裁判員制度「市民からの提言2018」<提言⑧>思想良心による辞退事由を明記して代替義務を設けること

現状と課題は。
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裁判員制度は5月21日でスタートから丸9年となり、制度開始10年目を迎えます。裁判員ネットでは、これまでに345人の市民モニターとともに650件の裁判員裁判モニタリングや裁判員経験者からのヒアリングを実施し、裁判員裁判の現場の声を集める活動を行ってきました。この「市民からの提言」は、裁判員制度の現場を見た市民からの提案です。裁判制度の現状と課題を整理し、具体的に変えるべきと考える点をまとめました。今回は提言⑧を紹介します。

<提言⑧>

思想良心による辞退事由を明記して代替義務を設けること

1 現状と課題

(1)人を裁く重さ

裁判員は、被告人が有罪か無罪かを判断する重い責任を負っています。また、死刑か否かを判断しなければならない場合もあります。人を裁くことは極めて重いことですので、どうしても人を裁くことができないと考える人に対してまで、裁判員になることを強制できないと考えるべきです。そのような強制は、思想・良心の自由(憲法19条)に反するおそれがあるからです。

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(2)裁判員法における思想・良心による辞退

ア 辞退理由としての「精神上の重大な不利益」

裁判員法16条8号は、「その他政令で定めるやむを得ない事由」がある場合には、裁判員となることについて辞退の申立てをすることができると規定しています。これを受けて、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第16条第8号に規定するやむを得ない事由を定める政令(以下「辞退政令」という。)第6号は、「やむを得ない事由」として、「裁判員の職務を行い、又は裁判員候補者として...裁判員等選任手続の期日に出頭することにより、自己又は第三者に身体上、精神上又は経済上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当の理由がある」場合を挙げています。

すなわち、精神上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当の理由がある場合には、裁判員となることについて辞退の申立てをすることができます。

イ 辞退を認める範囲を極めて限定する解釈

どのような場合がこれに当たるかについて、法務省は、裁判員としての職務を行うことがその思想信条に反する場合において、そのために精神的な矛盾や葛藤を抱え、職務を行うことが困難な程度に達するとき、たとえば、その者が、裁判所を含めた国家権力がそもそも存在すべきでないとの思想を有し、かつこれを実践する必要があると考えているため、裁判員としての職務を行うことが裁判所の存在や権力を認めることにつながり、自らの思想と両立し得ない場合といった、ごく例外的な場合のみがこれに該当すると説明しています。※1

また、辞退政令第6号は、辞退を認める範囲を拡大するものではないから、前記法務省の説明の趣旨に従って運用すべきであり、単に裁判員をやりたくないと思っているに過ぎないような場合にまで辞退を認めることがないようにすべきとの有力な見解も存在します。※2

このように、辞退政令第6号の解釈によって、思想・良心による辞退は認められるが、その範囲は極めて限定されるというのが、立法担当者の考え方であったと思われます。

(3)実務の運用

裁判員制度施行から今日までの状況をみると、実務上、思想・良心による辞退は、比較的緩やかに認められているといえます。

ア  最高裁判所の見解

最高裁判所は、裁判員制度に辞退に関する柔軟な制度が設けられていることの例として辞退政令第6号を挙げています。

裁判員の職務等が、憲法18条後段が禁ずる「苦役」に当たるか否かが争われた事件で、2011年11月16日の最高裁判決は、「苦役」に当たらないことの理由の一つとして、「裁判員法16条は、国民の負担を過重にしないという観点から、裁判員となることを辞退できる者を類型的に規定し、さらに同条8号及び同号に基づく政令においては、個々人の事情を踏まえて、裁判員の職務等を行うことにより自己又は第三者に身体上、精神上又は経済上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当な理由がある場合には辞退を認めるなど、辞退に関し柔軟な制度を設けている」ことを挙げています。

また、2012年12月に出された最高裁判所事務総局「裁判員裁判実施状況の検証報告書」は、選任手続期日前に辞退が認められた候補者が裁判員候補者全体に占める割合が2010年以降増加している(2010年は48.4%、2011年は54.7%、2012年は57.7%)ことを捉えて、「大半の辞退者は書面での回答によって呼出し自体が免除されている上、その割合は徐々に増加しており、現行の選任手続が全体として国民の負担軽減の上で大きな機能を果たしていることができよう」としています。※3

最高裁判所は、精神上の重大な不利益が生ずるとして辞退が認められた者の割合と、経済上の重大な不利益が生ずるとして辞退が認められた者の割合とを合わせて公表しているため、前者のみの割合は、明らかではありません。※4

もっとも、これらを併せた人数、割合は、決して少ないとはいえません。そのため、少なくとも、精神上の重大な不利益について、立法担当者が考えていたような限定的な解釈はなされていないのではないかと考えられます。

イ  辞退率の上昇と出席率の低下

選任手続についてみると、選定された裁判員候補者のうち、辞退が認められた裁判員候補者の割合(辞退率)は、制度開始時の53.1%から上昇しており、2016年は64.7%、2017年は66.0%、2018年(2月末まで)は69.8%となっています。一方で、質問票等で事前には辞退が認められず、選任手続期日に出席を求められた裁判員候補者の出席率は、制度開始時の83.9%から年々低下しており、2016年は64.8%、2017年は63.9%、2018年(2月末まで)は61.9%となっています。※5

呼び出しを受けた裁判員候補者は、選任手続期日に出頭しなければならず(裁判員法29条1項)、正当な理由なく出頭しない場合、10万円以下の過料に処される可能性があります(裁判員法112条1号)。しかし、現段階で、出頭しない裁判員候補者が過料に処せられたという発表、報道はありません。

(4)思想良心による辞退事由を明記する必要性

このように裁判所が辞退を緩やかに認める傾向にあり、かつ選任手続期日に出頭しなかった裁判員候補者に対して寛容な態度を取っていることは、思想・良心による辞退を事実上容易にしているといえるでしょう。

しかし、如何なる事情があれば、精神上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当な理由があると認められているのか明らかではありません。また、今後も辞退率が上昇し、出席率が低下し続けた場合、裁判所が運用を変え、容易に辞退を認めなくなることや選任手続期日に出頭しなかった裁判員候補者に厳しい態度で臨む可能性も否定できません。

そのため、思想・良心による辞退が認められるか否かは、裁判所の解釈、運用に委ねられているといえます。

裁判員として責任ある参加を求める一方、人を裁く重さを強く感じるが故に辞退する人を許容するためにも、思想・良心による辞退事由は、裁判員法に明記されるべきと考えます。

2  具体的提案

裁判員法に、思想・良心による辞退事由を明記した上で、自らの思想・良心に照らして裁判員になることを拒む人に対しては、「代替義務」を果たした場合には辞退できるという規定を設けるべきだと考えます。

この代替義務は、犯罪者更生施設や、犯罪被害者支援団体でのボランティアなど、刑事司法に関連する分野で行うようにすべきです。この場合、裁判員になることは金銭的義務を負うことではないこと及び金銭による辞退が濫用されるのを防ぐために、ボランティアを原則とし、寄付を例外扱いにすべきと考えます。

※1 第168回国会衆議院法務委員会議録3号法務省刑事局長答弁

※2 池田修「解説裁判員法[第2版]立法の経緯と課題」(弘文堂)59頁

※3 最高裁判所事務総局「裁判員裁判実施状況の検証報告書」5頁

※4 最高裁判所事務総局「裁判員裁判実施状況の検証報告書」図表10

※5 最高裁判所「裁判員裁判の実施状況について」(制度施行~2018年2月末・速報)

裁判員制度「市民からの提言2018」

1.市民の司法リテラシーの向上に関する提言

<提言①>無罪推定の原則、黙秘権の保障などの刑事裁判の理念を理解できるような法教育を行うこと

<提言②>無罪推定の原則、黙秘権の保障などの刑事裁判の理念を遵守するように、公開の法廷で、説示を行うこと

2.裁判所の情報提供に関する提言

<提言③>裁判員裁判及びその控訴審・上告審の実施日程を各地方裁判所の窓口及びインターネットで公表すること

<提言④>裁判員だけではなく、裁判員裁判を担当した裁判官も判決後の記者会見を行うこと

3.裁判員候補者に関する提言

<提言⑤>裁判員候補者であることの公表禁止を見直すこと

<提言⑥>裁判員候補者名簿掲載通知・呼出状の中に、裁判を傍聴できる旨を案内し、問い合わせ窓口を各地方裁判所に用意すること

<提言⑦>裁判員候補者のうち希望する人に「裁判員事前ガイダンス」を実施すること

<提言⑧>思想良心による辞退事由を明記して代替義務を設けること

4.裁判員・裁判員経験者に関する提言

<提言⑨>予備時間を設けることで審理日程を柔軟にして、訴訟進行においても裁判員の意見を反映させる余地をつくること

<提言⑩>裁判員の心のケアのために裁判員裁判を実施する各裁判所に臨床心理士等を配置すること

<提言⑪>守秘義務を緩和すること

5.裁判員制度をより公正なものにするための提言

<提言⑫>裁判員裁判の通訳に関して、資格制度を設けて一定の質を確保するとともに、複数の通訳が担当することで通訳の正確性を担保すること

<提言⑬>裁判員裁判の控訴審にも市民参加する「控訴審裁判員」の仕組みを導入すること

<提言⑭>市民の視点から裁判員制度を継続的に検証する組織を設置し、制度見直しを3年毎に行うこと

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