「愛してる」と何回も伝えても、伝わっているとは限らない。―外資系PR会社社長が指南する、「伝わる」コミュニケーション

コミュニケーションの本質とは何でしょうか? それは、「相手にこう思って欲しい。こう動いて欲しい」という意図があったうえでの「手段」だということです。
Tetsuya Honda

「伝える」と「伝わる」の違いがわかりますか?

皆さんも部下やビジネスパートナーとの仕事上のやりとりに、毎日忙殺されていることでしょう。

「え? その件は先週メール送ったよ。ちゃんと見てるの?」だったり、

「はい、先日お伝えしたとおりなのですが、はい、申し訳ございません!」とか、

「すいません、そういう意図で申し上げたつもりは・・・」などなど。

こうしたストレスやトラブルはよくある光景です。これらはすべからく、コミュニケーションの問題なんですね。つまり「伝えたつもりが伝わっていない」ということです。そもそもコミュニケーションの本質とは何でしょうか? それは、「相手にこう思って欲しい。こう動いて欲しい」という意図があったうえでの「手段」だということです。

ですから、「伝わるコミュニケーション=人が動く」ということであり、そこに、「伝える」と「伝わる」の大きな違いがあるわけです。

僕自身のキャリアは、まさに「コミュニケーション」一色です。新卒で入社した一部上場の事業会社から、30歳を目の前に、外資系で世界最大のコミュニケーショングループに転身しました。そして2006年、35歳のとき、ファウンダーとして戦略PR会社をグループ内起業で設立、以降300社を超えるお客様と仕事をし、また日本が立ち遅れている「PR(Public Relations)」という概念をビジネス界に啓発してきました。

そのようなわけで、自身が企業コミュニケーションのプロであるのと同時に、グループ本社や世界中の同僚、日本の従業員、国内外のクライアントやビシネスパートナーなど、複雑怪奇な利害関係の中で仕事をすることで、「伝わるコミュニケーション」の大切さは身をもって感じてきました。今回は、僕自身の経験から、以下のいくつかのポイントに絞ってお話ししたいと思います。

1.モノは言いよう ―ストーリーテリングとコンテクストの重要性

2.「戦略的」のらりくらり ―「日本的なグダグダ」の思わぬ効用

3.「ティッシュ構造」を見抜け ―本音とタテマエの多重構造

4.「WHO」と「WHAT」の魔術 ―「立場」を利用する伝達術

5.ニュアンス・イズ・キング ―他言語コミュニケーションの落とし穴

ひとつずつ簡単にお話ししましょう。

1.モノは言いよう ―ストーリーテリングの重要性

マーケティングの世界では、ここ数年、「企業や商品をそのまま訴求するよりも、ストーリーが効く」と言われています。単なる企業広告よりも「プロジェクトX」のような番組で企業の好感度は大きく上がりますし、「開発秘話」のある商品のほうが、ありがたみを感じたりしますよね? これはあらゆるコミュニケーションに当てはまります。人間は、断片的な情報に意味を見出すことは苦手です。業績の数字、部下の活躍、仕事の進捗など、すべてはストーリーの中で「意味づけ」してあげることで、必然性や説得力が生まれるものです。僕はかつて、米国本社の経営陣に日本オフィスの活動に共感してもらいたくて、社員が登場する(けっこう本格的な)映画を撮って来日時に見せたこともあります。まさに「モノは言いよう」なのです。

2.「戦略的」のらりくらり ―「日本的なグダグダ」の思わぬ効用

「のらりくらり」と聞いてイメージするのは、日本のグダグダなサラリーマン、窓際族で新橋あたりでクダを巻いているようなおっさん、じゃないでしょうか。たしかにそういう手合は、コミュニケーションどころの話じゃありません。しかし、そこに「戦略的」がついたらどうでしょう。つまり、何らかの意図と作戦があって、そのために「のらりくらり」するってことです。そこに「戦略」があれば、のらりくらりは立派なコミュニケーションテクニックになります。すぐには白黒はっきりさせないこと、不利な状況が曖昧になるまで時間を稼ぐことで、意図した目的に近づくということもあります。かつてフランスの同僚にずいぶんのらりくらりされた記憶があります。まあ、あれは戦略的だったのかどうかはわかりませんが(笑)

3.「ティッシュ構造」を見抜け ―本音とタテマエの多重構造

僕は常日頃、「人間の心理はティッシュのような構造」だと言っています。1層目がわかりやすいポーズだとすると、2層目に、もうちょっと本心がある。やっかいなのは、案外にそこで終わりではなく3層目もあったりして、そこは(本人も意識せず)1層目に近い心理だったりもするのです。僕の経験上、そこに人種や国籍は関係ないように思います。日本人特有と言われる「本音とタテマエ」ですが、それはアメリカ人にもインド人にもあります(それが集合知として認識されているのが日本、という気がします)。こうした多重構造を前提としたコミュニケーションは、日本人がもっと強みにできる能力ではないでしょうか。

4.「WHO」と「WHAT」の魔術 ―「立場」を利用する伝達術

コミュニケーションにおいては、「メッセージ」が重要と言われます。あなたは「何(WHAT)」を伝えたいのか?ということですね。たしかにその通りです。しかし僕はここに、「WHO(誰)」という要素もぜひ意識して欲しいと思います。メッセージというものは、「それを誰が言っているのか」という情報が付加されることで、強まったり弱まったりします。例えば、同じ商品でも、化粧品会社が「これを使えばお肌スベスベです!」と言うのと、一般の使用者が「これでお肌スベスベになりました!」というのとでは、説得力に大きな差があります(こういうのを広告業界では「テスティモニアル」と呼びます)。つまり、「誰が」という情報は、実は「何を」というメッセージに内包されるものなのです。例えば、「◯◯という要望を本社に訴える僕」と「日本の社員が訴えている◯◯という要望を本社に伝えている僕」というのは、同じようで実は受け手(この場合は本社)からすると違って聞こえます。異なる「立場」は、コミュニケーションにうまく利用すべきなのです。

5.ニュアンス・イズ・キング ―他言語コミュニケーションの落とし穴

最後に、言語(主には英語)の話をしましょう。言うまでもなく、日本人にとって他言語はあくまでコミュニケーションの「ツール」です。「英語しゃべってデキる奴と思われたい」「ペラペラと話してモテたい」などという、少々「お子ちゃま」目的ならいざ知らず、外国人とコミュニケーションを成立させ目的を果たすためなら、「しっかり伝わる」ことのみが大事です。こうなると、「流暢であること」は、足かせにすらなり得ます。ペラペラ淀みないが上に、逆にメッセージが不明瞭になるリスクですね。では、「流暢」は目指さずに、無骨にシンプルにメッセージさえ伝えればいいのか? それもそうでもありません。僕はここで、「ニュアンスこそが大事である」と言っておきたい。「We need to XXX」「Please do XXX」というメッセージは、何をしたいのか、あるいはして欲しいのかシンプルです。しかし、「どの程度の優先順位なのか」「どのくらい自信を持って言っているのか」などの細かいニュアンスは伝わりません。そしてコミュニケーションとは、こうした「ニュアンス情報」までが相手に伝わって、はじめて成立するものなのです。

いかがでしたか? 仕事においてもプライベートでも、また企業間や企業と消費者においても、かくもコミュニケーションとは奥の深いものなのです。だからこそ、それを「話の上手な人」「宣伝のうまい会社」程度で終わらせず、モノゴトを動かす「コミュニケーションの技術」だととらえてほしいと思います。「コミュニケーション職人」としては、まだまだ言いたいことはあるのですが、今回はこのくらいにしたいと思います。僕のメッセージが、ただ「伝えた」だけではなく、皆さんに「伝わっている」ことを願いつつ。

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