「トランプ辞任」と大見出しで報じる「ワシントン・ポスト」の号外が16日、首都ワシントンで配布された。
配布された号外は1万部にのぼるが、全くの偽物だという。
偽号外を作成したのはアクティビストであり、メディアアーティストでもあるグループ「イエスメン」。
メディアをハックするアクティビストとして、ワシントン・ポストにも登場したこともある。
これまでにも、2008年に「イラク戦争終結」との見出しの偽「ニューヨーク・タイムズ」を発行・配布、2011年の「オキュパイ・ウォールストリート(ウォール街を占拠せよ)」も支援するなど、数々の騒動を仕掛けている。
すでに15年以上、「メディアハック」と「フェイクニュース」を確信犯として展開してきたグループだ。
●ホワイトハウス前などで
There are fake print editions of The Washington Post being distributed around downtown DC, and we are aware of a website attempting to mimic The Post's. They are not Post products, and we are looking into this.
— Washington Post PR (@WashPostPR) January 16, 2019
女性の権利擁護NGO「コードピンク」は、フェイスブックに偽号外配布の動画を投稿している。
偽号外は8ページ立て。発行日付は、4カ月後の2019年5月1日になっている。
本物のワシントン・ポストのロゴやレイアウトに似せ、「辞任(Unpresidented) トランプ氏は即座にホワイトハウス退去、危機は去った」とのトップ見出しと厳しい表情で目を閉じるトランプ氏の写真。
主見出しになっている「Unpresidented」という聞き慣れない言葉は、トランプ氏が米大統領選当選後の2016年12月、中国を批判するツイートの中で、「Unprecedented(前代未聞の)」と書こうとして、誤って使ったもの。
以後、「トランプ語」の代名詞的に使われ、英ガーディアンが「2016年の言葉」として皮肉ったり、トランプ本のタイトルになったりもしている。
さらに、「トランプ時代の終焉に、世界で歓迎の声」「ペンス大統領、"短期暫定政権"スタート」など、それらしい見出しと記事で紙面をつくっている。
さらに、紙だけではなく「ワシントン・ポスト」の偽ウェブサイトも公開。
やはり、本物のデザインを流用し、一見して偽物かどうかは見分けが付けにくい。
●制作費は4万ドル
偽号外を手がけたのは、アクティビストグループ「イエスメン」。
米パーソンズ・ザ・ニュースクール・オブ・デザイン客員准教授のジャック・サービン氏と、レンセラー工科大学のメディアアートの教授、イゴール・バモス氏が中心メンバーだ。
サービン氏はワシントン・ポストの取材に対し、偽号外は2万5000部を刷り、1万部を配布済みだという。
偽号外制作にかかった費用は4万ドル(440万円)で、3万6000ドルは寄付でまかなったとしている。
偽号外の狙いは、トランプ大統領の弾劾に向けた市民運動の盛り上げだという。サービン氏はこう述べている。
これは未来からの新聞というイメージだ。どうやってその目標に向かっていくか――アクティビストのロードマップのようなものだ。
記事の中には、「#MeTooから"おまえはクビだ(You're Fired)"へ」など、女性のムーブメントを取り上げたものが目に付く。
ワシントン・ポストは、この偽号外が、週末の1月19日にワシントンで行われる「ウィメンズマーチ」のプロモーションとしての意味合いもある、としている。
●メディアを使ったアクティビズム
アクティビストグループ「イエスメン」は、これまでにも数々のメディアを使った騒動を起こしている。
2008年11月、米大統領選でバラク・オバマ氏が当選した直後には、「イラク戦争終結」と報じる「ニューヨーク・タイムズ」偽号外を120万部発行。
ニューヨークやワシントンからシカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、フィラデルフィアなど広範囲に配布。ウェブサイトも合わせて公開している。
この時の日付は2009年7月4日、8カ月先の独立記念日としており、オバマ政権に政策課題として戦争終結を迫る意図があったという。
「イエスメン」はこの他にも、2004年には、1984年にインド・ボパールで発生した大規模有毒ガス流出事故の被害者賠償を表明する偽の広報担当としてBBCに出演するなどの騒動も起こしている。
さらにそれらの騒動を、アンディ・ビックルバウム(サービン氏)、マイク・ボナンノ(バモス氏)の名前で監督、脚本、出演を手がけたドキュメンタリーにまとめ、公開している。
●フェイクとメディア
「イエスメン」のプロジェクトは、メディアをハックし、メディアを巻き込み、それをさらにメディアアートとして公開していく、という手法だ。
広義には「フェイクニュース」の範疇に入るが、その存在や手法はすでに15年以上にわたる活動広く知られている。
「ウィキリークス」が2012年、米国の民間情報機関「ストラトフォー」の500万を超す電子メールを公開した「グローバル・インテリジェンス・ファイルズ」キャンペーンでは、米新聞大手の「マクラッチー」や「ローリングストーン」、イタリアの「レプブリカ」などと並び、提携メディアとして「イエスメン」も名を連ねていた。
そんな事業もあってか、今回の"被害者"であるワシントン・ポストの報道ぶりも、淡々としている。
トランプ氏本人も、音無の構えのようだ。
--------
■新刊『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書)
(2019年1月17日「新聞紙学的」より転載)