今日の中国において、新疆ウイグル自治区が共産党支配の「最も弱い環」であることに多くの論者は同意するだろう。近年、ウイグル族が関与したとされるテロや暴動が頻発し、最近ではその過激化と泥沼化の兆しが認められる。絶え間ない衝突と民間人を含む多数の死傷者の発生、怨嗟(えんさ)と憎悪の蓄積は、ウイグル族はもちろん、漢族の不信感も高め、この結果、新疆ウイグル自治区の不安定化が進んでいる。
ウイグル人の不満の原因として次の点はよく指摘される。一つは社会・経済の問題であり、新疆ウイグル自治区への漢族の大規模流入や、漢族との経済格差である。いま一つは文化とアイデンティティーをめぐる軋轢(あつれき)で、中国共産党によるイスラムの宗教儀礼やムスリムの伝統習俗への干渉、漢語教育の推進などである。
政権側の動きをみれば、2014年5月に第2回中央新疆工作座談会が開かれ、習近平国家主席が演説を行った。2010年5月の第1回座談会での胡錦濤・前主席の演説と比べると個々の重点施策( ①ウイグル族の就業増を柱とする成長戦略 ②漢語教育の推進 ③分離派の取り締まりなど )は継続性が高い。他方、習近平演説では「当面の闘争の重点」として「暴力テロ活動への厳格な打撃」を指示するなど、武断主義的印象が強まった。
ただし、新彊統治をめぐる中国共産党の政治的論理について変化はない。胡錦濤・習近平の両政権を通じて、新疆政策の認識と指針は、次のような論理構成によって導き出されている。
イ.政権中枢での責任追及を避けるため、政権はまず「共産党は基本的に無謬(むびゅう)」との原則に従い、従来の
政策について「新彊をめぐる党の路線と政策は正しい」との総括を行う。
ロ.「政策の方向性が正しいのになぜ状況が悪化するのか」との問いに対し、共産党は次の二つの論法を提出する。
A)「目標達成に必要な条件や基準を、現状では満たしていない」
B)「危機の要因は本質的に外在的で、外から持ち込まれたもの」
A説からは、新疆ウイグル自治区で不足気味とされる、経済的富の増大と漢語コミュニケーションを通じた民族間の相互理解の二つが強調される(上記 ① ② )。B説は、国外の宗教過激派と、彼らの影響下にある一部ウイグル人への力による抑え込みを正当化する( ③ )。
しかし、説明責任を十分に果たさないこうした政権の姿勢は、新彊をめぐる掘り下げた議論や省察の機会を国民に提供せず、漢族―ウイグル族間の不信解消に寄与しない。
■ 問われる民主主義
こうした論理と対応策は、新疆の民族問題だけでなく、中国政治全体の問題にも密接に関わっている。すなわち、いっそうの経済発展の必要性と、外部の民主化勢力による政治的陰謀――共産党の認識では、その真の狙いは中国分裂の画策ということになる――への反撃は、中国共産党が現行の支配体制を正当化するための主要な根拠、民主化反対の常套(じょうとう)的な口実である。このように新彊の現状は、漢族とウイグル族のエスニック対立と同時に、しかしそれ以上に、中国における民主主義のありかたそのものに問題の根を持っているのである。
(2014年9月3日AJWフォーラムより転載)