ドライバーは目の検査を! ~認知症だけではない!高齢者ドライバーに潜む

昨今、高齢者ドライバーの認知症対策強化が話題になっているが、事故を減らす対策の一環として必ず目の検査を受けてほしい。

筆者は緑内障専門の眼科医として、大学病院に勤務している。研修医時代から、いわゆる「都市部の病院」に15年間勤務した後、2005年に「地方の病院」である自治医大に赴任したのだが、一番驚いたことは、重症緑内障患者が、視野狭窄による安全確認の不足が原因と疑われる事故を起こしていたことであった。公共の交通機関の発達した「都市部の病院」では、患者自らが運転することは、ほとんどない。一方、「地方の病院」の患者は、公共交通機関の便が悪い上に、路線バスの撤退などが追いうちをかけて、通勤・通学・通院・買い物などに車の運転は欠かせない。

その重症緑内障患者は、「運転はやめました。人身事故を起こしてしまって・・・対物事故を3回起こし、まずいな、とは思っていたのですが、通勤のため車は必要で、運転を続けていました。ある日、交差点を左折した時に,歩行者がいるのに気づかず,ひっかけてしまったんです。幸い怪我は軽かったのですが・・。」と振り返った1)。主治医でありながら、運転していることすら知らず、何の注意も与えなかったことが悔やまれた。ほかにも、外来では、「信号やウインカーが見づらい」「突然横に車がでてきてびっくりした」「赤信号が青になったのに気がつかなかった」など、運転に対する不安を聞くことも多い。

緑内障は、何らかの原因で視神経が障害され、視野が徐々に狭くなる疾患であり、わが国における中途失明につながる視覚障がいの原因疾患の第1位である2)。2000年から2001年にかけて多治見市で行われた疫学調査では、わが国の、40歳以上の成人の緑内障有病率は5.0%であり3)、国内の推定患者数は350万人とされている。緑内障の有病率は、40歳台で2.2%から、加齢とともに有病率は高くなり、80歳以上では11.4%と、9人に一人の割合となり、高齢者の代表的な目の疾患といえる。緑内障はゆっくり進行するため、自覚症状に乏しい。また、片眼が見づらくても、もう片眼で補填されるため、病気に気づくのが遅れる。このため、9割が無自覚・未治療であるとされている。

視野が狭くなることにより、信号や交通標識の確認、左右からの飛び出し等の危険予知が困難になる。しかし、日本の普通運転免許取得・更新にあたっては、両眼の視力が0.7以上、かつ一眼の視力が0.3以上であれば、視野検査は行われない。このため、緑内障により著明な視野狭窄をきたしていても、中心視力が良好な場合は、運転免許を取得することは十分可能である。なお、日本のみならず、海外でも、視野検査方法や視野範囲の規定の違いはあっても、中心視力が良好な場合に運転可能であることは同様である。

過去の報告では、緑内障が重症になるほど、事故(過去5年間の事故歴)が多くなる、という報告は多い4)5)6)。一方、緑内障と診断され、運転を控えるようになったり、夜間や雨の日といった、悪条件での運転を控えることにより、かえって事故率が低くなるという報告もある7)。自治医科大学眼科では、緑内障患者の事故率を、年齢をマッチングした病期ごとに調べた結果、各群29名中、過去5年間の間に事故歴があったのは後期群で10名(34.5%)と、初期群の2名(6.9%)、中期群の0名(0%)と、後期群で有意に事故歴が多かった8)。しかし、今までは、どの程度、どの部位の視野が障害されると自動車事故を起こす危険性が高まるのか、ということは、分かっていなかった。

そこで、筆者らは、本田技研工業株式会社の協力のもと、視野狭窄患者用ドライビングシミュレータを開発し、重症緑内障患者に対して検査を行った。その結果、視野障害度が高いほど、自動車事故のリスクが高いことが分かった9)。次に、事故を起こした場面に、重症緑内障患者の視野検査結果を重ねたところ、視野感度が低下している部位と、対象物の先端およびその近傍の軌跡とが重なり、視野障害と自動車事故が関係していることが証明できた。さらに、ドライビングシミュレータのリプレイ画面を見せることで、患者本人や家族に、「なぜ、事故を起こしたのか」を知らせることができた(動画:Video)。今後は、アイトラッキング機能が搭載されたドライビングシミュレータを用いて、さらに多数例での検討を行い、視野狭窄患者の安全運転に関する指導指針をまとめたいと考えている。

大多数の方は、ご自分の目の状態を知り、注意をすることで、自動車事故のリスクは減ると考える。「まさか自分が・・」と、眼科を受診せずに運転しているのが、実は、一番あぶないのではないか。昨今、高齢者ドライバーの認知症対策強化が話題になっている。しかし、高齢になるほど、緑内障をはじめとした目の疾患も増えることも忘れてはならない。

緑内障による視野狭窄は、治療により改善することはない。しかし、多くの緑内障は、ゆっくり進行するので、早期に発見さえできれば、生涯にわたり、見づらさを自覚することなく過ごすことは十分可能である。わが国の、総人口に対する65歳以上の高齢者の割合は、2013年には25.1%、50年後の2060年には39.9%、すなわち2.5人に1人が65歳以上という「超高齢社会」に突入すると見込まれている。その中で、高齢者ドライバーの事故を減らす対策の一環として、ハンドルを握る以上は、必ず目の検査を受けてほしいと思う。

国松志保(くにまつ・しほ) 東北大学病院眼科講師、自治医大附属病院眼科非常勤講師。千葉大学卒。東京大学医学部附属病院、自治医科大学附属病院を経て、2012年から東北大学病院勤務。

1)青木由紀、国松志保、原岳:自治医大緑内障外来にて交通事故の既往を認めた末期緑内障患者の2症例.あたらしい眼科 25: 1011-1016, 2008

2)中江 公裕ほか:厚生労働科学研究研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究 平成17年度 総括・分担研究報告書:263,2006

3)Iwase A, Suzuki Y, Araie M, et al. Iwase, A. et al: The prevalence of primary open-angle glaucoma in Japanese: the Tajimi Study. Ophthalmology. 2004; 111(9): 1641-8.

4)Owsley C, Ball K, McGwin G, et al. Visual processing impairment and risk of motor vehicle crash among older adults. JAMA. 1998;279:1083-1088.

5)Johnson CA, Keltner JL. Incidence of visual field loss in 20,000 eyes and its relationship to driving performance. Arch Ophthalmol. 1983;101:371-375.

6)Tanabe S, Yuki K, Ozeki N, et al. The association between primary open-angle glaucoma and motor vehicle collisions. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2011 Jun 13;52(7):4177-81

7)McGwin G, Mays A, Joiner W, et al. Is glaucoma associated with motor vehicle collision involvement and driving avoidance? Invest Ophthalmol Vis Sci 2004;45:3934-3939

8)青木由紀、国松志保、原岳、:緑内障患者における自動車運転実態調査.あたらしい眼科 29(7): 1013-17, 2012

9)Kunimatsu-Sanuki S, Iwase A, Araie M, et al. An assessment of driving fitness in patients with visual impairment to understand the elevated risk of motor vehicle accidents. BMJ Open 2015;5:e006379-e006379. Available at: http://bmjopen.bmj.com/cgi/doi/10.1136/bmjopen-2014-006379

(※この記事は、2015年6月16日発行のMRIC by 医療ガバナンス学会 Vol.117「ドライバーは目の検査を! ~認知症だけではない!高齢者ドライバーに潜む」より転載しました)

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