日本のビジネス環境は今、ふたつの大きな「変化」を突きつけられている。
1つは、いわずと知れた「働き方改革」。リモートワークや副業など、柔軟な働き方を認めることで、生産性を高めて労働人口の減少をカバーするという動き。もう1つは、AI(人工知能)によってさまざまな業務プロセスの効率化を図るというものだ。
しかしながら「働き方改革」においては、リモートワークが広まるほど情報流出などのセキュリティリスクが高まる恐れがある。AIについても、「人間の仕事を奪うことになるのではないか」と不安視する声は、いまだに少なくない。その傾向は、ハフポストが実施したTwitterアンケートの結果にも現れた。
働き方改革、そしてAIなどのテクノロジーの進化によって、今後のワークスタイルはどう変化していくのか。
育休復帰の経験もあるデルの常務執行役員 山田千代子氏と、同社フィールドマーケティングコンサルタントの竹内裕治氏、そしてAIに詳しいテクノロジーエヴァンジェリストとして活動する杉山亮介氏の三者に「仕事とAIの未来」を語っていただいた。
AI活用、企業はどうしてる?
—2018年に続き2019年以降もAIのトレンドはまだまだ続きそうです。最新のAI事情はどうなっているでしょうか。
杉山:バズワードになりそうなところもあったAIですが、いよいよ実用フェーズに入ってきたように感じます。マシンパワーやクラウドなどの環境面が整ってきたのが大きいかもしれません。専門知識がなくても、手元のPCでAIを活用できるようになりました。
自分が作業するより、プログラム化して機械に任せたほうがいいんじゃないか、という発想も広まってきています。
竹内:デルでは、セキュリティ製品でもAIを活用しています。これまでのウイルス対策のほとんどは問題が発生してからの対処でしたが、現在はAIを用いて、疑わしいものを数学的なアプローチで分類し、未然に問題発生を防いでいます。
新しい脅威は次々に出現しているので、すべてのユーザーがそれらを正しく理解して対処するのは困難です。よって、これからもAIなどのテクノロジーに任せる部分は大きくなっていくと思います。ただしすべてを任せるのではなく、ユーザーには「こういうことはやっちゃいけない」という基本的な判断を身につけることが必要になってきます。
杉山:外で仕事をするときはオフラインだけにして、メールなどサーバー接続が必要なときは公衆Wi-Fiスポットを使わない、といった個人レベルの対策は、今後より重要になりますよね。
1日8時間労働が、1年で3日労働に?
—ビジネス的な側面でのAIの活用も増えていると聞きます。
山田:最近はAIを活用したビジネスも本格化しています。例えば米ニュージャージー州にある「AeroFarms」という農業系のベンチャー企業は、日光や土を利用することのない、完全に管理された環境で有機野菜を作っています。
虫がおらず、雑菌もないので農薬も不要ですし、Dell EMCがビッグデータの処理や機械学習などの分野で協力して、あらゆるところに設置したセンサーの情報をもとに、温度や湿度、水分量、肥料などを最適化しています。それによって通常の390倍もの生産効率を達成するだけでなく、できあがった野菜の味さえも変わってくるそうです。過剰生産や、災害による不作などの問題もまとめて解決できる可能性を秘めていますよね。
—AIがそこまでできたら、人間の仕事がなくなりそうですね。
山田:それはどうでしょう。個人的には、AIによって人間の仕事はなくならないし、奪われないと思っています。過去にも長い歴史のなかで産業革命はありましたが、形態が変わるだけで、仕事はなくなっていません。
日本でいうと、「ものを届ける仕事」として江戸時代には「飛脚」がありました。明治時代になって鉄道や郵便ができたことで、飛脚という職はなくなりましたが、ものを運ぶ・届けるという仕事は、鉄道と郵便に代替されて残り続けています。
だから、AIが発展しても人の仕事はなくならないのではないか......と思っていたのですが、今朝起きて、いや違う、と(笑)
「仕事が奪われない」のではなく、「仕事の概念が変わる」のではないでしょうか。機械にまかせて人間の力が不要になれば、ひとは手を動かさなくていい。
週5日、1日8時間労働が当たり前と私たちは思い込んでいますが、もしかしたらAIが発達すれば、1週間で3日、あるいは1年で3日働けばいいということになるかもしれない。それで同じ給料がもらえるかもしれません。
杉山:めちゃくちゃわくわくしてきますね(笑)
山田:会社を発展させる目的のひとつは利益を得るためで、ではそのお金を誰が支払うかというと、人間ですよね。その人間が失業すると誰も物を買ってくれませんので、人間にはある程度お金を持たせないと社会は回らない。だから給料は変わらない、という考えです。
毎日毎日働いていた昔の人にしてみれば、土日休みで有休もある現代の暮らしは夢のようなものでしょう。なので、1週間に3日とか、1年に3日だけ働けばいい環境も、今だと夢のような話ですが、もしかしたらAIのおかげで可能になるかもしれないですよね。
竹内:そうなると1つの仕事だけじゃなく、いくつも複業ができますよね。自分のやりたいことの選択肢が広がるような気がします。
AIの予測を裏切ることが、人間の仕事
杉山:ビジネスにおけるAI活用でいうと、経営判断とコミュニケーションに活用されている事例があります。販売データがまったく整理されていなかったある小売業の会社が、POSデータを可視化して日々の売上予測を高精度にできるようにしました。現場にはその日の予測値を教えながら「あなたの仕事はこの数字を裏切ることだ」とも伝えるわけです。何もしなければかなりの確率で予測数値どおりの結果になる。でも、現場のスタッフには、「いかに普段と違う行動を起こして、この数字を覆すかに力を使ってほしい」と伝える。そうすることで現場の士気を高めて数字を改善しているそうです。これこそ機械ができない、人間のやることだなと思うんですよね。
—なるほど。今後AIを活用して働き方をどう変えていくか、現時点で考えていることはありますか?
竹内:会社としてはまだ模索中ですが、将来的にAIを取り込んでいろいろな場面で活かしていくのは間違いありません。例えばAIがあればお客様のプロファイルを分析して「このお客様には、これが最適な提案だ」というのがわかるようになります。そうなるとプロジェクトの成功率が上がり、コスト予測も正確になるでしょう。営業の観点からはこのような使い方で顧客満足度を上げ、同時に働き方改革につなげられると期待しています。
—働き方からは少し離れますが、テクノロジーの話でいうと、新聞や雑誌など紙のデジタル化によって、若い世代はデジタルとのエンゲージメントがより深いように思えます。
杉山:紙の新聞は、パッと見でニュースの軽重が把握しやすいのが利点ですが、今後は、紙と同じ質感、サイズ感でコンテンツだけが変わるようなデバイスができるかもしれません。WEBメディアも、静的コンテンツに加えて動画を扱うことが多くなってきています。情報を受け取る側の「当たり前」も変わってきていると感じますね。
今は情報端末としてスマートフォンが使われていますけど、AR/VRなど新しい技術も出てきていますし、メディアとしてはもっと新しいデバイスが開発される可能性もあるなと。それが(1990年代後半〜2000年代生まれの)Z世代が作っていく新しいテクノロジーの世界なんだろうなと感じています。
山田:全世界のZ世代と呼ばれる16〜23歳を対象にした1万2000人規模のデルが実施した調査があって、そこでは「人とコミュニケーションを取りたい」という回答が多かったんです。「働き方改革」で、通勤しなくてもいい環境になって喜んでいるミレニアル世代がいるのに、Z世代は51%が会社に通勤したい、と。個人で働くよりもチームで働きたいという人も74%いて、資格などのトレーニングも「オンラインではなく人から習いたい」という回答が多かったのも、ミレニアル世代と異なる部分でした。これはグローバルでもアジアでも同じ割合なのだそうです。
AI時代に必要な「心構え」とは
—AIが仕事に深く関わってくるこれからの時代、どのような心構えが必要だと思いますか。
山田:私が働き始めたころは手作業や書き仕事が多かったのですが、それがどんどんITに置き換わってきて、他にもいろいろなものが変わってきています。予想しなかったことが起こっているように、将来もどうなるかわからない。なので、ある程度は楽観的に考えるべきですよね。AIに仕事を奪われるのではないかと不安になるのではなくて、これで楽になるかもしれない、もっと仕事がしやすくなるのではないか、そのために必要なことは何か...と、プラスの方向で考えるほうがいいと思います。
ゆくゆくは本当に週に2〜3日、いずれは1年に2〜3日しか働かなくていい状況になるかもしれません。そういうのを期待しながら楽しんでやっていきたいですよね。
竹内:なんとなく漠然とした不安をずっと抱えて仕事をするのもつまらないですよね。何もせずに外から耳に入ってくることに惑わされても仕方がない。自分が何をしたいのか、何ができるのか、伸びしろがどこにあるのかを自分で考えて、情報をキャッチアップしながら自分らしい仕事をしていく。それは、AIにはできないことなのではないかと。
杉山:AIについて研究している知人が言っていたのですが、「人間にしかできないのは感動することである」と。AIがいろいろなものを自動生成しても、人間の仕事は、それを受けて感動することだと。普段自分の心が何に動かされたかに敏感になっている、この状態が大事で、そこから新しいサービスができるかもしれません。
職が奪われる不安は正直私にもあります。でも、それはAIが原因じゃなくてもありうる話ですよね(笑)。どうやったら自分が普段感じている感動をもっといろんな人に届けられるか、それをテクノロジーの力を使っていかに実現していくかということを、考えていきたいですね。