社会人になって純粋に遊べなくなった【これでいいの20代?】

東京で就職したら人生は絶対に楽しくなると思った。
鈴木綾

私の本当の名前は鈴木綾ではない。

かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。

22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話、この連載小説で紹介する話はすべて実話に基づいている。

もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。

ありふれた女の子の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。

◇◇◇

東京で就職したら人生は絶対に楽しくなると思った。なぜかというと、働いてる人は学生と違って遊べるお金があるし、東京には遊ぶ選択肢がたくさんある。

実際に社会人になってみたら、人生は思ったほど楽しくなかった。もちろん友だちと飲みに行ったり映画を見に行ったりしたけど、週末にしかできない家事もあったから映画館や美術館に思ったほど行けなかった。週末遊びすぎて疲れると、月曜から仕事がちゃんとできないから、飲み会のときは早めの時間に帰るようにした。二日酔いになったら大事な休日も無駄になるため、金・土は飲みすぎないように心がけた。

遊べるお金はあったけど、純粋に遊ぶことが難しくなった。

会社の同僚はどうなんだろう?人生を楽しんでいるのか?「週末をどう過ごしてますか?」と軽く聞いてみた。「疲れてるからあまり外に出かけない」。予想は的中、みんな休日を十分に楽しんでいなかたった。一番びっくりしたのは結婚して子供を持っていた人たちの回答だ。「そうね。最近友達たちに会ってないね」。家族を持ったら友達に会えなくなる?そんなのつまんない。その時の自分にとっては友達が何よりも大事な人間関係だったから信じられなかった。

社会人になって本当に自由に楽しく遊ぶことってないのか。

ある日、友達のちひろから連絡があった。今度東京に来るらしい。学生時代の昔話ができるちひろみたいな友達と一緒だったら休日も本当に楽しく遊べるはず、と思った。

ちひろは大学時代からの友人だ。私が大学の図書館で「相対性理論」というバンドを調べていたら隣に座っていたちひろにいきなり声をかけられた。

「相対性理論好きなんですか?」

ナンパかと思ったら彼が単純に相対性理論が好きで知ってる人に会うのが単に嬉しかっただけみたいだった。それがきっかけで友達になった。

ちひろは一見、典型的なオタクだった。スポーツが苦手、よく引きこもって本を読んだりしてた。普段は真面目な顔をして若干無愛想だったが、嬉しいとき歯を見せずに口の端を上げて目を輝かして笑った。そのときだけ、彼の静かな優しさが見えた。

私は東京に引っ越したけど、ちひろは映画研究をするために地元の大学院の人文社会科学研究科に進学した。アルバイトをして自分で学費を払っていたけど、まだ家族と一緒に狭いマンションに住んでいた。私が東京に引っ越して数カ月してからちひろはやっとなんとか東京に来るお金を貯めてフィンランドの伝説映画監督、アキ・カウリスマキ監督特集を見に来た。

ちひろは土曜日の午後にきて、一緒に「パラダイスの夕暮れ」を見に行った。終わったら、飲みに下北に向かった。電車の中でイヤホン半分こにしてフィッシュマンズを聞いた。渋谷で乗り換えて岡本太郎の「明日の神話」の前を通ったら、ちょうどフィッシュマンズの「土曜日の夜」が流れた。音楽と巨大の絵の破壊的な迫力で息が止まった。逆方向に歩いていた人たちにぶつからないように改札に急いだ。落ち着かない。明日、世界が滅びるかもしれないけど、今夜を楽しもう。

下北で駅前に漫画を朗読するおにいさんに「カイジ」を読んでもらった。UFOキャッチャーでラスカルのぬいぐるみをちひろにとってもらった。そして安いバーでレモンサワーを頼んだ。テーブルでお互いに向かい合って座って飲んだ。

「ちひろは将来なにすんの?」

「まぁ、大学がゴミだから先生になるのはどうかなと思う。」

「えぇ、何がそんなにいけないの?」

「上下関係。カッチカチしてる。例えば、女友達がゼミの先生からセクハラを受けてるけど、学校に訴えない。先生は神様みたいな存在だから。最近彼女の相談に結構乗っている。」

「大学がそんなにダメだったら、東京に引っ越してこっちで就職してよー。同じ東京にちひろが住んでいたら楽しい。」

「僕は東京で何ができる?」

「わかんないけど、ミニシアターとかで仕事したり。あの、移動映画館のキノ・イグルーみたいな仕事とか。きっとなんかあるよ。」

「東京は人が多すぎる。映画の世界はたしかにここに集中しているけど、東京はいやです。高いし。」

「だけど、あやは東京に来たときお金もなにもかったよ! それなのにいいところに就職できた。20万あればいける。シェアハウスに住めばいい。」

「そう?東京で就職することはそんな簡単じゃないと思う」

「探せばいいじゃん! だって、大学の教授にならなかったらどうする?」

「公務員になって市役所で働きます。公務員になったら、仕事と研究を両立できる。平日の夜や週末に映画を見たり批評記事を書くこともできる。」

「どんな仕事でも夜は疲れるよ。私だって小説家になりたいけど夜は疲れててものなんか書けないよ。公務員だったら残業もあるんじゃないの?」

ちひろは顔を無表情にした。人から責めてほしくないときによくやった。

「研究が続けられたらいい。研究は一番大事。この国は映画を芸術として認めてないので仕事の選択肢がないのは仕方ない。研究を続ける」

もっと突っ込みたかったけど、諦めて話をカウリスマキ監督に戻した。

ちひろがバーテンダーと昔の音楽の話をして笑ってた。私より飲むペースがはるかに早くてすでに結構酔っ払ってた。

一番仲良しだった友達との間に隙間風が入った気がしてすごく孤独感を感じた。

東京で就職したら、私は将来に対してすごく楽観的になった。就職できて経験を積んだら何でもできるじゃん?ちひろも同じ可能性を持っているはず。にもかかわらず将来に対してどうしてそんなに悲観的なのかな?大学の教授にならなかったら就職先がそんなにないのは確かだけど「社会がアート分かってない。社会は若者に優しくない」と社会のせいにするって、逃げてるだけ。

彼はまだ純粋な楽しみを忘れずに持ってる。今の私は自信と向上心を持ってる。どっちの方が幸せになれる?

空が明るくなってきた。

私は笹塚駅前のセブンの外の白いプラスチックの椅子に座って朝を待ってた。ちひろは永遠に遊び続けられそうな勢いで酎ハイ飲んでフィッシュマンズ歌ってた。私はアイスティをストローで飲みながら、なんで自分はこんなに眠いんだろう、って思ってた。