「持ちつ持たれつ」がキーワード。熊本県の地域連携ネットワークのあり方

1つのネットワークがあることで、多様な取り組みが可能です。

参加医師40人の「たまな在宅ネットワーク」

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熊本市北部に位置する玉名郡市には、医師約40名、訪問看護ステーションや介護施設、薬局など約60カ所が参加し、互いに在宅診療をサポートする「たまな在宅ネットワーク」があります。発起人は、幕末から続く医院の4代目院長・安成英文先生。たまな在宅ネットワークでの取り組みや、今後の展望をお話しいただきました。

医師7年目で安成医院4代目院長に就任

―安成医院を継ぐことになった経緯を教えていただけますか?

もともとは、消化器外科で可能な限り手術数を経験して手術のスキルを磨いていこうと考えていたんです。そのため実家の安成医院を継ぐのは、外科医を引退してからでもいいと思っていました。

ところが2001年、私が医師7年目の時に3代目院長だった父が急逝しました。玉名郡の1つである玉東町の無床診療所は、今は閉院してしまった診療所と安成医院のみ。また、母と高齢の祖母二人の生活は心もとなく感じ、私が故郷に帰り、安成医院を継ぐことに決めました。

―意図せずキャリアの転換をすることになったのですね。

そうですね。正直に言うと、最初は「ついていないなぁ」と思うこともありました。しかしいろいろな経験を積み、標榜している内科や小児科のスキルが少しずつ上がっていることが感じられるにつれて、やりがいも出てきました。

特に、当初は小児の患者さんはすぐに近くの小児専門病院に紹介していたのですが、紹介先の医師に「最近はよく診てくれるようになったね」と褒めていただけたことは、大きな自信にもつながりました。だから、やりがいを持って日々の診療ができるようになってからは、また外科医に戻りたいとは思わなくなりましたね。

―そこから、たまな在宅ネットワークを作られたのはなぜですか?

きっかけは、往診依頼が多かったことです。往診が全く初めての患者さんからも依頼がありました。ある時、「若いうちには自分一人でも24時間対応できるけれど、この状態がずっと続くようでは、いつか限界が来る」と思ったのです。

仮に病院の入院患者さんの場合は、自分のところに医師を呼びたいと思ったら、まずナースコールで看護師を呼びます。そして看護師では対応できない場合にのみ、医師が呼ばれます。つまり、医師の出動要請までに1クッションあります。

しかし開業医の往診では多くの場合、患者さんからの連絡が全て直接医師に来ます。これでは、特定の医師に負荷がかかってしまいます。

この状態を少しでも改善するために医療者のネットワークを作ろうと考え、2008年、医師3人の賛同を得て「たまな在宅ネットワーク」を立ち上げました。たまな在宅ネットワークの主な取り組みは、主治医不在時に患者さんから往診依頼があったときに、ネットワークに加盟している医師が代わりに対応することです。

キーワードは「持ちつ持たれつ」

―具体的にはどのような仕組みになっているのですか?

玉名市、玉名郡(玉東町、南関町、長州町、和水町)をエリアとして、医師が約40名、11の訪問看護ステーションをはじめ、歯科医師、薬剤師、介護士、福祉関係者など全部で95の医療機関や介護施設が加盟しています。加盟医師は自分が不在になる日時を週はじめに知らせておきます。

そしてその日時に緊急時出動できる医師も、あらかじめ申告しておきます。もし主治医不在時に患者さんから往診依頼があったら、まず訪問看護師の方が行き、医師の対応が必要な場合は、出動可能と申し出てくれていた医師に出動してもらうという仕組みです。

ただし実際には、主治医が訪問看護師からのメールや電話で状況を聞き指示を出し、それで済んでしまうことが多いです。死亡診断をするなど、いざその場に医師が行かなければならないときだけ代理の医師にお願いしするようにしていて、代理の医師が負担に感じないような工夫をしています。

たまな在宅ネットワークを始めたことで、多くの医師が訪問診療中の患者さんがいても休みを取れるようになりましたし、私自身もロサンゼルスやシンガポールに行くことができました。

私たち医師は、外来診療以外にも行政の会議や学会出張、産業医活動など、実にさまざまな仕事があります。そのような時に緊急対応してくれる医師がいるだけで、心置きなく不在にできるので、気持ちよく仕事ができています。

―参加者が多ければ多いほど、一人当たりの負担は減ると思いますが、どのようにして参加者を増やしていったのですか?

最初は4人でスタート。その後は一人ひとりに30分程度時間をもらい仕組みや意義を説明し、賛同を得て加盟人数を増やしていきました。今参加している人の半数は私が声をかけて入ってもらった人たちです。

2008年には厚生労働省のモデル事業となり、事務局を玉名地域保健医療センター医療連携室に移管したので、そこからは声をかけられる医療機関が増え、急激に参加人数を増やすことができました。

ただ時々「自分はgive takeのtakeしかできないから」という理由で断られる方もいます。確かに短期的な目線で考えると、takeしかできないかもしれませんが、もっと長い目で見ればgiveができる時間が生まれる可能性もあります。

私自身も今は子どもが小さく、学校の行事などでtakeが多くなってしまいます。しかし10年も経てば、私の子どもも手がかからなくなり、giveの割合を増やせると思います。

一方お子さんが独立されて趣味のゴルフの時間くらいが取れていればいいよという医師は、今、giveの割合が大きいですが、10年後には高齢になりtakeが増えるかもしれません。

このように、医師もそれぞれの人生の段階によって使える時間は違ってきます。そのため「takeばかりになってしまいそうだから...」と遠慮する方が減るように、長い目で見て持ちつ持たれつの関係性を構築できるよう、今後さらなる工夫をしていきたいです。

ネットワークの多様な可能性

―持ちつ持たれつの関係性は、医師の疲弊を避けるための1つのキーワードになりそうですね。その他には、ネットワークを活用した取り組みはありますか?

取り組みというほど活発に動いているものではありませんが、引退する医師が診ていた患者さんの後任主治医をたまな在宅ネットワークの参加医師の中から探すことをしました。

長年主治医として診てきた患者さんが外来に通えなくなり、訪問診療をしてきた医師が、高齢を理由に引退することになりました。その医師から「訪問診療の患者さんを、引き継いで診てくれる医師をたまな在宅ネットワークの中から探してくれないか」との相談を受けた事務局は、ネットワーク内で主治医に立候補した医師の中から、患者さんに選んでもらうことをしました。

現役医師の負担を少しでも減らせるようにと考えてきましたが、地域に1つネットワークがあることで、このような使い方もできるのだと実感した印象深い出来事でした。

この他にも玉名市内にある基幹病院の看護師が、緩和ケアの啓蒙活動を進めたいとのことで、たまな在宅ネットワークを活用して参加者を募り、介護医療者から市民への啓蒙活動を始めています。

あと実は、ネットワーク内でアンケートを取って訪問診療や往診を行いづらい理由を聞きました。すると、外来が忙しくて訪問診療に時間が割けないことが一番の理由だったんです。しかしながら長年外来に通っていた患者さんの訪問診療は、人間関係や移行の円滑性を考えると昔からの主治医が行うことがベストです。

だからその医師が、お昼の時間帯に2~3時間外に出られるように、診療所の留守番ドクターを頼めるシステムが2017年4月から立ち上がりました。熊本大学の男女共同参画の一環として休職中の医師がリワークプログラムに組み込み協力してもらうように進めています(熊本県女性医師キャリア支援センター)。

1つのネットワークがあることで、多様な取り組みが可能です。いろんなことしながら、医療従事者の誰かに負担が集中することなく、皆が気持ちよく仕事ができる環境を整えしつつ、地域の医療の質を維持していきたいといと思います。

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■医師プロフィール

安成 英文

安成医院院長 内科 外科 小児科

1996年、福岡大学医学部卒業。消化器外科医として研鑽を積んできたが、2001年父の急逝により安成医院4代目院長に就く。2008年には、主治医が緊急対応できない際に代わりの医師が対応できるような「たまな在宅ネットワーク」を立ち上げる。

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