誰ひとり排除しない、時代に合った発信のために。朝日新聞社「ジェンダーガイドブック」検討チームとともにジェンダー表現を考えた

ハフポスト日本版と朝日新聞による社会変革プロジェクト「未来を創るDEI」。12月13日に「ジェンダー表現」をテーマにおこなわれた第2回ラウンドテーブルの様子をレポートする。

ジェンダー表現をめぐって、企業の意識は高まっている。

不用意に誰かを傷つけてしまわぬよう、発信する内容に注意を払っている担当者も多いだろう。しかし、気をつけたつもりでもジェンダーステレオタイプにとらわれていたり、無意識に誰かを排除しかねない表現になっていたり。企業全体で感覚をアップデートし続けなければ、世の中の価値観に合った発信をすることは難しい。

ハフポスト日本版は朝日新聞と共に、DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)をテーマにした新たな社会変革プロジェクト「未来を創るDEI」を2024年からスタートさせた。その一環として12月13日に催された第2回ラウンドテーブルでは、朝日新聞が制作した「ジェンダーガイドブック」をもとに、30人ほどの参加者がジェンダー表現について認識を深めた。

登壇者は朝日新聞ジェンダーガイドブック検討チーム。メディア事業本部の小林篤弘さんと、ジェンダープロジェクト担当補佐の井原圭子さんが、全体のガイドを務めた。当日の様子をレポートする。

ラウンドテーブルの様子
ラウンドテーブルの様子
朝日新聞社撮影

7年ぶりに「ジェンダーガイドブック」を改訂。発信者としての使命感を新たに

朝日新聞は、ジェンダー表現についてどのようなスタンスをとっているのか。

朝日新聞社執行役員でジェンダープロジェクト担当を務める羽根和人さんは、冒頭の主催者挨拶として、同紙が2024年3月8日の国際女性デーにミモザの花をあしらった特別デザインの題字を採用した事例を紹介。「題字デザインの変更は当社にとって珍しいこと。ジェンダー問題の解決に社をあげて取り組んでいく決意が表れています」と話した。

ジェンダー表現にまつわる取り組みとして同社は、社内向けに制作された「ジェンダーガイドブック」(初版は2002年)の改訂を2024年10月に実施。7年ぶりに、時代に沿った内容へアップデートしたという。

羽根さんは「社内各所から160ほどの事例を集めた上で、厳選した71の事例を取り上げました。当たり前だと思っていることが、他の視点から見ると当たり前ではないことに気づくための指針として使っていければ」と話し、改訂内容はあくまで現段階のもので、適切な表現を現在進行系で探り続けていることを強調した。

朝日新聞プレゼンテーション資料より抜粋
朝日新聞プレゼンテーション資料より抜粋
朝日新聞社提供

主催者挨拶を終えると、さっそくトークセッションが開始。ゼネラルエディター補佐の小澤香さんは、ガイドブック制作にあたっての思いを次のように語る。

「私たちの考え方や表現が、そのまま社会における男らしさ・女らしさのイメージにつながることもあります。言葉をなりわいにしている会社としての自覚を胸に、現場の判断に役立つヒントを盛り込みました」

ガイドブックの構成は、第1章が『注意が必要な言葉』、第2章が『ステレオタイプに気をつけたい事例』、第3章が『記事や企画の枠組み』、第4章が『多様な性をめぐる表現』という内容だ。

実際に掲載されている事例はどういうものなのだろう? 校閲センター次長の梶田育代さんが具体的な内容について紹介した。

朝日新聞プレゼンテーション資料より抜粋
朝日新聞プレゼンテーション資料より抜粋
朝日新聞社提供

「たとえば『リケジョ』『釣りガール』などの表現は、彼女たちを応援する意味合いで使われているケースだったとしても、女性の活動を軽んじている印象を植え付けかねないので注意が必要です。当事者本人が自分たちで〇〇女子と名乗っているケースがあるのも事実。特定の表現を一概に避けるのではなく、世間にどう受け取られるのかを深く考えた上で、見出し・記事本文の双方で表現を調整することが大切です」

また、スキージャンプの高梨沙羅選手を「沙羅」と表現した見出しを紹介。

ネットワーク報道本部次長 三島あずささんは「好意的に解釈すれば、親しみを込めて下の名前で呼んだ『沙羅ちゃん』という呼称が世の中に広く知られているから採用した、という受け取り方もできます。ですが、このような表現はアスリートのアイドル視につながる可能性があり、社会に偏見を植え付けかねません。最近は紙面で同様の事例を見ることはだいぶ減りましたが、戒めとして今回のガイドブックに掲載しました」と説明した。

三島さんはさらに「ジェンダー表現は、見方によって解釈がさまざまで、明確にこの言葉はダメとか、こういう表現にすべしという解答があるわけではありません。だからこそ今回の改訂では、71件にのぼるたくさんの事例を盛り込みました」と話し、本ガイドブックを単純な「用語集」「言い換え集」ではなく、ジェンダー表現を考える上での“手がかり”として柔軟に活用してほしいと強調した。

参加者を前に話す朝日新聞担当者
参加者を前に話す朝日新聞担当者
朝日新聞社撮影

セッションの中盤では、広告審査担当次長の奥泉武司さんが、広告表現についても言及。イギリスのAdvertising Standards Authority(ASA/広告基準機構)が「ジェンダーステレオタイプな表現がある」と指摘した海外コマーシャルを3本投影し、有害勧告を受けたコマーシャルがどれかをクイズ形式で問うことで、参加者の理解を促す。

奥泉さんはまた、ASAが広告を審査する際の「基準」について次のように語り、参加者へジェンダー表現を考えるためのヒントを与えた。

「ASAは、ジェンダーが原因で特定のタスクが遂行できないという描き方に注意を促しています。たとえば男性がおむつを替えることができない、女性が駐車をすることができないなどはNG。もし発信をする中で判断に迷った場合は、このような基準を参考にするといい」

トークセッション最後のコーナーでは、社会部記者の二階堂友紀さんが、トランスジェンダーをめぐる表現について解説。言葉の流動性について触れ、適切な表現を模索する現状について語った。

「長く記者を続ける中で、トランスジェンダーをめぐる表現が大きく変化しているのを身をもって感じてきました。たとえば、かつては『心の性と体の性が一致しない性同一性障害』という表現が一般的でしたが、『心の性』という説明が性自認が軽いものであるかのような誤解を広めてしまった可能性があること、WHOが性同一性障害を『性別不合』と改めて『精神及び行動の障害』の分類から除外したことなどから、今では表現を変更。『生まれた時に決められた性別と性自認が異なるトランスジェンダー』などの言い回しを採用しています。性の多様性をめぐる表現は、新しい概念が出てくるなど特に変化が早い分野で、常にアップデートしながら妥当な表現を探っています」

当事者の声や世の中の反応を参照し、どのような言葉を用いるべきか、模索を続けているという。

ジェンダー表現に“正解”はないからこそ、考え続ける姿勢が大切

イベント後半のグループワークでは、参加者が3、4人のチームに分かれ、今日の気づきと学び、それらを生かしたアクション案についてディスカッションをした。その後、代表者1人が議論の内容を発表。

その中で多かったのは「当たり前に対して疑問を持つことが大切」「他者を知る態度を捨てないことが本質的な配慮につながる」といった意見だ。「手探りであってもガイドブックというかたちで言語化したことで、全社で考えるきっかけを作ったのは素晴らしいと思う」など、朝日新聞社の取り組みに好意的な声も目立った。

一方で、当日の参加者のほとんどが女性であることに言及し「普段からジェンダーで不利益を被っていない人は、このような会になかなか参加しない。伝えたい層に思いを落とし込むのは難しい」という率直な意見も聞かれた。

グループワークの様子 朝日新聞社撮影
グループワークの様子 朝日新聞社撮影
朝日新聞社

今回のラウンドテーブルを振り返り、小澤さんは「現場では、記事を世に出す前はもちろん、出したあとも『この表現で良かったのか』を考え続けています。今後も試行錯誤をやめずに社内から事例を集め、7年後といわず、もっと短いスパンでアップデートをおこなえたら」とコメント。社内勉強会を繰り返し実施することで、改訂版の内容を記者やデスクなどに広く浸透させたいと意気込みを語った。

それを受けて三島さんは、「ジェンダー問題に関心がある人には届けやすいけれど、関心がない人には研修にもなかなか参加してもらえないのが現実。本当に届けたい人に届けるにはどうしたらいいのか、迷いながら工夫を重ねていきます」とコメント。

一方、梶田さんは「言葉は生き物のように常に変化しています。自分がいいと思って使っていた言葉でも、時代が変われば、意図しないかたちで受け取られてしまう可能性があります。言葉を扱う者として、いろいろな人と対話を重ね、知識をアップデートしていきたい」と話した。

ジェンダー表現に確固たる正解はなく、ガイドブックは今も発展途上であることを改めて示し、全員で認識を揃えるかたちでイベントは終了。

終了後には、ネットワーキングの時間が設けられ、企業のDEI担当者や、ジェンダーについて勉強している大学生など、参加者がそれぞれの立場から言葉を交わした。意見を交換する中で、新しいつながりも生まれた様子だ。

取材・文:安岡晴香

編集:大橋翠

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