竹下隆一郎 1979年生まれ。朝日新聞メディアラボ・2014年-2015年スタンフォード大学客員研究員
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■村上春樹のような視点
村上春樹の長編小説「アフターダーク」は、上空からのカメラのような視点で夜の都会の街を見下ろす描写から始まる。村上作品といえば、「僕」という一人称の主人公が身の回りの世界を語るイメージがある。
だが、この小説の語り手は「私たち」という変わった人称で、世界を自由自在に飛び回れる鳥のような視点で物語をつづり、真っ暗な空の上から都会を眺めていたと思ったら、次のシーンでは繁華街のビルの壁やゲームセンターの描写が始まり、ファミリーレストランの店内の場面に移り変わる――。上空から地上へ、と視点をめまぐるしく変えて読者の視点をずらす様子は、まるで「ドローン」を動かしているみたいだ。
ドローンは、無人の小型飛行機の総称。慣れるまではちょっと大変だが、数時間練習すればリモコンで自由自在に空を飛ばせる。小さなレンズが付いている物もあり、画像や動画の撮影もできる。下の男性が手にしている白い機械がそれだ。
■アフリカ発のドローンジャーナリズム
ケニア出身の記者で、ドローンを使った報道の先駆者として知られる、ディケンズ・オレウェさん(写真上)の話を聞いていると、いつも「アフターダーク」の場面を思い出す。オレウェさんも、よくこんなことを言う。「ドローンによって、記者たちは、これまでとはまったく違う切り口で、世界を観察できる。当たり前の風景も、真新しく感じる」。
オレウェさんは2102年に、仲間と一緒に、アフリカで初めてのドローンジャーナリズムのグループ「AfricanskyCAM」を作った。ドローンを飛ばして、上空からアフリカの野生動物を撮影したり、ゴミ集積場を撮って環境汚染の問題を指摘したりしてきた。
野生動物の映像は、一見するとこれまでテレビのドキュメンタリーで見てきたような動画に見える。しかしドローンは、重厚なヘリコプターと違って小回りが利き、キリンの群れを上空から撮ったかと思えば、するすると降下し、低空飛行で、川の水や風の音が聞こえるような高さでアフリカの自然を切り取る。オモチャのような小さな機器なので動物も驚かないのか、キリンがじっとカメラの方を見つめているのが何ともかわいらしい。動物に近づける特性を生かし、今後は絶滅の恐れがある動物の生態を撮影して、自然保護を訴える作品もつくりたいという。
ラグビーの試合をおもしろい視点で撮影したり、寺院や城などの歴史的建造物を立体的に映して隠れた魅力を引き出したり。これからドローンを使った報道や番組作りは多くの分野で進む、とオレウェさんは期待する。
■「デモ取材でも活用できる」
これまでケニアのメディアにとって、高価な報道用ヘリコプター を手に入れるのは難しかった。ドローンなら数万円から数十万でも買える。たとえば、政治的デモや災害が起きれば、当局者に都合が良い映像だけではなく、地元記者が空から見た独自の動画を手に入れることができる。空からデモを撮影すれば、当局発表や主催者発表をうのみにせずに、集まった人の大まかな人数を知ることができるし、参加者に暴力が振るわれていないかなど不正を監視できる。あるいは、洪水や火事などが起きれば、取り残された地域の人や支援が行き届いていない地域を発見することもできるかもしれない。
米国の大手テレビ局CNNも今春、1960年代の公民権運動の象徴となった橋をドローンで撮影し、放映した。ある米国の大手テレビ局の幹部は「今後は、デモなどが起きたとき、市民の列の間をすり抜けるような映像を撮りたい。上空からの動画は、どうしても『鳥の目線』になり、取材対象者と視聴者を切り離す。目線の位置を動かすことで、デモに参加している人たちと視聴者がより親密な関係になれるはずだ」と話す。
「ちょっと離れたところからの撮影でも、パーソナルな感情を視聴者に与える。とても不思議なマシーンだ」。
■無人の暗殺機
もともとドローンは、軍事目的のテクノロジーとして注目されてきた。遠く離れた土地から、相手の軍やテロリストの動きを監視したり、武器を積んで攻撃を仕掛けたりすることができ、自国の兵士の犠牲を減らす「軍事イノベーション」とされるからだ。
エアコンがきいた部屋でゲームのように人を殺す姿を想像すると恐ろしくなる。リチャード・ウィッテル「無人暗殺機 ドローンの誕生」(文藝春秋)によると、2001年時点で、米軍が所有していた無人機はわずか82機だったが、2010年には8000機近くに増えているという。多額の軍事マネーが研究開発に投じられた影響もあって、ここ数年、ドローンの性能向上や低価格化が進んだ。
注目されているのは、報道目的だけではない。たとえば、米ネット通販大手のアマゾンは、商品の宅配に使うための実験を始めているし、日本でもソニーが、2016年からドローンを使って橋の点検や測量などをする事業に参入することを発表した。警備保障大手のセコムは、不審者の顔や車などを撮影する警備用のドローンを開発中だ。
■テクノロジー活用の「良い先例」
もちろん課題もある。今年7月にカリフォルニア州であった山火事では、ドローンが飛び回り、「消火活動を妨害している」という批判が起こった。米連邦航空局はドローンが飛べる高さを制限するルール作りを検討している。日本でも首相官邸の上空をドローンが飛んで落下し、動かしていた人が威力業務妨害などの容疑で逮捕される事件などがあったため、住宅が多いところや夜に飛ばせなくするなど、国が規制に乗り出している。
ドローンジャーナリズムを推進するオレウェさんもこうした「ドローンの負の部分」を克服することが課題だ、と話す。彼は働いていた新聞社「スター」を離れ、米国スタンフォード大学に留学。米シリコンバレーの技術者や大学教授と、ドローンの報道での安全な使い方やルール作り、プライバシー保護について話し合いを進めている。
これまでは、ペンを使って権力を批判したり、問題提起をしたりするのが一般的な記者のイメージだった。しかし、オレウェさんを見ていると、「新しいテクノロジーとの付き合い方」を報道を通じて実験して、社会に提言する、新しい記者像が見えてくる。事件や事故が起きてからテクノロジーの話題を取り上げ、よく分からないから怖がり、負のイメージを増幅させる大手メディアとは違う。
米国の大手新興メディア「バズフィード」に所属し、オレウェさんとともに「ドローン記者」(本人は自分のことを、Journalism Technologistと私に名乗った)として有名なベン・クレイマーさんはこう話す。「人から話を聞いたり資料を読むことも大事だが、それだけでなく、様々な手段を通して多くのデータや記録を手に入れるのがジャーナリズムの役割だと思う。新しい技術が簡単に使えるようになり、世界を色々な角度から切り取り、保存し、分析できる社会になったのだ」。