森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を幅広く発信しています。7月号の「環境ウォッチ」では、環境ジャーナリストの竹内敬二さんが、「パリ協定」に基づき各国・各セクターが「温室効果ガス排出ゼロ」を目指しつつあるなか日本政府だけが乗り遅れている現状を報告しています。
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いま地球環境問題を語るときに、欠かせないキーワードが二つある。「パリ協定」と、「金融の脱石炭」だ。この二つがエンジンとなって地球環境保護とエネルギー転換がダイナミックに動きだした。
この二つは、「ゲームチェンジャー」ともいわれる。ゲームチェンジャーとは「試合の途中で出てきて、試合の流れを一気に変える選手」のことだ。転じて、時代を大きく変える新たな仕組み、武器を意味する。
温室効果ガス「今世紀末排出ゼロ」
京都議定書は短命で終わったが、後継のパリ協定は、長い時間軸の中で、長期目標をめざして、各国、各セクターが取り組みを強化、進化させていく仕組みになっている。
長期目標は「2度以下」。これを達成するには、今世紀中に世界での温室効果ガス排出を、実質的にゼロにする必要がある。「夢物語だ」という批判もあるが、できるところからその道を前に進んでいる。
各国の2050年目標は日本も含め、おおむね80%削減を掲げている。この「80%㌫削減」、「将来は排出ゼロ」という高い数字が、大きな動きを引き出している。これまでは、「高効率、省エネ」も温暖化対策の有望な手段だったが、それでは間に合わない。
高効率の火力発電所ではなく「ゼロ排出電源(再生エネ)の発電所」を、高効率ガソリンカーやハイブリッド車から「二酸化炭素ゼロ排出カー(電気自動車)」へという流れである。
それを支えているのが、再生エネの近年のコスト低下だ。ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス(BNEF)は、コスト低下は今後も続き、「新規の太陽光発電所の発電コストは5年以内に天然ガス火力を下回り、2024年には石炭火力をも下回る」と予測している。
企業がゼロを掲げる運動も増えてきた。
【RE100】は「再生エネ100㌫」を宣言する企業のグループだ。5月初めの段階で世界で約130社。日本では、リコー、積水ハウス、アスクル、大和ハウス、ワタミ、イオン、イビデンが宣言している。
例えば、家具販売のIKEAでは2020年までに事業所で消費する総エネルギー量と同等の再生エネを発電する。スイス再保険は、20年までに使用する電気の100%を再生エネ由来にする、といった具合だ。
【EV100】は各企業が利用する車の電気化を進める運動。BNEFは5月、世界の電気自動車(EV)の普及見通しを発表した。2015年は新車販売の1%がEVだが、40年には新車販売の54%がEVになる(fig.1 乗用車の販売予測)。その時の世界の全EVは5億3000万台、世界の保有台数の34%を占める。
そのEVが消費する電力は世界の電力需要の5%。これによって車における石油の使用が毎日800万バレル減る。これは現在の日本の石油消費量の2倍だ。
EVは急激に伸びて、石油・化石燃料の消費を節約するが、EVだけでは石油の減少は限定的、ということが分かる。
金融の脱石炭、ダイベスト
温暖化を本気で止めるための標的は石炭だ。世界の電力部門からの二酸化炭素排出の約40%が石炭火力による。
ブレーキをかけているのが、金融機関、年金運用機関による脱石炭、脱化石燃料の動きだ。金融の大手、英国のHSBCは4月、石炭火力(ベトナムなど一部の国は例外)、北極海採掘、オイルサンド採掘などについて、新規のプロジェクトへの融資を中止する、と発表した。
ドイツの保険会社、アリアンツは5月、「今後、石炭火力発電や採掘の保険は引き受けないし、2040年までにすべての石炭に起因するリスクから撤退する。温室効果ガスを減らさない企業への投資をしない」と発表した。
BNPパリバも「我々は2015年のパリ協定の目標を達成するために温室効果ガスを早急に減らす必要性を認識している」と表明している。
「今後、石炭関係への投資はしない」という宣言が多いが、さらに進んで、「化石燃料関係の事業、会社から投資を引きあげる」動きも広がっている。インベストメント(投資)の反対の意味で「ダイベストメント」ともよばれる。
今後、世界で脱石炭、脱化石燃料が進めば、まだ採掘されていない化石燃料資源の多くは「燃やせない資源」、つまり座礁資産になるという考えもある。
ダイベストメント運動の創始者の一人、米国のビル・マッキベン氏は、5月、東京で開いた講演会で「ダイベストは『こうしなければならない』という倫理から始まったが、いまでは、そうすることが企業や基金の利益になる」と話す。お金の流れが変われば世界は大きく動く。
世界でダイベストメントを宣言した機関の運用資産額は6兆ドル(660兆円)といわれる。
日本国内で石炭火力30基新設も
国による脱石炭も広がり、すでにオーストリア、カナダ、英国、イタリア、オランダ、フランスなどは、石炭火力の閉鎖スケジュールを公表している。
しかし、日本の政府、企業の脱石炭の動きは鈍い。政府が将来の電源計画で石炭に多くを頼り、国内で30基以上の石炭火力の新設計画をもっていることが背景にある。さらに「インフラ輸出」の柱として、政府は海外での石炭火力建設を後押ししている。当然、政府系の金融機関は、そうした国内外の石炭火力プロジェクトを支援する流れになる。
日本では現在石炭火力が4500万kw導入されているのに加え、約1800万kwの新増設が計画されており、うち500万kwは建設が始まっている。自然エネルギー財団(日本)は「パリ協定の温度目標達成には石炭火力は2030年までにほぼ閉鎖する必要がある」として、石炭火力計画の抜本的な見直しを求めている。