「思春期を乗り越え、バレエを選び取れる男の子が描きたかった」 ジョージ朝倉さんが描く、魂が爆ぜる“男子バレエ”の世界

バレエに魅せられた少年を描く漫画「ダンス・ダンス・ダンスール」。アニメ化を前に、ジョージ朝倉さんにインタビューした。
『ダンス・ダンス・ダンスール』 1巻の表紙
『ダンス・ダンス・ダンスール』 1巻の表紙
©️ジョージ朝倉/小学館

男子バレエを主軸に据えた漫画「ダンス・ダンス・ダンスール」が4月8日からテレビアニメ化される。作者は「溺れるナイフ」や「ピースオブケイク」「恋文日和」でも知られるジョージ朝倉さん。ジョージ作品としては初めてのアニメ化となる。

物語の主役として描かれたのは、幼い頃にバレエの道を逸れるも、ふたたびその世界へとのめり込む中学2年生の“少年”。作品では、バレエに魅せられた少年が自らプロへの道を切り開いていくさま、バレエという芸術が醸し出す静かなる爆発力を、肉体の躍動や空気の揺らぎ、光や音までも緻密に描き、心に訴えかけてくる。

バレエはどこか「女の子のもの」というイメージはないだろうか?実際、国内のバレエ教室の男女比は「1:30」という試算もある。バレエ女子を題材にした作品はあれど、バレエ男子を主役に据えた漫画は、極めてめずらしい。

バレエ男子を中心に物語を描いた理由、作品を描くにあたって体感したバレエの魅力、そして作品の根幹にあるメッセージとは...。アニメ化を前に3つの視点から、ジョージ朝倉さんに聞いた。

「ダンス・ダンス・ダンスール」で描かれる世界

主人公のバレエ男子・村尾潤平。最高峰のバレエ団・ボリショイ・バレエかマリインスキー・バレエで日本人初の主役級ダンサー「ダンスール・ノーブル」を目指すと宣言する
主人公のバレエ男子・村尾潤平。最高峰のバレエ団・ボリショイ・バレエかマリインスキー・バレエで日本人初の主役級ダンサー「ダンスール・ノーブル」を目指すと宣言する
©️ジョージ朝倉/小学館

主人公の村尾潤平は中学2年生の男の子(連載当初)。幼い頃、男性バレエダンサー、ニコラス・ブランコの演技に「星が爆ぜる」ような爆発力を覚え、バレエ教室へと通い始める。しかし、アクション監督だった父の急死をきっかけに「男らしくあらねばならない」と決意し、バレエの道を諦めてしまった。

ときは流れて13歳になった潤平は、父の思いを継ぎ、“男らしく”格闘技・ジークンドーの道場に通う。一方、内心ではバレエへの思いを断ち切れず、どこか欠落感を抱えて日々を過ごしていた。そんな潤平の前に、転校生のバレエ少女、五代都が現れ、ふたたび物語が動き出す。生まれ持った身体能力や身体つきに加え、音の表情をそのまま映し出すような人並み外れた感性を持って、品性や資質を兼ね備えた主役級ダンサー「ダンスール・ノーブル」を目指していく物語だ。

2015年に「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載が始まると、潤平が引き寄せるドラマティックな展開や、エネルギッシュかつ緻密な筆致が生み出す世界観が話題に。単行本はこれまで23冊を数え、3月30日に発売された最新刊では、ブランコに師事してニューヨークで研鑽を積む潤平の姿が描かれている。

着想は娘のバレエ教室にいた男の子「思春期をどう乗り越えるんだろう」

「バレエ!?なんで!?男なのに!?」中学生のクラスメートから驚かれるも、潤平はふたたびバレエの世界に入っていく
「バレエ!?なんで!?男なのに!?」中学生のクラスメートから驚かれるも、潤平はふたたびバレエの世界に入っていく
©️ジョージ朝倉/小学館

古典バレエは、女性が「主役」というイメージが強い世界だ。

「眠れる森の美女」「ジゼル」「シンデレラ」「コッペリア」...。バレエの演目一つとっても、ほとんどが女性の主役キャラクターの名前を冠している。3月に公表された全国のバレエ教室を対象にした調査結果によると、男子生徒は全体のわずか3.1%、男女比はおよそ1:30と人口差がとても大きい。

バレエ演目の大半は、古典の恋愛物語だ。男性ダンサーと女性ダンサーが舞台上で出会い、初めてロマンティックな世界が生まれる。舞台を観ていても、男性ダンサーがいることになんら違和感はない。ただ、作中でも「バレエ!?なんで!?男なのに!?」というクラスメートの驚きが描かれているように、多感な思春期の男の子たちがバレエを続けるのは女の子よりハードルが高いのかもしれない。

筆者の私も10年近くバレエを習ってきたが、同年代の男の子はたった一人だった。バレエ少女たちが賑やかに輪を作る中、教室の片隅でいつもどこか居心地が悪そうだったのを覚えている。だからこそ、“端っこ”にいたバレエ男子を物語の“中心”に据えた作品は、とても新鮮だった。

創作の種となったのは、ジョージ朝倉さんの娘が通うバレエ教室にいた、小さな男の子だったという。

「初めは『親御さんがバレエをお好きなのかな?』と思っていましたが、ご本人が『やってみたい』と始めたそうなんです。他にも男の子が入ってくることもあったのですが、小学3、4年生の思春期に差し掛かると、バレエをやめてしまう波が来るみたいなんですよね。今活躍している男性バレエダンサーたちは『そのやめがちな思春期をどう乗り越えたのかな?』と勝手に頭の中であれこれ考え始めていました。

バレエを描きたい、じゃあ男の子でという順番ではなくて、初めから男の子のバレエ有りきでした。描きたかったのは思春期を乗り越えられる、バレエを選び取れる男の子。ある意味、潤平がバレエを選び取った時点で描きたかった部分はもう描き終わっている。でも、潤平の進む道について描きたいことがたくさん出てきたので、今も描き続けています」

転校生の都に後押しされふたたびバレエを始めた潤平は「男らしさ」というある種の呪いに囚われていたが、天才的なバレエ少年・森流鶯の迫真の演技を目の当たりにし、自分を貫くという「真のかっこ良さ」を手に入れる。読み進めていくと、いつしか「バレエは女性的なもの」なんて意識はどこかに消え失せてしまうのだ。

「興味がバレエにしか向かない病にかかりました」

作中では、バレエの舞台の熱量がダンサーの鼓動、空気の流れ、光や音の粒によって表現されている
作中では、バレエの舞台の熱量がダンサーの鼓動、空気の流れ、光や音の粒によって表現されている
©️ジョージ朝倉/小学館

振り付け、衣装、舞台装置、音楽が一体となって生み出すバレエの世界観が、モノクロのページで色を帯びたように迫ってくる。「ダンス・ダンス・ダンスール」では単なるバレエのポーズにとどまることなく、ダンサーの感情や鼓動、空気の揺れ、光や音の一粒一粒までもが凄まじい熱量で描かれ、バレエの舞台が浮き上がってくるような感覚にも陥ってしまう。

「形式美」とも言われるバレエはどこか難しそう、理解できない...と思ってしまう人もいるのではないだろうか?ジョージさんもかつてはその一人だったという。

「古典バレエのプロットって、それだけ見るとあまり興味をそそられないし、私はそもそも審美眼がないので、ハイソな人たちがたしなむ文化というイメージでした。でも、好きになった後に『バレエは美しさだ』という意味がとても分かったんです。決められた型にパンッとハマった踊りを見ると脳内麻薬が出るのも感じましたし、何よりダンサーが命を燃やしている感覚を受け取ると幸福感があります。バレエのプロット(筋書き)も深堀りすればするほど面白くなっていきますね。演者の人によって解釈に違いも出るので、役柄の奥にある演じ分けも楽しめるんです!」

バレエダンサーは、腕の軌道、視線の揺れ、指先の動き、身体のすべてを持って役柄の感情を訴えかけてくる
バレエダンサーは、腕の軌道、視線の揺れ、指先の動き、身体のすべてを持って役柄の感情を訴えかけてくる
©️ジョージ朝倉/小学館

作中でも潤平をはじめ、10代の少年少女たちが自分の境遇や内面を「オーロラ姫」や「デジレ王子」に重ねて、血肉を通わせていく。絵本の中にたたずむキャラクターが、ダンサーの肉体や感情を通して人間性を帯びていく。同じテクニックやステップでも、演じる役の表現によって、まったく違う印象を受け取れる。「ダンスール」は、そんなバレエの面白さにも気づかせてくれる。

「バレエって物語だけでも、振り付けだけでも、音楽だけでもない。きっと振りを覚えて動くことはできても、踊りに昇華させるためには解釈が欠かせないと思うんです。私も漫画を描くときには納得しないと描けない。『振付家はどういう思いでこの動きを付けたんだろう?』と自分の中で解釈しないと、その振り付けを描くことはできませんでした」

「年にアナログで発行される単行本2冊分の印税くらいはバレエのチケットを買ってきた」というジョージさん。キャラクターには実在の様々なダンサーの踊りも投影されている。「今はバレエにしか興味がないんです」とジョージさんは熱っぽく語る。

「私の場合は、ウラジーミル・マラーホフが主演した『ペトルーシュカ』を見た時に、演技もストーリーもすべてが好みで、あれがバレエにはまった瞬間でした。きっかけは人それぞれだと思います。作品がアニメ化することで、男女問わずバレエを始めてみたり、興味を持ってくれたりする人のきっかけになれば嬉しいですね」

作画風景
作画風景
ジョージ朝倉さん提供

「自分を貫く信念は宝物」作品が届けるメッセージ

「ダンス・ダンス・ダンスール」で描かれるのは、10代の少年少女たちが自らの意思でバレエを選び取り、高みを目指していく姿だ。思春期特有のプライドや劣等感に絡み取られそうになっても、己の意思と才能をもって「自分のバレエの在り方」を掴む姿は、みずみずしくて、眩しい。

「眠り」のパ・ド・ドゥを踊るパートナーとの出会いにより、プロダンサーになる覚悟を得た響
「眠り」のパ・ド・ドゥを踊るパートナーとの出会いにより、プロダンサーになる覚悟を得た響
©️ジョージ朝倉/小学館

印象的なのは、後に登場する白波響のシーンだ。桁外れた芸術性を持ち、舞台「眠れる森の美女」の主役オーディションに抜擢されるも、家族や知人から蔑まれてきた地味な外見に強いコンプレックスを抱いてきた。美しいルックスが重宝されるバレエの世界で生きることを諦めてきたが、外見を蔑むことなく向き合うパートナーとの出会いやオーディションの過程を経て、「バレエの世界で生きる」との覚悟を得る。

メッセージの原点にあるのは、あるドキュメンタリーで見た、二人のバレエ男子の言葉だという。

「パリ・オペラ座バレエ学校のドキュメンタリーを見た時に、男の子たちに『どうしてバレエを始めたの?』というような質問をしていたんですね。一人の男の子は自分をからかうクラスメートに『僕はバレエのプロになる。だからバレエをやるんだ』と伝えると、なんにも言われなくなったそうなんです。自分の信念をしっかり意思表示する素晴らしさを感じました。

もうひとりの男の子の言葉は作品の原点にもなっています。『バレエは女性的だと思われがちだけど、僕にとっては爆発的なものなんだ』と語っていたんですね。まだ小学5~6年生くらいの子なのに舞台に立つ、バレエを踊ることで『何がほしいか』をはっきりと自覚した答えにグッときたのを覚えています」

〈お前は何が欲しいんや〉

〈潤平は何になりたいの?〉

作中でもライバルや指導者たちからの問いが何度もリフレインする。時には周りの空気や期待に流されて生きてきた潤平だが、踊り続けることで、その問いの答えを見つけていく。登場するキャラクターのように、人生の岐路を純粋な自分の意思に従って選んできただろうか。どこかで諦め、無難な選択を重ねてこなかっただろうか。その問いは、読者である自分自身にも突き刺さる。

「自分を貫く信念が持てたならそれは宝物だし、自分の責任で、自分を信じて道を選んでいけば後悔はないのかなと思うんです。そんなことを考えながら今も潤平を描いています。潤平は、バレエで生計を立てていくという意味での『プロ』を目指しますが、最終的な形はまだわかりません。潤平がどう進みたいのか、これから模索していくのだと思います」

◇◇◇

アニメ「ダンス・ダンス・ダンスール」は4月8日(金)よりMBS・TBS系全国28局ネット「スーパーアニメイズム」枠にて放送開始予定。「呪術廻戦」「ユーリ!!! on ICE」を手掛けるMAPPAがアニメーション制作する。

ダンス・ダンス・ダンスール
ダンス・ダンス・ダンスール
©ジョージ朝倉・小学館/ダンス・ダンス・ダンスール製作委員会

(執筆・取材:荘司結有、編集:生田綾

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