前回お伝えしておいた通り(2017年9月22日「久々登場『タイガー・ウッズ』社会復帰の『前途』」参照)、9月28日から10月1日の4日間、リバティ・ナショナルGC(米ニュージャージー州)で米国選抜と世界選抜の対抗戦「プレジデンツカップ」が開催された。
米国選抜の圧勝の流れを世界選抜が食い止めることができるかどうかに注目が集まっていたが、蓋を開けてみれば、米国選抜が初日から圧倒的な強さを見せ、19対11でこれまで以上の圧勝を飾る結果になった。
そんな戦いの内容や結果はさておき、今大会では開幕前から「登場」が注目されていた人物が2人いた。
1人はドナルド・トランプ大統領だ。プレジデンツカップはその名の通り「大統領杯」で、開催国の元首が名誉会長を務めるのが慣例となっている。
だが、実を言えば、現職大統領は「ビデオメッセージで登場する」というのも慣例になっており、開催コースに実際に登場するのは、ゴルフ好きで知られる"元"大統領ばかりだった。
だが、今大会は大会史上初めて、"現職"のトランプ大統領が現場に現れるということで、周囲の緊張は高まるばかりだった。
そして、もう1人はタイガー・ウッズ。5月末にDUIで逮捕されたウッズのその後については前回記事をお読みいただきたい。
ともあれ、10月25日に裁判所にウッズ自身が出廷して司法取引が完全に成立すれば、ウッズに科されるのは罰金や裁判費用の支払い、社会奉仕活動など軽度な刑罰で、それ以外は普通の社会生活ができる。
もちろん、プロゴルファーとしてツアーへ復帰することもできる。
そのウッズが逮捕後、初めてゴルフの試合会場へ姿を現わし、プレジデンツカップ米国選抜チームの副キャプテンを務める。
それは本人にとっては社会復帰、ツアー復帰の第1歩になるはずだが、それが周囲にどんな影響や効果をもたらすのか。周囲はどんな反応を見せるのか。そこに注目が集まっていた。
警護なしの単独行動
初日の第1マッチのスタート前、1番ティで行なわれた開会式。女性シンガーが国歌斉唱を始め、選手も観衆もみな起立して手を胸に当て、聴き入っていたそのとき、ウッズがチームメンバーたちからずいぶんと遅れて1番ティ付近へやってきた。
ロープ際に陣取ったカメラマンや記者たちの放列の最後尾にポツンと1人立ち、キャップを取って胸に手を当て、国歌を聴いていた。
少々太ってふっくらした顔になっていたことは、それほど驚くことではない。驚かされたのは、あのウッズに警護が1人も付かなくなり、単独で行動するようになっていたことだ。
以前の試合会場では、黄金期ならロープ内でも、近年ではロープ外だけになってはいたが、ウッズの周囲には拳銃を腰に差したポリスやセキュリティが必ず数人付き、ウッズが歩けば警護も歩く「大名行列」になっていた。
その周囲には大勢のタイガーファンもいた。だから、コース内のウッズの所在は案外わかりやすかった。
だが、今大会では警護はゼロ。単独行動になったウッズは、逆に言えば神出鬼没となり、開会式で妙な場所に立っていた彼の存在もほとんど気付かれてはいなかった。
たまたま私の真後ろだったため、私は振り向きざまに至近距離のウッズに気付き、びっくり仰天させられた。
いざ試合が始まると、ウッズは初日はジャスティン・トーマスとリッキー・ファウラー、2日目はジョーダン・スピースとパトリック・リードといった米国選抜の若きエースたちのマッチに付いて歩いた。
両日とも世界選抜のエース、松山英樹と対戦するマッチだったため、私もそこに付いて歩き、ロープ内の看板やテントの物陰で、ふと気づくとウッズと私が2人きりという、この二十数年間で初めて起こった珍しいシチュエーションも何度かあった。
数カ月前から親密な関係
それもこれも、警護ゼロで"1人歩き"ができるようになったからこそなのだが、ウッズは選手たちにアドバイスをするわけでもなく、ロープ際で誰かと言葉を交わすわけでもなく、暇さえあればスマホに見入り、つまらなさそうな顔をしていた。
米国選抜の選手たちもウッズに近寄っていくことはなく、たった1度、スピースとリードが劣勢からオールスクエアへ戻した瞬間、ウッズが彼らのほうへ歩み寄り、ローファイブを交わしていた。
だが、ロープ内でウッズが仕事?をした姿を私が見たのは、その1度きりだった。
ファンの反応はというと、びっくりするほど静かだった。
サインや握手を求めて近寄ってくるギャラリーはほとんどおらず、ロープ際のすぐそばを通っても、「タイガー!」と呼びかける声は皆無に近かった。
さすがに1人ぼっちではつまらなさすぎると思ったのだろうか。途中から傍らに女性が伴い始めた。米メディアはすぐさまあの手この手で女性の身元を割り出し、記事にした。
女性の名はエリカ・ハーマン。今大会は現職大統領が登場予定とあって、関係者の入場証は申請から現場でのチェックまで実に厳格だったが、エリカ嬢が首から下げていたIDはプレーヤーのファミリーという扱いで数カ月前から申請されていたもので、2人の親密な関係が少なくとも数カ月以上前から続いていることを示していた。
各紙の報道によれば、ウッズが経営しているレストランなどでマネージャーをしている女性らしい。
警護もファンも激減したが、本人なりに社会復帰への道を模索しているということなのか。
ただし、日本人感覚で言えば、世間を騒がせた逮捕劇の決着も禊(みそぎ)もついていない今、試合会場に初復帰という大事な場面で新恋人同伴とは何事かということになるのかもしれない。
だが、ここはアメリカ、そして当事者は、あのウッズ。何はどうあれ、ここ米国では、やっぱり"あのタイガー・ウッズ"という受け止め方が多いのだ。
いまなお続く"ウッズ効果"
そうした"あのタイガー・ウッズ"の社会的バリューは、今なお下がってはおらず、むしろ「上がっている」と公言したのは、ウッズとボール契約を結んだ「ブリヂストンゴルフ」のアンヘル・イラガン(Angel Ilagan)CEOだ。
同社は2016年12月にウッズと複数年のボール契約を結び、ウッズが同社のボールを限定使用することで売り上げ増を期待した。
だが、腰の手術や逮捕劇などが重なり、結局、ウッズが同社のボールを試合で使用してアピールするチャンスはなかった。
それなのに2017年度上期は出荷量も売り上げも過去最高を記録。
「タイガーはとてもゴルフに前向きである。そんなタイガーのおかげで消費者がブリヂストンに戻ってきてくれた」と、いまなお続く"タイガー・ウッズ効果"にイラガンCEOは大喜びの様子だ。
一方、アメリカの独立記念日にワシントンDCで開催されてきた"タイガー・ウッズの大会"がノースポンサー状態で、大会消滅の危機にさらされていることも前回お伝えした。
目下、直近までスポンサーだった米住宅ローン販売会社「クイッケン・ローンズ」を含めた数社と交渉中だが、米ツアーのジェイ・モナハン会長は、「2018年はたとえノースポンサーでも、この大会は開催する」と強気だ。
タイガー・ウッズ財団と米ツアーが手を取り合えば、賞金総額7ミリオン(約7億9000万円)超は必ず賄えるという確証があるからこその強気発言で、それはウッズ財団の強靭な体力、ひいてはウッズ個人の財力と存在感と影響力が、いまなお多大であることを示している。
思えば、大会消滅の危機は、何も"ウッズの大会"に限った話ではない。
「ヒューストン・オープン」もノースポンサーとなるし、ボールの売り上げアップで「ウッズ様々」と語ったブリヂストンでさえ、すでに米メディアから「大会スポンサー撤退が濃厚」と取り沙汰されている。
今年8月、松山英樹が見事な勝利を飾った「世界選手権シリーズ」の「ブリヂストン招待」。冠スポンサーのブリヂストンとの契約は2013年に5年延長され、2018年までとなっている。
それ以降は、大会名が変わるかもしれず、ノースポンサーになるかもしれず、大会そのものが消滅するかもしれない。逆に、現状維持のまま存続する可能性も、もちろんある。
ゴルフは何が起こるかわからないと言われるが、それはゴルフのみならず、ゴルファーの身の上にもゴルフ業界にも、そしてこの世の中にも当てはまる。
そんな中、どうやらウッズだけは、表面的には変化しても土台は揺らぐことのない不動の地位を築き上げているようで、何が起ころうとも、ウッズはやっぱり"あのタイガー・ウッズ"であり続けそうである。
舩越園子 在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。