「トランプの米国でDEIが後退?」でも日本企業が絶対に真似をしてはいけない理由。「10年後のバッドエンド」を迎えないために。

【イベントレポート】ハフポスト日本版と朝日新聞による社会変革プロジェクト「未来を創るDEI」。1月22日に開催されたラウンドテーブルでは、国内外の動向や大企業の先進事例を交え、企業に求められるダイバーシティ戦略について考えた。
未来を創る DEI・ラウンドテーブル。泉谷由梨子編集長とスリール株式会社 代表取締役の堀江敦子さんが、米国の事例などを交えて、DEIについて話しました(画像はハフポスト日本版がコラージュしています)
未来を創る DEI・ラウンドテーブル。泉谷由梨子編集長とスリール株式会社 代表取締役の堀江敦子さんが、米国の事例などを交えて、DEIについて話しました(画像はハフポスト日本版がコラージュしています)
ハフポスト日本版/associate press

米国のトランプ大統領は自らの政治的立場から、1月の就任直後からDEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)に対する激しい攻撃を開始。そして、一部の投資家や活動家からの圧力でDEIの施策を表面上取り下げた米国企業も出始めている。

社会を前進させる新しい価値観には、進めることが短期的には不利益になる人々からのバックラッシュがつきもの。だからこそ、様々な組織が、ブレずに施策を進めていく上で大事にすべきなのが「多様性がどう組織を良くしていくか」についての自らの指針だ。企業であれば事業成長との関係性という視点も欠かせない。

ハフポスト日本版は2024年、新たな社会変革プロジェクト「未来を創る DEI」を朝日新聞とともに発足。DEIの高い壁に直面する企業の担当者の皆さんとともに、課題解決のヒントを探ってきた。

2025年1月22日に行われたラウンドテーブルのテーマは、「ダイバーシティと事業成長」。さまざまな企業向けにダイバーシティ推進の研修、コンサルティングを実施してきた、スリール株式会社 代表取締役の堀江敦子さんと共に、現在地を確かめながらDEIを実装していく手段について話し合った。(聞き手はハフポスト日本版編集長・泉谷由梨子)

DEIの話し合いは「自分の現在地」を知ることから

堀江さんは「正直、皆さんは『DEI施策って儲かるの?』と聞かれることも少なくないでしょう」と問いかけ。続いて、「しかし、日本において多様性は企業が10年後も存続していくため、10年後のバッドエンドを迎えないために必要不可欠なことになっています」と話を始めた。

スリール株式会社 代表取締役 堀江敦子さん
スリール株式会社 代表取締役 堀江敦子さん
ハフポスト日本版

米国の事例を引き合いに出しながら説明し出しつつ、堀江さんはDEIプログラムの一部が取り下げられたことが大きく報じられた米・マクドナルド社も「DEIに対する姿勢と取り組みは揺るぎない」と発言するなど、実は全面撤回というわけではないことに注意が必要だと語る。さらに、圧力に屈しない宣言をしたアップル社のような企業もあると紹介。

「組織の未来を見据えてDEIを重要視する動きは引き続き世界各地で進んでいくと考えられます」と説明した。

米国で問題になっているのは主にアファーマティブアクション(積極的格差是正措置)であり、そもそも従業員の女性比率に比べて女性管理職比率が低すぎるなど、「DEIの認識や取り組み自体が遅れすぎている」日本とは全く状況が違っている。

堀江さんは「日本では、まだまだ女性活躍を始めとするDEI推進が必要不可欠です。企業においても『周囲のトレンドがこうだから』と焦ることなく、『自分たちの現在地を知ること』がとても重要です」と話し、議論を展開した。

堀江さんが指摘する「10年後のバッドエンドを迎えないためのDEI」とは何か。それは、日本において、DEI促進が、働き手の減少を食い止めることと大きく関わっているということだ。

長引く景気低迷や、働き続けられる女性がこれまでは少なかったこと、少子化の影響で、そもそも多くの企業では20-30代の若手社員そのものが少ない状況にあるのが日本特有の現象だ。

ラウンドテーブル当日スライドより一部抜粋
ラウンドテーブル当日スライドより一部抜粋
スリール株式会社

であるにもかかわらず、現状は20-30代の離職率が高いこと、若手のエンゲージメントが低いことなどが多くの企業で大きな課題となり、優秀な人材の確保はますます難しくなっている。 

女性を筆頭に誰もが属性にかかわらず公平に活躍できる、職場で差別されないなどのDEI環境が整った企業にしか、若手は集まらなくなっているのだ。

こうした若手を今採用できない企業は、10年後、実際に手を動かす人材がいなくなり事業成長どころか今まで通りの仕事さえできなくなる…それが堀江さんの指摘する「バッドエンド」につながるシナリオだ。

女性管理職の「パイプライン」が10年後を左右する

では、具体的にどのような手順でDEIを進めればいいのか。

日本でのDEIの施策で、まず最初に進めなくてはいけないのが女性活躍の推進だと堀江さんは指摘する。

日本政府は2015年の女性活躍推進法で「2030年までに女性役員比率を30%以上(プライム市場上場企業)」や「2030年までに社会のあらゆる分野で指導的地位に女性が占める割合が30%になるように」という目標を掲げている。

一方で、多くの企業で女性の管理職はどこかのポイントで頭打ちになりがちだ。リーダー層の育成をどうしていくかに悩む企業は多い。

堀江さんは「今後の組織を引っ張るリーダーの育成においては性別を問わず『リーダーシップパイプライン』を作ることが欠かせません。組織のトップからボトムまで途切れることのないパイプラインを設計し、組織全体でリーダーを育成する仕組みを作る必要があります」と打開策を提示した。 

役職が上がるにつれて難しくなりがちな女性活躍の現状を打開するためにも、ライフイベントに左右されずにキャリアアップしていける支援など、女性のリーダーシップパイプラインを作る取り組みにも迅速に取り掛かるべきだという。

また、堀江さんは「こうした施策によってジェンダーギャップを改善していくことは、評価の透明化と必ず関連してきます。DEIの促進とは、これまで不透明になりがちだった組織の『評価基準』にメスを入れ、働き手全員の納得感を高めることでもあるのです」と話した。

ラウンドテーブル当日スライドより一部抜粋
ラウンドテーブル当日スライドより一部抜粋

泉谷編集長が「とりあえずDEI施策を始めてみたけど、進め方がわからないという組織も多いのではないでしょうか」と尋ねると、堀江さんは「いざDEIを進めようと思ったら、制度を作るだけでは不十分です。なぜこれをやるのか、どこを目指すのかを、現状を数値化して伝えることが大切です」と回答。実際に堀江さんが女性活躍推進をサポートしてきた企業でも、次の一手に悩んでいた組織が多いという。

「ハフポスト日本版」の泉谷由梨子編集長
「ハフポスト日本版」の泉谷由梨子編集長
ハフポスト日本版

堀江さんは、携わった過去の取り組みから、ある2社の改善事例を紹介。トップや経営層を巻き込んで「人について話す」機会や研修を設けたり、定量化したデータを見せたり、現場の声を拾ったりすることで、3、4年程度で大きな結果につながったという。また、「女性の昇進意欲がない」という悩みに直面していた企業でも、研修によってリーダーを目指す女性が大幅に増えたなどの取り組みを紹介した。

女性管理職の「多様性と持続可能性」向上を目指して

グループワークの様子(ワークシート提供:スリール株式会社)
グループワークの様子(ワークシート提供:スリール株式会社)
スリール株式会社

イベント後半では、参加者が4、5人のグループに分かれ、簡易チェックシートに、それぞれが属する組織の女性活躍の現状を記入。それぞれの組織で行われている取り組みについても情報を交換しあった。その後、グループの代表者1人がディスカッションの内容を抜粋して全体と共有した。

発表で特に多かったのが「女性管理職はいるが、男性社会に適応できるようなスーパーウーマンばかりでロールモデルがいない」「女性管理職は増えているけれど、堀江さんのお話にあったように、それ以降の世代につなぐパイプラインや候補人材が不足している」などの、女性管理職の多様性や持続可能性の欠落に関する声だ。

一方、女性活躍がある程度進んでいるという組織に属する参加者が「お客様に『男性担当者にお願いしたい』と言われた経験がある」と発言し、会場からため息がこぼれる場面や、「育休制度が充実しているが、本社と工場などの現場で大きな格差がある」「男性の育休取得者に短縮を提案される」など、赤裸々な実情が共有されることもあった。

ラウンドテーブルの様子
ラウンドテーブルの様子
ハフポスト日本版

ディスカッションを振り返り、泉谷編集長は「確かに、制度に実態が追いついていないと感じさせる発表も続々飛び出していましたね。ワークライフバランスは大切ですが、リーダー層に女性を増やす上では、その次のチャレンジに踏み出し『活躍』をどう組織でサポートできるか。今日の堀江さんのお話では、その設計の仕方のヒントを得られたのではないでしょうか?」とコメント。

堀江さんも「今日の話のほかにも、社員同士、上司と部下を入れ替えるといったロールプレイでお互いの立場になってみるというのも効果があります。立場を変えることで俯瞰して状況を見られ、互いを観察する解像度も上がるので『上司に開示していないことがあるな』『ちょっと聞いてみて背中押してみようかな』と気づきが生まれます」と提案した。

そして、最後に堀江さんは「女性から『管理職に就くメリットが見えてこない』という声をいただくことがありますが、私が思う最大のメリットは『組織を変えられること』と『メンバーやお客さんを笑顔にできること』です。組織では影響力がないと実現できないこともたくさんあるので、ぜひ影響力のある立場にチャレンジしてほしいなと思います」とエールを送り、イベントを締め括った。

参加者からは、「DEIを進める上で自分の考え方がアップデートできた」という声や、「異業種交流会などを通して女性の情報力を上げるなど、チャンスを増やす場を設けている企業もあるとのことなので、真似していきたい」など、早くも次の一手を考え行動を始めようとしているというポジティブな声が多数寄せられていた。

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今回のラウンドテーブルの会場となったのは、若きイノベーターたちが集うSHIBUYA QWS(渋谷キューズ)

SHIBUYA QWS ディレクター 磯辺陽介さん
SHIBUYA QWS ディレクター 磯辺陽介さん
ハフポスト日本版

SHIBUYA QWS ディレクターの磯辺陽介さんは、QWSのコンセプトとなっている”Question with sensibility”(=問いの感性)について「課題解決から課題発見の時代になったとも言われている現代、QWSでは今見えているものとは違う切り口、まなざしを持つことを大切にしています」と説明。QWSではスタートアップや、自治体による関係人口の創出の検討など、ゼロから新しいアイディアを生み出すための、さまざまなプログラムが実施されているという。

法人会員やメンター会員、大学をはじめとしたパートナーなど、多様な属性のメンバーが集うことで新たなコミュニティも生まれているそうだ。

次回のテーマは「女性の健康とキャリア」

未来を創るDEI・ラウンドテーブル「DEIと女性の健康」
未来を創るDEI・ラウンドテーブル「DEIと女性の健康」
ハフポスト日本版

次回の「未来を創るDEI」ラウンドテーブルのテーマは「DEIと女性の健康」。

女性活躍推進と女性の健康課題は深く関連しており、女性が健康を維持することは社会での活躍を支える基盤になる。
企業や社会は、女性の健康課題に対する理解とサポートを強化することで、女性が持つ潜在能力を最大限に引き出すことができ、これにより女性の社会進出が進むことが期待されている。
イベントでは、朝日新聞健康保険組合の保健師・西畠文江さんによる「職域における女性の健康課題」と題した講演と、がん研有明病院の植木有紗先生による「女性の遺伝性がん」についてのトークセッションなどを実施する。

※終了後には、簡単な懇親会も予定しています。

<イベント概要>
【タイトル】女性の健康とキャリア
【日時】2025年2月14日(金)13時〜15時半予定
 13時〜14時:インプットセッション
 14時〜15時:グループワークセッション(参加者同士のディスカッションと発表)
 15時〜15時半:ネットワーキング
【会場】PYNT 日建設計東京オフィス(本店)3F
 東京都千代田区飯田橋2-18-3
【参加費】無料
【登壇者】
朝日新聞健康保険組合 健康相談室マネジャー 西畠文江
がん研有明病院 臨床遺伝医療部 部長 植木有紗先生
朝日新聞 ジェンダープロジェクト担当補佐 井原圭子
【協賛】ミリアド・ジェネティクス合同会社
▼このような方におすすめ
・DEI部署のご担当者
・人事ご担当者
・DEIの浸透した社会の実現に興味がある、すべてのビジネスパーソン
参加希望の方は以下のフォームからご応募ください。
応募締め切り日は2月12日(水)。応募多数の場合は抽選とさせていただきます。
問い合わせ:朝日新聞DEIプロジェクト事務局 deipj@asahi.com

(取材・文:泉谷由梨子、林 慶、主催:BuzzFeed Japan株式会社、共催:朝日新聞社、イベント協力=SHIBUYA QWS)

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