彼氏にもらった最悪のプレゼント【これでいいの20代?】

太郎にまた一つバッテンがついた。
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私の本当の名前は鈴木綾ではない。

かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。

22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話。この連載で紹介する話はすべて実話にもとづいている。

個人が特定されるのを避けるため、小説として書いた。

もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。

ありふれた女性の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。

◇◇◇

彼氏の太郎が「特別なデート」だよと言って、ある金曜日にセルリアンタワーを予約してくれた。その日は、すこし暖かくなってきた春先だった。

2人がまだ仲良くしていた頃だった。お互いにいい感じに仕事が忙しくて、週に1、2回しか会えなかったけど、限られたデートの時間を楽しくすごした。日々がそうやってシルクのようにすらすらと流れた。

私はその日、定時に帰れるように頑張って仕事を終わらせてホテルに向かった。 

仕事が忙しい太郎がつくまであと何時間もあった。チェックインして、32階の部屋に上がった。窓の外で点滅している渋谷のネオンが目の前に広がっていた。首都高が高層ビルの谷間を川のように蛇行しながら流れていた。

どんなにごちゃごちゃしている街でも上から見ると大自然の風景のように穏やかに見える。ほぼ首都高の下に住んでいた私はそういう豪華な風景を見ることは滅多になかったので、バスローブに着替えて窓辺に座って、ぼんやり外の景色を見ながら太郎を待った。                 

夜が深まるにつれて、渋谷がさらに眩しく光り、車と人の通りが多くなっていくのを、私は分厚いガラスを通じて消音で眺めた。

太郎は9時ぐらいにようやく部屋のドアをノックした。私は立ち上がって大好きな彼氏をハグした。                         

私たちの週末がようやく始まった!

何も喋らずにセックスして、黒い大理石の浴室で別々にシャワーを浴びた。ドレッサーの前で髪の毛をとかしながら、私は太郎に今日の仕事はどうだったか聞いた。               

突然、太郎が後ろから近づいて、彼が私に華奢なネックレスをつけたのを目の前の鏡で見た。映画のワンシーンのようだった。

「はい。綾へのプ・レ・ゼ・ン・ト。」と彼が「プレゼント」を子供っぽく発音した。

ネックレスを手にとって確認した。一粒ダイヤモンドが真正面からハートの形に見えるように銀の塊にはめ込まれて繊細な銀色のチェーンについていた。洗面台の柔らかい光でちょっとだけ光った。

このプレゼントを見て私はがっかりした。

私はジュエリーを全く身につけない。ダイヤモンドを欲しがるような女性じゃない。愛情表現として宝石を求める女性じゃない。                            

半年以上も付き合っていたのに太郎はまだ私の好みを分からなかった? それともこれはもともとは他の女性に上げるつもりだった? まさかそんなこと。 

太郎はすぐに、私がためらっていることに気づいた。

「好きじゃない?」と鏡を見ていた私の向きを変えさせ、私の肩を持って私の目を覗き込むように見ながら言った。「好きじゃない?」

「いいえいいえいいえ、今ちょっとびっくりしただけ。大好きだよ!本当にありがとう!本当に素敵なプレゼント!」 

私は必死に彼を安心させようとした。

「これをつけると、みんなあやには彼氏がいるってわかるね」  

私の一言で、太郎が落ち着いたようだ。

「うん、僕があやにプレゼントしたってみんなわかるね。僕のフィアンセだとみんなわかる」

太郎は話し続けた。

「このダイヤモンドは特別だよ。僕は今年で入社10年目だからもらえた。」

なるほど。そう言われたらこのダイヤモンドを見たことある、と思った。

太郎が勤めていた一流企業は永年勤続表彰制度を設けていた。

入社10年になると、いつもより一週間多い有休休暇と記念品がもらえる、と太郎が数ヶ月前に話したのを思い出した。

記念品のパンフレットも見せられた。

継続勤務10年の社員は二人のグアム旅行・高級ワイン・ダイヤモンドネックレス・またはルンバの中から希望するものが選べた。(正直いうと、そのなかでルンバが私にとって一番良さそうな感じだったが。)

初めて太郎からその話を聞いた時、会社が社員にそういう表彰をするなんて信じられなかった。

社員がワインを買えたり旅行したりできるように、会社は給料を払っているんじゃないの?

太郎の会社の、そういうところがおかしかった。というよりも、彼の会社のすべてがおかしかった。私はその会社が大嫌いだった。長時間労働、パワハラ、実力ない人でも昇進できる、日本企業の悪いところばかりをわざわざ集めているような会社だった。

ダイヤモンドのネックレスをもらったときに思った。太郎と結婚すれば、太郎の会社と結婚しなければいけない。そのブラック企業が選んだダイヤモンドネックレスをずっと身につけなければいけない。

あとからわかったけど、そのネックレスは「呪いのネックレス」だった。チェーンがむやみに長かったし、うまく長さを調整できなかったし、すぐに絡まってしまってなかなかほどけなかった。いいチェーン、例えば母が昔買ってくれたものは、いっぱいいじっても決して絡まない。ダイヤモンドは高いけどチェーンは安物。さすが会社からの記念品。

最悪のプレゼントは一方的なプレゼントだと思う。私が太郎にあげたプレゼントは、いつも彼は何を必要としているか、彼は何が好きか、をよく考えた上で買ったものだ。

大学時代にバングルをつけていたけどなくしちゃった、と太郎が言ったから、一所懸命探してようやく原宿のお店に彼にとても似合うバングルを見つけた。オフ用のカバンがなかったから買ってあげた。二人の写真や一緒に見に行った映画と展示会のチケットを集めてスクラップブックを作ってあげた。太郎の好み、太郎は何に喜ぶか、一所懸命知ろうとして、それにマッチしたプレゼントを選んだ。

プレゼントって、そういうものじゃない?

太郎にまた一つバッテンがついた。