ハフポスト日本版は10月、「#真ん中の私たち」を始めます。
多様なルーツやバックグラウンドの交差点に立つ人たちは、自分を取り巻く地域の風景や社会のありようを、どう感じているのでしょうか。当事者本人が綴った思いを、紹介していきます。
1回目は、「台湾生まれ 日本語育ち」などの著作で知られる作家、温又柔さんからのメッセージです。
■「どちらでもある」と「どちらでもない」
の物語を語ることもまた、排斥と憎しみに抗う戦術のひとつなのだ。不幸と蔑視のあらゆる物語とは別の次元で、誰にでもがあり、誰にでもそれを望む権利があることを示すために。(カロリン・エムケ)
日本人の中には、かたくなに私を日本人ではないといいたがるひとがいる。台湾人にも、私を台湾人と認めたがらないひとはいる。逆に、「あなたも日本人です/妳也是臺灣人(あなたも台湾人です)」と言われることがある。このとき、言う側の態度に、受け入れてやろう、というのが見え隠れすると反論したくなる。
――それを決めるのは、ほかでもない私です。あなたのほうにだけ決定権があるとは思わないでください。
「私は台湾人であり、日本人でもある」と「私は日本人ではなく、台湾人ですらない」。
日本と台湾を行き来する私の意識は、「どちらでもある」と「どちらでもない」の両極の間を揺れている。
私がそのことをはっきりと自覚したのは、日本育ちの台湾人として長年取り組んできた以上のようなテーマがどうにか形となり、それを「すばる4月号」(2017年、集英社)に掲載する段階で、「真ん中の子どもたち」と題した直後である。それから私はほとんど勢いで、以下の文章を書き走った。
■私の特権は「間」にいること。「間」を書くこと。
「私がこれまでしなければならなかったことのうち、最もたいへんだったことのひとつが、自分の特権を受け入れ認めることだった」(ロクサーヌ・ゲイ)
そろそろ、私の「特権」について、明記しておく必要を感じている。
私の「特権」。
それは、「間」にいる、ということに尽きる。
まず、うまれた国と育った国が私にはあるということ。
前者は台湾。後者が日本。
二つの「国」のことを、私の国々、と思って私は生きている。
私は、私の国々の間にいる。
私は台湾人なの?
それとも日本人?
ちがう、そうではない。
こんなことで、私は揺れない。
正しくは、こうだ。
私は、台湾人であって、さらに日本人でもある。
私は、日本人ではなく、台湾人ですらない。
「どちらでもある」
と
「どちらでもない」
この二つの「間」を、私の意識はほとんどいつも行ったり来たりしている。
これが、とりあえず今のところの、自分にとってのリアリティーだと思っている。
そして、このリアリティーを拠点に、私は自分自身についていろいろ書いてきたし、書いているし、書き続けるつもりでいる。
主な使用言語は、日本語だ。
私は日本に居住し、日本語で書く作家である。
私が"うまれつき"日本人であったのなら、自己紹介はこれで充分なはず。
しかし私は、日本語を書くうえで特権的な地位にある自己の位置を示すために、以下の補足を厭わない。
私は台湾出身の両親とともに幼少期に来日した日本語で書く作家だ。
日本と台湾。日本語と中国語。と。國語と台語。国籍と国語......さまざまな「国」と「国」の「間」で書くことを、私は楽しんでいる。
日本語を話す日本の人々の中には、私を、私個人として、でなく、台湾人――それも、日本語の通じる便利な――とみなすことがままある。
「台湾について、色々教えてください!」
「日台交流がもっと盛んになるように、あなたにはがんばってもらいたい......」
中国語を話す台湾の人々の中には、私を、私個人として、でなく、外国人としてみなすひとがいなくもない。
「妳這個人, 會知道什麼台灣?/あなたのようなひとに、台湾の何がわかるの?」
「妳應該不知道現在的台灣,妳完全不了解真的台灣....../あなたはいまの台湾を知らない。あなたはほんとうの台湾を知らない......」
エトセトラ、エトセトラ......
気にしない。
私は、私にとっての「日本」と、私にとっての「台湾」を、ひたすら書き続けるつもりだ。
日本人のためではない。
台湾人のためでもない。
ましてや、日本人と台湾人の友好的な文化交流や親善を促進するためなどでは決してない。
「我々日本人(ワレワレニホンジン)」
と
「我們台灣人(wǒmén táiwānrén)」
日本人が抱き込む日本語と、台湾人が占有する中国語の、どちらからも弾き出され、着地点を見うしなって、宙吊りとなり、呼吸困難に陥った。
そんなかつての自分のために、私は「間」を書く。
「間」で、書きたい。
「間」から、書き続ける。
「どちらでもある」と「どちらでもない」を行き来しながら私は、私に授けられたこの「特権」を最大限行使する。
*SUNNY BOY BOOKS ヘテロトピア通信 第17回に掲載した<私の特権>に加筆の上、転載。