「2019年の夏、香港で何があったの?...いつか子供にそう聞かれた時、何も答えられないのが嫌なんだ」
北京を拠点に活動する中国人弁護士・陳秋実(ちん・しゅうじつ)さんが、香港デモの現場を「取材」し、中国本土に戻った後、連絡が取れなくなっている。香港メディアの「サウス・チャイナ・モーニングポスト」が報じた。
陳さんはなぜ、リスクを承知の上で香港を訪れ、何を伝えたのか。彼がネットにあげた動画から振り返る。
■主張に関わらず対話呼びかけ
陳さんが香港を訪れたのは8月17日。
陳さんは自撮り動画をウェイボーにあげていて(現在は削除)、視聴者へ語りかけている。メディア関係者がデモ現場で身につけている黄色い蛍光ベストを身にまとい「私は大陸側の回し者でもないし、記者でもない。一般の中国人であり、弁護士だ。この目で何が起きているかを見て、現地の人の声に耳を傾けたい」などと話していた。
そして「建制派(中国政府支持)でも民主派でも構わない。ちょっと座って私と話しましょう」と呼びかけた。
その後、陳さんはデモ現場やホテルの部屋などから複数の動画を投稿。
デモ参加者の大多数が平和的・理性的・非暴力なデモを掲げる「和理非」だとし、一方で暴力的な手段を厭わない「勇武」もいるなどと説明した。
そのほかにも、蛍光ベストを韓国メディアにあげてしまい、白いTシャツを着ようとしたところ、黒Tシャツを着る人が多いデモ現場ではやめた方がいいと忠告されたことなど、現地で体験した出来事を次々と報告していた。
■「私たちがやらずにどうする」
陳さんが視聴者に自身の覚悟を語ったのは、8月20日夜に撮影された動画。
香港国際空港に立つ陳さんは、予定を繰り上げて大陸側に戻る必要が出たと報告。「圧力が物凄い。公安局・司法局・弁護士協会・弁護士事務所の全てから電話がかかってきた。『これ以上政治的に敏感な場所にいてはいけない。帰らないようなら誰も君を守れなくなるぞ』と言われた」と明かした。
その上で、所属する弁護士事務所の上司などに責任が及ぶ可能性について、「私は誰にも告げず一人で来た。誰かが巻き添えを食らうのは望んでいない。私は戻って上司や同僚に説明しなければならない」と取材を切り上げる理由を説明した。
そして、香港での取材の成果について、次のように振り返った。
このような歴史的なタイミングには、中国本土のメディアも当然現場にいるべきだ。だが8月18日に行われたデモ現場で彼らを見つけることは困難だった。だからこそ自分で“報道”する必要がある。ただ自分自身の報道にも全く満足がいっていない。林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官を直接取材させろとは言わないが、デモ参加者や警察、(参加者を襲撃した)白いTシャツたちを近い距離で取材することが出来なかった。一体、これの何が取材なのか。
そして、弁護士である自身が現場を訪れた意味について語った。
香港デモは1つの法律(逃亡犯条例の改正案)が通るかどうか、がきっかけだ。参加者が問題視しているのは警察の業務執行が合法的かどうかだ。立法委員(国会議員に相当)の選挙が正しく行われているかだ。(香港返還時の)中国とイギリスの共同声明が遵守されているかだ。
これはいずれも法律上の問題だ。
香港をめぐる問題の本質は政治ではなく、法律の問題なのだ。
法律に携わるものとして、世界中でも最大規模の法律に関わる衝突が起きている今、現場に来て調査しなくてどうするのか?
私たちがやらなくてどうする?TikTokとかのインフルエンサーに頼むのか?
■弁護士証をみせ...「私のものでなくなる」
サウス・チャイナ・モーニングポストによると、この動画を撮影したあと、陳さんは本土へ戻った。しかし、連絡が取れなくなっているという。
陳さんが空港で撮った動画の最後では、自身が当局から何かしらの処分を受けることを予見していると思われる節がある。陳さんは動画を以下のように結んでいる。
これは私の弁護士証です。本土に戻ったら私のものではなくなるかもしれません。私は賢い人間ではありません。これ(弁護士証)のために3年費やしました。今香港でやっていることも賢い行動ではないでしょう。
「たった3日で3年の努力がパーになる」と聞かれたら...値しないでしょうね。でもしょうがない。こういう性格ですから。家庭を大事にしてじっとしているのか、勇気を持って出ていくのか。これは私の選択です。責任は私一人で負う。誰も巻き添えにしたくない。
だから家族や上司に説明します。『お金渡すからしばらく海外にいろ』とかはやめましょう。私は中国人であそこは祖国なのです。
中国の立場は揺るぎません。「1つの統一された中国を作る」。でも統一するだけでは足りないのです。統一し、文明の進歩した中国でないとだめなのです。そのためには、暴力ではなく法律によって統一がなされるべきなのです。だから私はここでコミュニケーションを促そうとした。情報の欠落で誤解が生まれ、衝突が起きることは望みません。
陳さんはその後、視聴者や関係者にお礼を述べ、「弁護士になって3年目。この3年はすごく短かったな。だけど楽しかった。」と笑いかけた。
【UPDATE2019.08.21】
陳さんと連絡が取れないとしていたサウス・チャイナ・モーニングポストは記事を更新し、陳さんは北京に戻り無事だと報じた。