新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)の拡大で、普段中国の教育機関で日本語を教えている日本人教師たちが学校に戻れず、その多くが日本で待機する事態が続いている。
先の見えない状況のなか、中国へ赴任する予定を取りやめた日本人も出てきていて、教師たちは「中国人学生が日本を好きになり、日本に旅行や就職で行こうと考えるきっかけが少なくなってしまう」と危惧している。
■『初めての日本人』が...
「9月の新学期から赴任が決まっていた日本人の先生がキャンセルになった例もあります」と話すのは、上海市の華東政法大学で日本語を教えて4年目の駒﨑達也さんだ。
中国の大学は、日本と違って9月から新学期が始まる。2月は大学側が新しい日本人教師の募集をかけたり、内定を出したりする時期だ。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって、状況は例年と大きく異なる。
「私の周りの人たちも、候補だった人がキャンセルになり『いい日本語の先生はいませんか』などと代わりの先生を探すため連絡を取り合っています。それが学期末に向かってより深刻になっていくのではないでしょうか」
駒﨑さんによると、大学側も授業再開の時期を見据えるなかで、教師の募集まで手が回っていない現状があるという。
「教師の募集サイトを見ればわかりますが、募集全体の人数が減っています。募集をかけられる状態でないか、募集をかけても仕方がないから自己規制しているか。いずれにせよ、もともと退任予定だった日本語教師が契約を延長するのは難しいでしょうし、(ネイティブとの)会話練習がなくなるのでは、という問題が出てきています」
日本語教師が減ったとしても、一時的な影響で終わる可能性もある。しかし駒﨑さんは、その弊害は小さくないと指摘する。
「上海や北京などの大都市はともかく、地方から出てきた学生にとって日本語教師は『初めて触れる日本人』であることが多い。学生がカタコトから日本語を勉強して、日本人の先生に話してみたら通じた、というような成功体験を通じていつの間にか日本を好きになってくれるんです。日本への旅行や就職を考える動機も弱くなるのではないでしょうか」
中国の大学受験は「高考(がおかお)」という全国統一試験の一発勝負。受験結果次第で行ける大学や学部が異なるため、日本語専攻に来る学生は必ずしも念願叶って進学してくるわけではない。駒﨑さんは、大学の授業で日本人と話す機会を失ってしまえば「根本的に日本語を勉強している意味が分からなくなるのではないか」と懸念している。
■「あいうえお」から始まる付き合い
同じ悩みを抱える日本語教師がいる。大連海事大学で日本語を教える田中哲治さんだ。田中さんは学校の授業のほかにも、2002年からNPO法人の活動などを通じて中国の学生に日本語を教えてきた。
大学側から連絡があるまでは日本で待機するよう言われている田中さん。自身は中国へ戻ることについて「私はSARSの大流行を大連で経験していますから」と笑い飛ばすが、「普通の日本人は怖いでしょうね」と理解をみせる。
大連の日本語教師は、給与水準が大都市よりも低いこともあって慢性的に不足状態。「文法や文学史は問題ないが、会話や発音はネイティブでないと...」と悩みは深い。
新型コロナの影響で、日本語教師がさらに不足する可能性については「学生は1年生の“あいうえお”から日本語教師に習う。そこから日本人との付き合いが始まり、“ああ、日本人は子供のころ描いていたような人たちと全然違うんだ”と意識が変わります。その日本語教師が各大学にいないのは本当に困ります」と頭を抱えている。
新型コロナウイルスの感染拡大をめぐっては、日本からの支援が中国で大々的に報道され、ネットでは日本へ好意的なコメントが相次いだ。一方で、リアルなコミュケーションの場が教育の現場でも減少する兆しがある。
上海の別の大学で日本語教師をしていた男性も、ハフポスト日本版の取材に対し「今日本に戻っている日本語教師の間でも、中国に戻ることへの不安はあるようです。私も中国に戻るかどうか検討しなければなりません」と話した。