経済の歴史を描いた本書で最初に登場するのは、1700年代に経済学を理論家したアダム・スミスだ。訳者の脇山美伸さんによると、著者のマイケル・グッドウィンはスミスの膨大な著作『国富論』を原著で2度も読み込み、『見えざる手』という有名すぎる言葉の陰に隠れたもうひとつの大切なメッセージに気がついた。
そのメッセージとは、
・政府は雇い主よりも立場の弱い賃金労働者を保護すべき
・高い利益を得るため、賃金が低く抑えられがちなので、事業の利益は高すぎてはいけない
・社会の大多数である勤労者が、貧しくみじめな生活を送る社会に幸福も繁栄も訪れない
・資本家が労働者を求めて競い合うことで、賃金を押し上げられる
・人は恐れと困窮にかられて働く時より、高賃金をもらった時の方がよく働くので、最低賃金より高い賃金を払った方が効率がいい
というものだった。
参考:ハフポスト日本版 ニュースエディター和田千才副編集長 スズキ、始業前の5分間体操に賃金支払わず 労基署から是正勧告受け1000万円支払い
『国富論』の隠れた大事なメッセージ――資本家にだまされるな
アダム・スミスといえば、自由放任というイメージがあるが、実は彼は市場の限界にも気づいていた。スミスの時代にも、大資本家は市場の制約から逃れることができた。例えば市場を支配したり、補助金や保護関税などについて都合のよい法律を作らせたりする政治力があったようだ。「こういう法律は社会のためにならない。でもそれを見破れる人はなかなかいない」と著者のマイケル・グッドウィンは指摘している。
スミスは『国富論』の中で、
◎大資本家が自分達のいいように政府を動かすことが危険だ。資本家に気をつけろ!
と説いていたのだった。読書会で訳者と監訳者は特にこの部分について重点的に説明していた。
参考:ハフポスト日本版 和田千才副編集長 チーズの関税どうなる? EUとのEPAで大枠合意
どうしてメディアは権力者の思惑を分かりやすく伝えてくれないのか
今でも資本家は赤い舌を出して笑っているのだろうか?『国富論』が出されたのは1776年。どうして人類はこの重要な警鐘に耳を傾けず、何度も資本家にだまされてきたんだろう?
それはこの書があまりに膨大であったために、一般市民にまで読まれてこなかったことが原因のひとつだろう、と訳者の脇山さんは言っていた。 今回の作品のように『国富論』を簡潔に分かりやすく示した作品がもっと早く出されていたら、と悔やまれる。私ももっと早くこのメッセージに気づいていたら、お金を巡る社会のしくみや誰がズルい人なのかを見抜けたかもしれないのに、と悔しくなった。
こんなに毎日一生懸命新聞を読み、ニュースを観ているのに、私には気づけなかった。どうしてメディアは権力者の思惑を分かりやすく教えてくれないんだろう?
参考:ハフポスト日本版安藤健二ニュースエディター 【加計学園】「メディアまで私物化されたら日本の民主主義は死ぬ」前川喜平氏、出会い系バー報道を批判
権力とお金をめぐる欲望まみれの人間の姿
この本ではアダム・スミスのことだけでなく、世界の経済の歴史が350年にわたり描かれている。
私が個人的に印象に残ったテーマは以下。
☆法人とは何か
参考:ハフポスト日本版 坪井遥エンゲージメントエディター/LINE編集長 「働きかた改革」全盛の時代に、マザーハウス副社長・山崎大祐が語る"会社"の存在意義
☆政府による法人支援
☆貿易摩擦
☆資本主義の問題点
☆戦争の大義名分に隠れた人間の欲望
参考:ハフポスト日本版吉川慧ニュースエディター 【終戦の日】「日本が失敗するパターン」とは 歴史家・磯田道史さんと近現代史をひも解く
☆経済を牛耳る大企業
☆経済界のズルい人達
参考:ハフポストブログ中島聡さん 銀行に騙されてはいけない。「アパートローン」の甘い罠
☆アメリカ言いなりの世界
☆労働組合と大企業
参考:朝日新聞 牧内昇平、千葉卓朗、贄川俊記者 労組なのに「味方じゃない」 愛社精神要求、解雇臭わす
大企業=悪か?
「本の中で大企業が悪者として描かれすぎているのではないか」という感想が読書会で挙がった。確かに
その通りだ。企業の中で働く人の中にも、社会のためになりたい、他人の役に立ちたいと思っている人もいるのに。
著者は「ぼくが知る限りは、大企業を完全に説明できた人はまだいない。経済、政治、文化を大きく左右する大企業というものの存在は無視できない」と書いている。
参考:企業の社会的責任をテーマにした児童書『このTシャツは児童労働で作られました。』(汐文社)
鍵は民主主義
作品の最後で著者は問題の鍵を握るのは民主主義だと説いた。
経済成長をただ追い続けるのではなく、私達ひとりひとりが、どんな風に働きたいのか、どんな生活がしたいのか、経済に何を求めているのかを考える必要性があるという。
参考:朝日新聞 自民の改憲論議、石破氏「党内民主主義としておかしい」
読書会ってセラピーみたい
読書会の会場だった弥生坂 緑の本棚の店主は元お花屋さんだという。
店主のウェルカム精神溢れる接客や絶品カレー、コーヒー、店内に溢れる緑、訳者、監修者、編集者、その他参加者の皆さんの人柄のおかげだろうか。リラックスしてお金についての悩みや、経済や世の中のしくみについて語り合うことができた。 人間のむきだしの欲望を臆することなく描いた本作『エコノミックス』を通し、参加者の経済、世の中への見方、人生観、働くこと、お金を稼ぐことへの考え方が浮き彫りになった。私も普段ママ友にはあまり話せない社会的な話をTwitterでつぶやくのでなく、直接人と顔を突き合わせて話せたことで、心がすっとした。読書会って何だかセラピーみたいだ。
ママも世の中のことを知りたい
主婦だって世の真実を見極めたい。赤ん坊を背負って家具屋さんや住宅展示場に行った時、「今日はご主人様は?」って相手にされなかったこともあるけど、私だって社会の一員としてもっと認められたいんだ。
本の中では私達ひとりひとりが経済のゆがみを正すため、社会を変えるため、小さくてもできることも触れられている。これ以上、権力者にとって不都合な真実を見過ごしたくないよ。世の中のしくみをもっともっと知りたい。無力感にさいなまれ、暗くなっていた私の心に、今、未来への願いと希望のかすかな光が差し込んでいる。
参考:東洋経済オンライン佐藤 ちひろ フリーライター 時給900円の求人に、なぜママが殺到したのか
本の質は低下している?
昨今、本の質の低下が危惧されているが、この本はそれとは全く無縁な本だ。
原著者と画家が数年にわたって著した本作の素晴らしさを訳者の脇山美伸さんとみすず書房の小川純子さんが見抜いた。訳者は原著者マイケル・グッドウィン氏と、スカイプ・メール等で疑問点も解明しつつ翻訳。また訳者と監訳者は、各ページについてポルトガル・日本間で何度もスカイプでディスカッションを重ねた。それを名編集者が丁寧に編集。
大量に出る新刊の中に、決して埋もれさせてはならない名著である。