今国家で姿を少しばかり変えて、またもや出てきたのが「共謀罪」です。「テロ等準備罪」と名称さえ変えれば国民が納得すると考えるのはよっぽど馬鹿にしている証拠かと思いますが、根拠として「国連の犯罪防止条約の批准に絶対に必要」と政府はしきりに答弁しています。共謀罪が一種の「国際公約」であるかのように言い、設けない限りオリンピックも開けないとさえ主張しています。
多方面で指摘されている通り共謀罪には数多くの問題点があり、運用次第では人権弾圧の武器になりかねません。実際アメリカでは警察が「共謀」や司法取引を乱用して「テロ準備事件」を事実上でっち上げることが多いと指摘されています。治安維持法の歴史があり、政治家が平和的デモを「テロ」と公言する日本では、懸念せずにいられません。
政府は「オリンピックに向けたテロ防止」と「国際条約」をごっちゃにしますが、「国際組織犯罪防止条約」という名の示す通りその条約はテロのことは基本的に想定しておらず、マフィアや暴力団などの犯罪組織摘発に関する国際協力を定めたものです。その条約が「共謀」の犯罪化を規定しているのは事実ですが、締約国皆に一律に課す絶対的な義務ではなく、「自国の法制の基本的な概念に従う」限りという条件が付いています。
そもそも「共謀」までもが犯罪になるというのは国際基準でもなんでもなく、どちらかといえば英米法に特殊なものです。そのため条約を作成する国際会議では、共謀の犯罪化を主張する米英(特にアメリカ)と、それ以外の国家との間で熾烈な議論があり、かなりの国が疑問を表明したものです。
そのような経緯があったため、条約に盛り込まれても上のような条件が付けられ、日本政府の言うような「絶対にやらなければいけない」ものではありません。実際条約の締約に当たって共謀罪を設けた国家はたったの2カ国で、政府が「日本だけが」と主張する根拠はゼロです。
しかしそれよりも根本的なレベルで、国際条約に関する安倍政権のご都合主義には呆れてしまいます。人権侵害につながりかねない共謀罪の導入理由として「国際条約」を連発する安倍政権ですが、逆に人権保護に関する国際条約となると、さっぱりです。
例えば労働者の人権保護を規定した国際労働機構(ILO)の国際労働基準ですが、日本は189条約中たったの49条約批准と極めて低い水準です。先日国会で、労働時間の上限を期待するILO条約が未批准であることを追及されると、塩崎厚労大臣は「日本には(残業の上限が事実上ない)三六協定があるので批准は難しい」とのような答弁をしたのですが、それは「労働者を搾取し続けられるようにしたいから、それを禁止した国際条約は批准できない」と言っているのと同じです。
また、国連の人権条約に関しても大多数は批准こそしているものの、日本は代用監獄廃止、包括的な差別禁止法設置、独立した人権機関の設立などといった国連の委員会の諸勧告を長年無視し続けており、「日本との対話は時間の無駄」と国連の人権関係者に飽きられている。
人権保護の国際条約は「我関せず」。人権を制限する法律を正当化したい時は「国際条約は何と重要か」。そのご都合主義を、国民は見破る必要があります。