子どもに生活習慣や情操面での教育を施す上で欠かすことができない「絵本」。そして今、日本の絵本が中国で爆発的に売れているという。その理由について、ポプラ社の中国法人「北京蒲蒲蘭文化発展有限公司」で董事長を務める永盛史雄氏に聞いた。(清談社 岡田光雄)
児童書市場は日本の4倍 出生人口は18倍の中国
日本とはケタ違いの出生数だけに、絵本市場も巨大な中国だが、日本でウケる本がそのまま、中国で人気になるとは限らない(写真は北京でポプラ社が運営する児童書専門書店「蒲蒲蘭絵本館」)
文化通信によれば、2017年の中国の書籍市場(約1兆4000億円)のうち、25%にあたる約3500億円を児童書が占めている。日本が約800億円なので、実に4倍以上の売り上げだ。
しかも、中国市場の潜在性の高さはこんなものではない。2017年の日本の出生数は94万1000人(厚生労働省)だったのに対し、中国は1723万人(中国国家統計局)。昨年だけで、実に日本の18倍もの子どもが生まれているのだ。この数字だけ見ても、まだまだ中国には伸びしろがある。
そんな中国の巨大な絵本市場の中で17億円(2016年)の売り上げを占めているのが、ポプラ社の中国法人「北京蒲蒲蘭文化発展有限公司」だ。
「例えば中国の最大手書籍販売サイト『当当』では、絵本の中で欧米系の絵本のシェアが61%で、それ以外が日本などアジア圏の絵本です。これまで弊社の絵本は、『くまくんのあかちゃん』シリーズが累計販売数約1000万部、『ティラノサウルス』シリーズが800万部を売り上げています」(董事長の永盛史雄氏、以下同)
同社の中国進出は2000年からだが、その過程ではかなりの苦労があったという。
「当時、中国にはまだ"絵本"という言葉すらなく、『こんな絵ばかりで大して文字も書かれていない本が、なんでこんなに高いの?』という意見も見受けられました」
ギャグ絵本は売れず 科学や自然系が最近のトレンド
日本の絵本が中国でヒットした理由はいくつかある。同社による現地書店への営業活動や、絵本の読み聞かせ会を開催したりといった普及活動を精力的に行ったことに加えて、中国のインターネット通販市場の拡大が挙げられる。
中国電子商務研究中心によれば、2017年のネット取引額は約122兆円(前年比 35.1%増)、利用人口は2017年末時点で全国5億3300万人と、その数字は桁違いだ。
「昨年の11月11日に中国で行われたネット通販最大の商戦日『独身の日』では、最大手の阿里巴巴(アリババ)が2.5兆円を売り上げて話題になりましたが、その時も絵本は売れました。日本と比べて"0"が1つ多い売れ方をするのが中国市場の特徴かもしれませんね」
日中では若干、ニーズの違いもあるという。
「日本で人気のナンセンス・ギャグ絵本は、まだ中国では受け入れられていません。中国では基本的にテーマがハッキリしていて、教育・道徳面で子どもに効果が望める絵本が好まれます。生活習慣やしつけ、周囲の世界との触れ合い、家族愛、情緒管理を扱ったものも人気ですが、近年は科学や自然観察、環境保護がテーマの絵本も売れています」
また、『おちんちんのえほん』や『おっぱいのはなし』といった、性という親が子どもに教えづらいテーマを扱っている絵本も売れ筋だ。
ターゲットをどこに絞るかということも重要だった。ポプラ社は0~5歳の乳幼児をターゲットにしているが、これにも中国ならではの理由がある。
「中国では、小学校2年生ぐらいから学校で詰め込み教育が始まります。宿題も膨大な量が出され、勉強や習い事などで遊ぶ時間すらないと聞きます。つまり親御さんが子どもに教育を提供できるのはそれまでの期間のみ。その大切な時期の子どもの教育に絵本が役立つと、中国人のママさんたちは考えたのだと思います」
SARSで逃げなかったポプラ社に中国当局が感謝
出版環境も日本とは大きく違う。中国では、1966年から約10年間続いた文化大革命によって、文化物、創作物への締め付けが一層厳しくなった。この影響で現在も、中国ではほぼすべてのビジネスがライセンス制となっており、出版物も日本と同じように取り扱うことはできない。
2003年にようやく本を"売る"ことと"卸す"ことが開放されているが、外資系企業が出版物を扱うためには、企業のトップが「中級発行(販売)員」という国家資格(もちろん国家試験は中国語で出題される)を有する必要がある。
「中国で書店のライセンスを持っている外資系企業は、今のところ弊社だけです。弊社が小売販売の許可を得たのは、SARS(重症急性呼吸器症候群)で中国が大変な時期でした。誰もが中国から引き揚げる中、弊社は残って交渉にあたったところ、『こんな時期によく日本のトップが来てくれた』と中国側はいたく喜んでくれ、我々の本気度を高く評価してくれました」
2005年、ポプラ社は、外資系出版企業として北京初の児童書専門の一般書店「蒲蒲蘭絵本館」を開設したが、いつの間にかこの「~絵本館」という言葉が一般名詞になり、この10年余りで数千店の絵本館が出現したという。
"売る""卸す"が開放された一方、現地で中国語オリジナルの絵本を"作る"ことは、いまだに開放されてはいない。絵本を作りたければ、中国の国家出版社と提携する必要があり、検閲もされる。面倒な手間をかけて初めて、中国の絵本市場に参入することができるのだ。
「世界で活躍している中国人の絵本作家も出てきていますが、全体的に見ると、まだまだ少ないのが現状です。また、中国発の作風は大人びた内容が多い印象なので、子どもに寄り添った絵本を作っていくことが課題ですが、今後は中国人の作家さんもどんどん増えていくと思います」
魅力的な巨大市場ではあるが、参入は決して簡単ではない中国。しかし、粘り強い努力をすることで、ポプラ社のように果実を得ることもできるのだ。
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